第21話「――理解、それは陸の王者」

 難民の大多数は救われたが、全員とはいかなかった。

 魔王城は悲しみに包まれ、アスミも自分の無力さにいらただしさがつのる。

 だが、同時に帰還後の光景に少しだけ救われた気分だった。


「なんか、難民同士で助け合ってたな。よかった……元は人間側だったか魔王側だったかってのは、もう些細ささいな問題なのかもしれないな」


 余裕のある人材は城下町の再建に尽力してくれている。

 逃げてきた者は、あとからきた者をいたわり寄り添っている。

 少なくても食料を分け合い、傷の手当てや医療処置も順調みたいだった。

 先ほどリルケが言っていたが、400年前なら考えられないことらしい。エルフがオークやゴブリンを癒やし、ダークエルフがドワーフと協力して皆を誘導する。

 とりあえずは魔王城に逃げ込めたという安堵感が、不思議な秩序と連帯を生んでいた。


「これもひとえに、リルケ様の人望のおかげなのです! あたし、頑張ってよかったです」


 何故なぜかつきまとってくる妖精のチャリスが、肩の上で脚を組んで翅を休める。

 彼女の命がけの伝令が伝わってなければ、確かにこれだけの数の難民は救えなかった。


「そうだな、お疲れ様だぜチャリス」

「えっへん! まあ、アスミも頑張ったと思うよ? でも、あの火を吐く鉄の車は……戦車は怖いね」

「まあな。俺のいた星でも、不要論が定期的に出るけど、結局必要だって話になる。それが戦車ってもんなんだよ」

「あたしの知ってる戦車とは全然違うんだもん。あ、でもリルケ様も凄かったです。凄く、凄く凄く優しいのです」


 今、アスミはこの魔王城に集った幹部たち……要するに初期メンバーでの話し合いのために階段を登っていた。

 反対に、リルケは今は難民たちのそばにいる。

 自ら率先して民に声をかけ、励まし、かゆを振る舞ったりしているのだ。

 それをさっきアスミも見たし、そういう女性だと最近はよくわかるようになってきた。

 だから、彼女は遅れて現れると思いつつ、塔の最上階でドアを開く。

 部屋にはいつもの面々が待っててくれていた。


「おつかれー、アスミ」

「大変でしたわね……お疲れさまですわ」

「おつッス! いやあ、自分なら戦車の一両や二両、小指でチョチョイなんスけど」


 ナルとジル、そしてユイだ。

 アスミは軽く彼らをチャリスに紹介し、皆にもチャリスを紹介する。

 すぐに手をのべ彼女を呼んだのは、ハイエルフのジルだった。


「まあ、スプライト……珍しいこと。まだ生きながらえていたのですね」

「はわわっ、もしかしてエルフの女王ジュゼッティル様!」

「ジルでよくてよ。もう、エルフに国などないのですから」


 自嘲気味じちょうぎみに微笑んで、ジルは手の指にチャリスを座らせる。

 どうやらスプライトたちは400年前、エルフたちと共に人間側についたようだった。

 それはでも、過去の話だ。

 そして、大切な日々は思い出になってしまったのである。

 改めてアスミは、この異世界の皮肉な状況に胸が重くなった。

 かつて敵対していた亜人たち、モンスターたちが種族を超えて助け合っている。

 その原因になったのは全て、科学の力を得た人類、そして人間同士の戦争だった。

 そんなことを考えていると、背後でドアが開く。


「待たせてしまいましたね。では、作戦会議を始めましょう」


 リルケだ。

 今までずっと城中を回って、多くの避難民に声をかけてきたのだろう。

 だが、疲れた顔一つ見せずに、彼女はアスミたちをテーブルへ促した。ナルもジルもそうであるように、今はリルケも平服に着替えている。

 自分だけ例のピッチリスーツだったので、義手の端末でスライムに頼んで瞬時にアスミも着替えた。

 何度も思うのだが、とても便利だ。

 可愛するだけの知能がないスライムらしいが、いつも感謝である。


「ナル、それにジルもユイも。今日、マスターと私は戦車と戦いました。私たちの知る戦車ではありません、とても恐ろしくおぞましい……いうなれば、鋼鉄のベヒモス」


 リルケは手にする羊皮紙ようひしに、羽ペンでなにかを描き始めた。

 そして「ええ、上出来ですね」と頷き、それを皆に見せる。


「……リルケ、なにこれ」

「ナル、見てわかりませんか? そうでしょう、そうでしょうとも。私たちの知る戦車とはまるで別物なのです」

「いや、なんつーか……あ、こっちが上か、こうして見るのか」


 リルケが描いたのは、どうやら先程の戦車の絵らしい。

 これは酷いと、思わずアスミは唸る。

 なんというか、前衛的アバンギャルドなセンスを感じる。

 言われなければ、戦車の絵とは気付けなかった。

 だが、リルケはフフンと鼻を鳴らして得意げである。


「この長く伸びた部位より、火を吹きます。その火で飛ばされた鋼鉄の塊が最大の攻撃ですね」

「え、ええ、そ、そう。そうですわね。この、下の部分? これはなんですの?」

「いいところに気付きました、ジル。戦車は無数の車輪を持ち、それを鋼の帯で一繋ひとつなぎにしているのです。爪のついた帯で、どんな悪路でも素早く動けるのです」

「まあ……しかし酷い絵でしてよ。それに、戦車といえば普通は――」


 ジルがそっと羊皮紙と羽ペンを取り上げ、さらりさらりと横に書き足す。

