巻き込まれ不良少年は勇者と共に夜を明かす〈BL〉

逢乙

腐女神様の導き〈1〉〜〈9〉

〈1〉心霊スポットから始まる異世界転移


 異世界ってなんだか思っていたのと違ってて…色んな奴らが居て、怖い目にもたくさんあって、けっこう泣いたりもした。

もちろん、それと同じくらい嬉しいことや楽しいこともあった。


そんなわけで今から話すのは、俺が異世界で過ごした過去の話――



 灰島将希はいじましょうきは、小中時代に酷く荒れていた。地元では有名な札付きの悪で、母子家庭で切磋琢磨する母の美千代をいつも困らせていた。


 そんな将希は、最初は高校に進学するなんてどうでも良いとさえ思っていて。

 しかし時は遡り、中学二年生後半。

「チリ積も」となったおふざけが、ついに美千代の逆鱗に触れてしまったのである。


「ショウ!!次なんかしたら更生施設にいれるからね!」


「んだよ、んなん行くかって!美千代のクセにでけぇ声出すなや!」


 学生服を着たまま、将希は反抗的な声をあげた。

現在リビングのソファーで寝転がってスマホ画面を凝視し、ガンサバイバルアクションPvPを嗜んでいるところだった。美千代はそれを一瞥してから鼻で笑った。


「勝手にしなよ…その時は、あんたがグースカ寝ている間に知らない場所に居る事になるだけさ」


 美千代は普段から叱り付けてくる方だが、それは穏やかな物腰であり威圧的ではない。しかし今回は表情も変えず、聞いたこともない低い「ガチめのトーン」で言い放ってきたのだ。


 つまり、この「施設にブチ込むぞ」はガチって事。


 台所で背を向けたまま、野菜をザクザクと切り刻む美千代の背中に視線を寄越す。


美千代の言う施設とは、離島に存在する寄宿舎制度の「幸生こうせい学園」という中高一貫校のこと。

将希が連んでいた悪い友達の一人が、最近そこにパクられたのでよく知っていた。しかしその人物に対しての感情は希薄なもので、特に思い入れがあるというわけではないが――今じゃ、連絡すら取れない。


黒い噂が多く、音信不通となれば「死」がイメージされる。

と、このように――世界には、法を掻い潜って存在する恐ろしい場所が割りかし存在している。

 将希は思考しながら、母親の無言の圧に冷や汗を滲ませていた。


「みッ…おかあさん…俺、高校に行こうかなって思って」


 恐れ戦いた末に将希は、まずは卒業後は高校に通うことを母の美千代に宣言するのであった。


 うるせぇ!雑魚じゃねぇし!

 そんなわけのわかんねぇとこに拉致られてたまるか!

 ――等と言い訳をしながら、改心を目指す。


「なんだ、もう集まれねぇってのか」


「美千代から…もうそろ変な離島の施設に入れられそうなんで、それだけは回避したくて」


「…そうか、あそこはマジでやべぇらしいからな。じゃあ――」


 3個上の先輩から得た情報。

定時制高校はお金もそんなにかからないし、答案用紙に空欄を作らずに名前さえ書けば大体受かると教えられた。

今から勉強とか怠いと考える、七つの大罪でいうところの怠惰の将希。


 そこなら一夜漬けで行けそう!

とても短絡的であった。


 そして、月日は流れた。


 金髪も一時的に黒くしてしまい、見た目だけはまともになった将希は定時制高校の試験を受ける。淑女のような装いの美千代と共に面接も受けた後、無事に合格を果たしたのであった。


 この結果に機嫌を良くした美千代が、「よし、じゃあ次は大学か専門学校だね」とまたもやガチめのトーンで言い放つ。しかし、それはどうするかはわからない。

 そう思いながらも、将希は適当に頷いていた。


 ――そしてここからが、異世界に行くことになった切っ掛け。

 定時制高校とは夕方から始まり、様々な年齢の奴らが集う場所。大学を目指そうという、志の高い爺さんや婆さんもいる。まあそんな中で、自然と仲良くなるのは同年代なわけだが。似たような人種が集まると、起こってしまうのが悲しいかな馬鹿騒ぎである。


 皆16歳で、同じクラスの男子が三人。

 昼間はそれぞれバイトをしている。

今日は夜更かししようぜという事になり、街から少し離れた山奥にある大きな古いトンネルに集結していた。ギャル男の俊介が、スマホで薄暗い周囲を撮影しながら業らしい口調で喋りはじめる。


「え~我々は現在、帰らずのトンネルという最凶心霊スポットに来ていまーす」


 キャップ帽を被り、ストリートファッションに身を包んだ裕吾が声を潜めながら将希の背中を小突いた。


「なんか喋ろうぜ、これヨウツベにあげるってさ。ホラー系動画で有名人目指そうぜ!」


「え?顔出しはなしね。マジでやばいから」


 ヤンキー伝説を築き上げてしまった為、地元からわざわざ離れた場所を選んだわけで――それにより通学がとてもシンドイ。しかし美千代のガチボはもうこれ以上聞きたくないわけで。


 俊介は二人のやりとりを聞きながら、溜息と同時に肩を落とした。


「シラけさせんじゃねぇーよ。はい、ここ編集でカット~」


「誰が編集すんの?」


 俊介は裕吾を顎で示した。


「面倒くせ!絶対に無理!グループ解散!」


 将希は静観していたが苦笑し、口を挟んだ。


「動画とかだるいって、もう早く行こうや。写真だけとれば良くね?」


 すかしている将希であるが、「まったく~ぼくちんまたミッチー(母)にドヤされちゃうよ~」等、内心でおどけながらも着いて行く。久方振りの悪ノリがとても心地良く、なんならこのまま派手に騒ぎたいという欲求が抑えきれなかったのだ。


「わあマジ暗い、どのみち動画撮影無理じゃね」


「バイトで金貯めて、高性能カメラ買うから。そんときにリベンジ」


「まじでヨウツベやんの?」


「もう勝手にやってろって。あ…煙草、原チャんとこ置いてきた」


「今吸うわけ?どんだけビビってんの」


 三人の会話が籠もりながら反響していく。

苔むした岩のトンネルの内部は真っ暗だった。

 そこをスマホのライトで、壁や地面を照らしながら進んでいく。


 この〈帰らずのトンネル〉の怖い話。

 最初にそれを聞かされた時、将希は来るかどうか迷っていた。


 昼間は平気、夜は怖い帰らずのトンネル。

 暗闇を抜ける時は必ず偶数で、奇数は絶対に駄目。

 女のお化けに連れて行かれちゃうから。


 抜ける頃には誰か一人、足りないよ。

 どこへ行くかって?

 知らない。

だって消えてしまえば、二度と帰ってこれないから――


「いや、俺ら奇数」


 将希は我に返り指摘すると、俊介がぶっきらぼうに答えた。


「だって、一人バックレたし」


 その一人とは、ホームルームに「明日、刺青を入れてくる!」と宣言した謙二けんじ。別のクラスであるが、いつの間にか授業までバックレてしまい姿を消していたのだ。電凸すると「いま風呂!」とだけメッセージが帰ってきた。


「ふぅ…」


溜息を洩らす将希。

煙草でも吸わないとやってらんねぇぜである。


 チープに聞こえる噂話であるが、そういうのが一番怖かったりもする。


「この後ジョイフー行かね?甘いの食いてぇ~」


 歩きながら先程から静かになってしまった二人に、心細くなった将希は語りかけた。

 期間限定、たっぷり春苺の生クリームパフェもずっと気になっていた。


 しかし、二人からの返答は無い。

 カラオケが良かったのかもしれない。

そう思いながら、辺りをスマホのライトで忙しなく照らした。


「は、ふざけんなって」


 誰もいない。

静寂のみが、そこに広がっていた。

 でもさっきまで二人とも真隣にいて、物音もなく突然消えるなんて――


 まさか、あいつら。

――幽霊に、やられた?

くそっ…俊介!裕吾!

声もあげず、男らしく逝きやがって!

お前らの雄志は、俺が必ず生きて持ち帰る!!


 将希はすでに二人は、亡き者とした。

そして悲しんでいる暇はない。

全身を粟立たせると、来た道を引き返していく。

結局また脱色し、明るくした髪を恐怖で振り乱して疾走した。


 ――生きて帰れたら、これに色を入れる!

 レインボーにする!いや、やっぱしたくねぇ!!

 こええっ!物理的に殴れない相手とかマジ無理だからぁ!


 そんな風に、果てしなく続く暗闇を駆けていく。

そして息だけが上がる頃に気付く。

どうしてだろう、入り口に辿り着けない。

狼狽えながらスマホで、あの世にいるかもしれない俊介に電話をかけた。しかしそれはさすがに取り越し苦労で、幾度目かのコールの後「もしもーし」と軽いノリで返って来た。


「今どこ!」


『はあ?お前がどこよ、俺らもう外――ッザザザ…ザッ…ザザッ』


 俊介の音声が途切れるとノイズに埋もれていく。


「ええ?」


ブツンッ。


将希は暗闇の中、まるで世界を繋いでいた手綱が千切れてしまったかのような断裂感に見舞われた。


「おーい、おーい。しっかりしたまえ」


 それからしばらくして、頭上を優しく撫でるような女性の声がして目を開いた。


「大丈夫?」


 どうやら、気絶していたようだ。

頭が痛い。

 将希は起き上がると辺りを見回した。


 うわ眩しっ。

燦々と輝く太陽。

 その直射日光に、顔を顰めた。


「え?え?」


 そして将希の視界に広がっていたのは、青い空の下に広がる深緑に溢れた見知らぬ森。

 日光が心地良く、暑くもなく、寒くもない。

呆気に取られて座り込んでいる将希の周りには、白い真珠を柱頭にくっつけたかのような、黄色い見知らぬ花が咲き乱れていた。


 声の主は、20代ほどの美しい女性。

 藤紫の長い髪は腰の辺りまであり、それをゆるく三つ編みにして結っている。端正な顔立ちに、ぱっちりとした緑の瞳。日本人と言うよりは、西洋人を思わせた。

視線を合わせると、唇が優しく微笑んだ。


「ようこそ少年、私の創った異世界へ」


 ここから俺は、〈異世界〉というよくわからない場所でしばらく過ごすことになる。


「壮絶な物語」ってやつの、幕が開けたのだ。

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