第11話
☆
「あ? 誰だてめぇ? 関係ねえやつがしゃしゃり出てくんじゃねえよ」
筋肉質な大男が俺を睨みつけてくる。
「ティーケルさん?」
尻餅をつき、顔を引き攣らせながら肩をさすっていたレアーナさんの素っ頓狂な声が聞こえてくる。
「あいつここにきたばっかりなのか? アドルフの兄貴に喧嘩売るとか、馬鹿すぎんだろ」
俺を小馬鹿にしたような声をかけてきたのは、陰気臭いロン毛の男。
「おいおい兄ちゃんよー、悪いことは言わねえからとっとと失せとけ。 今すