流血が流血を呼ぶ

 |光熹元年西暦189年七月。



 涼州扶風郡。


 其処には董卓が軍と共に駐屯していた。


 黄巾の乱の時には不手際を犯し、官職を失うところであったが十常侍の張譲に賄賂を贈る事で官職を失わず前将軍の地位に就く事が出来た。


 その董卓が洛陽から来た使者の手紙を受け取り中身を見ていた。


「・・・・・・ふふ、遂に来たか。并州に赴任するのを断った甲斐があった」


 董卓は手紙の内容を見て笑みを浮かべた。


 未だに張譲と繋がりがある董卓は朝廷が今、乱れている事を知っていた。


 その内、張譲あたりが召喚するだろうと思っていた。


 それで并州の州牧にはなっても、適当な理由をつけて赴任を断っていた。


 涼州と并州では距離で言えば涼州の方が近い上に、自分の生まれ故郷なので色々と便宜を図る事が出来た。


 これで後は、召喚する手紙が来るのを待っていると、驚いた事に張譲だけではなく何進からの手紙も届いた。


 内容は書かれている言葉は、少し違うが意味はほぼ同じで『邪魔者を排除するので洛陽に来るように』と書いてあった。


「何進も張譲も浅慮な事よ。これで洛陽は儂のものだな」


 洛陽が、自分のものになる光景を思い浮かべたのか大笑いする董卓。


 笑い終わると、董卓は直ぐに部下に洛陽に向かう準備をする様に命じた。


 董卓は配下の三千の兵を率いて洛陽へと向かった。



 同年八月。



 董卓は洛陽近くの所まで来ると野営を始めた。


 それを訊いた何進は、どうして洛陽に来ないのか問い質す為に使者を派遣した。


 使者が帰ってくると、困った顔をしていた。


「董卓将軍は長旅で疲れたので休憩を取っていると申しておりました」


「馬鹿者! 事は急を要するというこの時に何を言っておるのだ。あやつは⁉」


 報告する使者に怒りをぶつける何進。


 その大声と怒りのあまり顔を赤くする何進の顔を見て、使者は怯えて平伏する。


「まあまあ、大将軍。今は怒るよりも直ぐに此処に来るように使者を出す様に命じるのが良いと思います」


「うむ。そうだな。誰か、董卓の下へ使者に行け。直ぐに洛陽に来るようにと命じるのだ」


「はっ」


 何進の命令に従い、部下達が使者へと向かう。


 だが、董卓は適当な理由をつけて洛陽に向かわないでいた。


 何進は董卓の態度に地団駄を踏むが、再三催促の使者を向かわせた。


 そうして。数日が経った。


 董卓の軍が、洛陽の近くに来たという情報を得た張譲は、同僚の十常侍達を集めて密談した。


「密偵から報告が来た。何進めが儂と懇意にしているとも知らず董卓を洛陽近くまで呼び寄せたぞ」


「そうか。董卓は今は前将軍であったな」


「うむ。何進を殺して残った兵を纏めるには丁度良い身分だ」


「何進の弟の何苗はどうする?」


「なに、兄の威光で将軍の地位に就いたのだ。軍を率いる事など出来無かろう」


「そうだな。では、何進を暗殺するとしようか」


「何進の部下達は騒ぐだろうが、大将が居ないのだから、その内静まるだろう」


「その後で董卓を何進の後任になる様に勅命を出せば」


「それで天下は我等のものだ」


 思い通りに行く事を夢想して笑い出す十常侍達。


 夢は叶わない場合もあるという事も知らないかのように。




 十常侍達が密談を交わした翌日。


 何進は未だに洛陽に来ない董卓の事と他の将軍から未だに連絡が来ない事に苛立っていた。


「董卓はまだ来ないのか?」


「はっ。兵がまだ疲れがとれないと言っております」


「ぬううっ、他の将軍達はどうだ?」


「未だに連絡もきません」


「ぬぐぐぐ」


 歯ぎしりする何進。


 其処に宮殿からの使者が来た。


「ご使者殿。何用か?」


「はっ。何皇后様がご相談したい事があるとの事で、お呼びとの事です」


「相談か。相分かった。直ぐに向かうと伝えてくれ」


「はっ」


 使者が一礼して、その場を離れて行った。


 何進は宮殿に向かおうとしたが。


「お待ち下さい。将軍。今、宮殿に向かうのは危ないと思います」


 袁紹が何進に今、宮殿に向かうのは止めた方がいいと忠告する。


「心配するな。宦官共に宮中で儂を殺すような度胸がある訳が無い。それに、そんな事を恐れて宮中に行かないと知られたら、奴等に笑い者にされるわ」


