八章 勝利と敗北(3)
追跡隊の報告では、ヴォスキエロ軍は峡谷の北西に広がる森の中に逃げ込み、そこで陣を構えたという。実数はまだ不明だが、この戦いで五万もいたヴォスキエロ軍の兵士は半分ほど減った。その大半は徴用された民で、混乱に乗じて戦場から逃げてしまったようだ。
「それでも半分は残ってるのか……」
カシオが苦く呟き、ケイロスはうなだれた。
「いちおう勝ったとはいえ、こちらの被害も大きい。戦力差はまだ四倍近くある」
「敵の騎兵が数騎、都に戻ったとうかがいましたが」
レミルの問いに、ケイロスは頷いた。
「おそらく増援を呼びに行ったのだろう」
ディノンは腕を組んで唸った。
「攻城兵器はあらかた破壊できたが、シュベート城に籠城しても耐えられるか微妙なところだな。しかも獣魔将に加え、主だった武将が二人ほど健在だ。落ちた士気もすぐに戻るぞ。――獣魔将を討ち損じたのは痛ぇな」
「奴は負傷したと聞いたが?」
ディノンたちは頷いた。
「深手は負わせた。奴が戦える身体に戻るのにも、敵が戦力を整えるのにも時間はかかる。兵糧もほとんど焼いちまったし、このまま退いてくれればいいんだが……」
集まった冒険者たちの意見は追撃するか籠城するかで別れていた。そんなとき、後方のソルリアム軍から思わぬ報せが届いた。
「シュベート城が襲撃された?」
はい、と報告にやって来た兵士は頷くが、すぐに首を振った。
「いえ、まだ真偽のほうは分かっておりません。先の戦闘で我が軍もだいぶ混乱しておりまして、情報の一切が滞っている状態です。その報告も出所は不明でして。ただ、もし城が落とされていれば、ここは敵にはさまれる形になります。冒険者の方々はただちにここから離れるようにと」
くそぉ、と冒険者たちから呻くような声が上がった。
「ヴォスキエロ軍を退けたと思ったのに……」
「イワン軍団長は?」
「襲撃が本当にあったかたしかめるため、兵を率いて城に戻られました」
ケイロスは顔をしかめた。
「なら俺たちも戻ったほうがいいな。もし城が落とされたんなら、なんとしても奪還せねばならん」
集まった冒険者たちは一様に頷き、仲間に撤収を呼び掛けた。ディノンもカシオとレミルとともに仲間のところへ向かった。
「具合はどうだ?」
声をかけるとメイアは青ざめた顔に微笑を浮かべた。
「まだ傷は痛むが、さっきよりだいぶよくなった。リーヌとルーシラのおかげだ」
「タルラはまだ目覚めねぇか」
「私がこのざまだからな。いましばらくは目が覚めないだろう」
獣魔将に深手を負わされたメイアとタルラだったが、リーヌとルーシラの治癒の加護のおかげで傷は塞ぐことができた。しかし、タルラは意識を失ったまま目を覚まさなかった。
ホムンクルスであるタルラはメイアの魔力を動力源にしているらしく、獣魔将の攻撃を受けた際、その繋がりが一時的に断たれてしまったため意識を失ったという。メイアが回復すれば彼女も目覚めるらしいが。
「悪いが回復は待ってられねぇ。すぐに移動することになった。ダイン、タルラを運んでくれ」
無言で頷いたダインはタルラを抱え上げ、乗騎に乗せた。メイアは首をかしげた。
「なにかあったのか?」
「何者かに城が襲撃されたらしい」
メイアたちは目を見開いた。
「ヴォスキエロ軍に裏をかかれた?」
「どうだかな。そもそも襲撃が本当かどうかすら怪しいらしい。それくらいごたついてる状態だ。とりあえず城の様子を見に行くことになった」
説明しながらディノンはメイアを抱え上げた。メイアは軽く狼狽えた。
「お、おい。なにを……」
「その怪我じゃ璇麒に乗れねぇだろ」
そう言ってメイアを璇麒に乗せ、自身も彼女の後ろに乗った。メイアは少し気まずそうに顔をしかめた。
「なにも、君と一緒に乗る必要は……」
「急いでるんだ。ほかの奴じゃ、怪我をしたお前を支えながら走れねぇ」
「し、しかし、これは……」
ディノンは怪訝そうにメイアを覗き込んだ。
「なんだ、お前。もしかして照れてんのか?」
メイアは、ちらっとディノンを睨んだ。
「怪我で気が滅入ってるだけだ」
「なら、ちょっとの間、我慢しろ」
ディノンはメイアを抱え汲むようにしながら手綱を握り、璇麒を駆けさせた。それを見ていた女性陣は、やれやれというように肩をすくめた。
「ディノン君って、本当にデリカシーないよね」
レミルの言葉に女性陣は一様に頷き、カシオとダインとウリは顔を見合わせて苦笑した。
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