『ラーメン屋の店主が異世界転生して最高の出汁探すってよ』
髙橋彼方
第一章『グランドセントピードのまぜそば』
『グランドセントピードのまぜそば』1
幻想的な木が生い茂る美しい森。
本来ならリラクゼーションで訪れたいような場所で、一ノ瀬
『ゴゴゴゴゴゴォ!』
龍拓は背後から地響き音が聞こえて振り向く。
すると、目の前には顔だけで龍拓よりも大きい、ドラゴンの様なムカデの化け物がいた。
化け物は木々をなぎ倒し、黄緑色の
なんで俺がこんな目に……。
[三ヶ月前]
湯気が立ち込める騒がしい店内。
厨房で龍拓は声を張り上げて、従業員に指示をしながら麺の湯切りをひたすらしている。
その様子をテレビクルーが三脚に乗せたカメラで撮影していた。
「おい! スープの準備は出来ているのか!」
「はい!」
忙しなく動く従業員たちを睨みつけるように確認し、スープの入ったどんぶりが台に次々と置かれる。
「お願いします!」
龍拓は手早く麺を入れてほぐし、トッピングを目にも留まらぬ速さで盛り付けていく。
一瞬で十三杯のラーメンを作ると、先程の怖い顔から一変し、笑顔で次々と客が待つカウンターへラーメンを置いていった。
「お待たせしました! チャーシュー麺大盛りです、ごゆっくりどうぞ!」
配り終わると龍拓は、美味そうに食べる客とラーメンをどこか悲しそうに見つめる。
ランチタイムが終わり、夕日が美しく輝いている空。
店の外には、取材に来た女性アナウンサーとテレビカメラが待機していた。
アナウンサーたちは、出てきた龍拓にすかさず近寄ると、横に立ち、ディレクターの顔を確認した。
ディレクターがコクリと頷くと、横にいた助監督が駆け足で龍拓が着ているTシャツの襟にピンマイクを素早く付けた。
そして、アナウンサーはカメラに慣れていない龍拓の緊張を解すため、気さくに話しかけた。
「龍拓さん、あまり緊張しないでくださいね! いつも通り、自然な感じで質問に答えて頂ければ大丈夫です!」
「は、はい……」
戸惑う龍拓に笑みを向けると、助監督はカメラの横で手を上げて、指を五本立てた。
「では、本番いきます! カメラ回して下さい!」
「回しました!」
カメラマンの返事に合わせて助監督は指を折りながらカウントダウンを始めた。
「五秒前、四、三、二、一……」
カウントダウンが終わる瞬間にアナウンサーは満面の笑顔を作った。
「はい! 今回の『ラーメン道』では、龍拓さんが経営する最近話題の二つ星店『
私もイチオシのチャーシュー麺を先程頂きましたが絶品でした!
皆さんも是非、一度食べてみてください!
最後に番組恒例、今後の店主が目指す目標を聞いて締めさせて頂きます!
龍拓さん! ズバリ、今後の目標は何でしょうか!?」
龍拓は質問を聞くなり、少し俯くと表情が曇る。
「これは、いつか叶えたい目標なんですけど……」
重い雰囲気に撮影班は息を呑んだ。
「生涯の間に、全く新たなラーメンのベースを作る事ですね」
アナウンサーは龍拓の一言で目を丸くした。
「え、えっと……。それは一体どんなラーメンなんでしょうか?」
「私もまだ分かりません。
ですが、現在ラーメンは既に開拓され過ぎて新たなジャンルのスープを作るのが困難になっています。
例えば、ラーメンのスープベースは塩、醤油、味噌、豚骨に大きく分かれます。
逆に言うと、四種類でまとまってしまうんです。
今まで使われなかった食材を使って新たなスープを作っても、味に調和を持たせようとするとこの四つどれかのベースを使ってしまう……。
それだけ先人が残してくれたベースが優秀過ぎるからなんですけどね」
アナウンサーは龍拓の顔をポカンと見つめた。
「つまりは、塩、醤油、味噌、豚骨を使わないラーメンを作るんですか?」
龍拓は決意を秘めた表情を浮かべると、カメラを真っ直ぐ見る。
「はい! いつになるか分かりませんが、いつか作って見せます!」
龍拓のインタビュー動画はネットで拡散され、賛否両論が巻き起こっていた。
全く新しいジャンルのラーメン、めちゃくちゃ楽しみだな!
料理の歴史を舐めてんのか?
そんなラーメン食べてみたい!
馬鹿言うな! これは、ラーメン業界への宣戦布告だ!
俺は食べてみたいぞ!
う~ん……。龍拓さん、急にウィシュラン取ったから何か勘違いしているんじゃ ないかしら?
龍拓さんの発言は結構色んな所で叩かれているけど、あのラーメン食べたらいつか作ってくれそうだと思ってしまう。
そして番組後、龍拓の満足がいくラーメンが出来ないまま時が流れた……。
夜更けの来ていた客はすっかり帰った店内。
従業員たちは
龍拓は目の下にくまを付けて、疲れた表情を浮かべながら鍋をじっと見つめている。
そんな龍拓を厨房の清掃する二人の従業員、
「なぁ。最近の店長どう思う?」
「まぁ、期待の声も多いけど、それと同時にアンチコメントもかなりの数あったからな。
流石の店長もきっと傷付いているんだろう」
龍拓は鍋を見ながら必死になって頭の中であらゆる食材を考えていた。
ここ最近、寝る間も削ってスープを模索しているが、良い案が全く出てこない……。
龍拓には別に誰からコメントを叩かれようとどうでも良い。
ただ、新たなジャンルのスープを作りたい……。
それ以外の事は正直、気にも留めていなかった。
きっと、まだ俺はラーメンに向かう姿勢が足りていないんだな!