 何進はその忠告を聞き流し、護衛の兵を連れて宮中へ向かった。


 護衛の兵と共に宮殿の門の前に着いた何進。


 門を守る兵が防壁から声を掛ける。


「大将軍。宮中には供は二人までです」


「分かっている」


 何進は護衛の兵を二人だけ連れて門を潜った。


 門を潜り何進は護衛の兵と共に嘉徳殿の前まで来た。


「うん?」


 何進達の前に十常侍達が待ち構えていた。


「十常侍共か。何用か?」


「何進っ。貴様の様な肉屋風情が今の地位に就けたのは誰のお蔭なのか忘れて、己の栄華に溺れた愚か者め!」


「何だとっ」


 其処まで言われては、誰であっても憤慨するだろう。


 それだけではなく、このところ思い通りに行かない事に苛立っている何進。


 思わず剣の柄に手を掛けた。


 護衛達はどうするべきかと悩んでいると。


「貴様みたいな愚か者は此処で果てるが良いっ」


 張譲が手を掲げると、何処からか兵が現れて矢を番えた。


 そして、張譲が手を振り下ろすと矢が放たれた。


 風切る音と共に矢は放たれ、何進達に向かう。


「「「ぎゃああああっ⁉」」」


 矢が身体の至るところに刺さり悲鳴を上げる何進達。


 護衛の二人は事切れたが、何進の方は辛うじて息があった。


 矢が当たり血が出ているが、芋虫の様に這いずりながら助かろうとした。


「・・・・・・わしは、こんなところで・・・・・・」


 血が流れているので顔は白くなり、今にも死にそうな顔であった。


「ふほほほ、あの無様な姿はまるで芋虫のようではないかっ」


「正しく。ふはは、無様な姿ですな」


 必死に逃げる何進の姿を嘲笑する十常侍達。


 一頻り笑うと張譲が兵に命じた。


「今すぐあそこにいる愚か者を殺して首を斬り、外に居る者達に首を見せに行くが良い」


「はっ」


 兵はその命令に従いまだ息がある何進に止めを刺した。


 


 少しして、何時まで経っても何進が出てこないので護衛の者達が防壁に居る兵に声を掛けた。


「大将軍は何処におられる?」


 そう何度も声を掛けるが返事は無かった。


 護衛達は仕方が無く何進の帰りを待っていると、


 防壁の上に誰かが上がって来た。


 その者は張譲であった。


 張譲はその手に何かを持っていた。


「何進に付き従った者達よ。何進は反逆の罪により誅殺されたぞ!」


 門の前で屯している何進の護衛達にそう大声で告げる張譲。


 その言葉に、兵達は全身に雷を受けたかのような衝撃を受けた。


「これを持って帰れ。自分の身の振り方を考えるが良い」


 張譲はそう言って手に持っている何かを投げた。


 投げられた何かは地面に当たるとゴロゴロと転がり、護衛達の前まで来た。


「ああっ」


「大将軍!」


「何と、おいたわしい姿に」


 自分達の下に転がってきたのは何進の首であった。


 兵達はそれを見て悲しいよりも次は自分がこうなるのでは?という恐怖が勝った。


 これは自分達で決める事は出来ないと判断し、兵達は何進の首を持って何進の屋敷へと戻った。




「なにっ、大将軍が討たれただとっ」


 屋敷に戻って来た兵の報告を聞いた袁紹は報告を聞くなり跳び上がる程に驚いた。


 そして、兵が持ち帰って来た首を見た。


「おお、正しく大将軍の首。何と言う事だ・・・・・・」


 袁紹はその首を持って抱き締めた。


 目に涙を流したが、直ぐに拭い去りキッと目を細めた。


「おのれ十常侍。最早生かしておく理由も無い!」


「本初様。では」


 何進の部下の呉匡が袁紹に訊ねると、袁紹は答えとばかりに腰の剣を抜いた。


「兵を集めろ! これより宮中に乗り込み、宦官共を皆殺しにする‼」


「「「おおおおおおおおおっっっ‼」」」


 袁紹の檄に兵士達は歓声を上げて従った。


 何進が日頃から部下に対して親しく接していたからか誰も文句も反対もしなかった。


 そして、直ぐに兵を集められる事になった。


 その最中、袁紹は同僚の呉匡を呼んで何事か話した。


 話を聞いて行く内に呉匡は顔色を変えて行った。


 話が終わると呉匡は何かを決意したような顔をしていた。

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