 それを見て、なるほどとアスミも手をポンと打った。


「そうか、こっちの時代……リルケたち400年前の価値観だと、戦車ってこういうことか」


 そう、だ。

 動物に引かせる車で、闘技場での試合などにも使われる兵器である。

 車輪の発見は人類を発展させたし、それは魔族や魔物たちも同じだったのだろう。

 ちなみにジルの描いたチャリオットは、なかなか様になってて上手だ。

 それに比べたらリルケの描いた戦車は、なんというか……うーん、なんなんだろう。子供の落書きのほうがよっぽど絵に見える、そんな線の複合体だった。


「あー、うんうん。ボクたちが戦車っていうと、これだよね」

「ええ。因みにリルケ、魔女王リルケレイティア。あなたも自分の戦車をかつて持っていましたよね?」


 皆の視線を受けて、リルケは「ええ」と頷いた。

 そして、それを絵に描いてみせようとするので、慌ててアスミは手で制した。


「それはそれは荘厳で勇壮な、宝石と金銀を散りばめた戦車でした。……失われてしまったので、お見せできなくて残念ですマスター。……やはり絵で」

「いい! いや、いいから! わかるよ、その、えっと、まあ、リルケってセンスいいからな! うんうん」

「まあ。マスターったらお上手で。照れてしまいます」


 絵のセンスは最悪だが、とは誰もが思ったに違いない。

 ともあれ、今はこの時代の戦車が問題である。

 だが、ジルがアスミの説明で戦車を書き直しながらこんなことを言い出した。


「でも、リルケ。チャリオットをユニコーンに引かせるというのは、問題じゃなくて?」

「む? 何故です? ユニコーンは魔力耐性も高く、体力もあって脚が速いですが」

「当時、人間側の勇者たちの間で噂になってましたわ……魔女王ロード・オブ・ウィッチ処女バージンなのかって」


 目を丸くしてリルケが驚き黙った。

 しかも、真っ赤になっている。

 チラリとアスミを見て、さらに耳まで燃えるように赤くなった。


「しょ、しょしょっ、処女なはずがないですが。私は魔女王リルケレイティア。そ、そそそ、そうです、男性経験がないはずがありません」

「あら、気付きませんでしたの? ユニコーンって処女にしか懐かない幻獣でしてよ」

「そそそそ、そんな馬鹿な……しょっ、処女などではありません、普通に経験済みです!」


 どどど童貞ちゃうわ! みたいな勢いでリルケが身を乗り出してきた。

 とりあえず、どうどうと落ち着かせてアスミは脳裏に言葉を考える。

 そして、フォローにもならない一言を放ってしまった。


「だ、大丈夫だリルケ。ほら、何百年生きてるか知らないけど、需要はある! 需要は!」

「マスター……でも、気持ち悪くないでしょうか? 私ほどの歳の女が」

「とにかく、今はそれより戦車の話……ああそう、そうだ、ジルは絵が上手いな」


 リルケの見た目は二十代、ともすれば十代の乙女のような面影さえある。

 まあ、魔王なので軽く千年くらいは生きているのかもしれない。

 そして、確信……あの動転っぷりは、自分で答えを言っているようなものだった。

 だが、そんな微笑ましい話を切り上げ、再び皆で羊皮紙を囲む。

 アスミの説明を巧みにジルが描いてくれた、今度のはちゃんとした戦車の絵だ。


「そう、この砲塔が旋回する。で、大砲……この間やっつけたやつよりは小さいけど、滑空砲かっくうほうで撃ってくるんだ。あと、人間とか小さなターゲットを攻撃する機銃ってのもある」

「キジュウ?」

「機関銃って言ってな。簡単に連射できる恐ろしい武器だ」

「えー、鉄砲なのに? 連射できる? それ反則じゃん。弾を込めてる間に攻撃するのがセオリーなのに」


 最初に戦った騎兵隊の連中は、マスケット銃だった。

 だが、先日現れた傭兵のアラドは、もっと高度なライフルを使っていたようにも思える。まだまだ科学の発展が途上なため、同じ国の軍隊でも新旧さまざまな武器を使っているのだろう。

 そう思うと、自然とアスミは予測を立てて戦力を分析する。


「多分、敵の戦車は今日見たぶんが最大戦力だと思う。100両前後いたけど、予備兵力はないと思っていい。流石さすがのジルコニア王国も、まだ大量生産には至ってないんじゃないかな」


 だが、今日の用兵は巧みな戦術だった。

 そしてアスミは、脳内にシュミレート……伏せて匍匐前進ほふくぜんしん前面投影面積ぜんめんとうえいめんせきを減らす。駄目だ、魔女王の玉座たるゼルセイヴァーにそんな無様は許されない。では盾を持つ? 一見いいアイディアだが、作るためのマナをアスミ自身だけでは賄えないだろう。

 そんな時、こりゃまいったとばかりにナルが呟いた。


「なんでこんな面倒な兵器作ったんだよー、人間……最強じゃんこんなのもう」

「! そ、それだ、ナル……その手でいこう! あとは、チェリス、ジルも。この世界の神話をちょっと教えてくれ。どんな神々がいたかとか、その逸話とかをさ」


 アスミの中に名案が閃いた。

 その横ではリルケが、なんだか不満そうにふくれっ面で自分の絵を見直している。むすっとねたようなその顔は、突然あどけなく見えてとてもかわいらしいのだった。

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