龍拓は思い付いたように顔を上げる。
「昆虫とかでスープのコクを出す食材とかあるかな……」
ボソッと龍拓の口から漏れ出た一言に従業員たちは唖然とした。
「本当に店長大丈夫かよ……」
龍拓の一言に不安で顔を歪める直哉に対して、狐季は何かを思い出してニヤニヤしながら天井を見ていた。
「あっ! そういえば俺。最近さ、良い神社知ったんだよね!」
自信満々の表情で狐季は、腕に付けた綺麗な紅い
そんな狐季に直哉はため息を吐くと、気怠そうに数珠を眺めた。
「またスピリチュアルかよ……。俺は信じねぇぞ」
「聞けって! この数珠付けてからさ、マジで本当に運が良いんだよ!」
直哉は渋々モップ掛けしながら話を聞いた。
「で、その運ってのは一体何があったんだ?」
狐季は直哉の返答に目をキラキラさせると、嬉しそうに話し始めた。
「一週間前にその神社に行ったんだけど、願い事をしてから本当に調子良くてさ」
「勿体ぶらずに、さっさと言えよ」
「まずは俺とお前、ここで働き始めて一年経つだろ」
「ああ」
「前にも相談していたけど、俺さ将来は龍拓さんみたいなラーメン屋になりたいって思っていた。
そのために大学通いながら、ここで修行していた訳なんだけどさ。
俺の親の会社を継がないといけないから来月いっぱいでこの店を辞めることになっていただろ」
「まさか……」
「そう! 継がなくても良くなったんだ!
神社に行って直ぐに叔父さんが海外から帰って来て、俺の気持ちを伝えたら継いでくれるって。
しかも、うまく行かなかったら社員としていつでも戻って来いって言ってくれた」
「マジか! 良かったな!
てか、お前そういう話は早く言えよ!」
「すまん、すまん」
直哉に平謝りすると狐季は話を続けた。
「それに、今日なんかさ! 社員の
「おいおい、お前が茹でだと……。抜け駆けしやがって」
直哉は狐季の話を聞いて目を丸くしていた。
「やっぱ、この神社は絶対すげーよ!」
「お前も物好きだよな。親の会社は大企業だろ。継げば人生
「人生は金じゃないんだよ。
ラーメンは俺の中で一番好きな食べ物で、絶対に欠かせないものだ!
それに人生を賭けるってロマンあんだろ」
「その通りだ。狐季、その神社はどこにあるんだ?」
話に夢中になっていた二人は、唐突に聴こえてきた龍拓の声にビクンと硬直した。
二人がゆっくりと声の方を向くと、腕を組んで仁王立ちしている龍拓の姿があった。
「聴いていたんですね……」
直哉の恐る恐る話す声に龍拓は笑みを溢す。
「まあな。掃除そっちのけで、あんな楽しそうに喋っていたら流石に聴こえる」
「すみません」
直哉は龍拓に向かって頭を下げる。
一方、狐季は龍拓が話に入って来てくれた嬉しさで頭がいっぱいになっていた。
「ええっと、杉並区の大宮にある
大きな神社では無いですが、神社界隈では目標成就で結構有名な場所なんですよ」
「ほう。目標成就か」
「でも、一つ注意があって……」
少し言いづらそうに狐季は俯く。
「何だ?その注意って」
「信じて貰えないかもしれませんが、願いを叶える価値があると判断されると女性の声が背後から聴こえてくると言われていて……。実は自分も聴こえたんです」
直哉は深刻な顔を浮かべた狐季に呆れた顔をした。
「そんなバカな。どうせ幻聴だろ!」
「いや、本当に聴こえたんだって! お前の願い、手伝ってやろうって……」
「本当かなぁ?」
信じがたい話にニヤニヤする直哉と違い、龍拓は真剣な表情で聞いていた。
「それに、願いが成就したら礼にもっと多く貢物を持って来いとも言われたしさ。
普通、あんなハッキリ聴こえないって!」
「その貢物ってのは何なんだ?」
龍拓の質問に思い出したかのように狐季は
「食べ物です。でも
この神社は食べ物を持って来ないで鳥居を
「食べ物を持って来いだなんて、なんか欲深い神様だな」
「直哉……。タダで願いを聞いてもらうなんて、そんなうまい話ある訳ないだろ。
それに、祭られているのは狐の神様で無礼者には祟りを与えるって言われてるんだぞ」
狐季が呆れ顔を仕返すと、直哉の顔が引き
「確かにその通りだ。明日は店も休みだし行ってみるか」
龍拓の反応に直哉は口を開けて驚いた。
「まさか信じたんですか!」
「完全に信じた訳じゃないが、食べ物を欲する神様なんて凄く興味深いじゃないか。飲食店を経営する俺的にも会ってみたいしな」
そう言うと、龍拓は狐季に向かって優しく微笑む。
「教えてくれてありがとうな」
狐季は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
[翌日]
朝早く、龍拓は自宅のキッチンで黙々と酢飯を油揚げに詰めていた。
「こんなもんで良いかな」
テーブルに置かれた大きな弁当箱に十八個、拳程の稲荷寿司がギュウギュウに敷き詰められていた。
龍拓は弁当箱を手早く包むと、何かがいっぱいに入った大きなリュックサックに工夫して弁当箱を入れていく。
「よっこらしょ」
息を吐きながら、見るからに重そうなリュックサックを背負うと部屋を後にする。
To Be Continued…
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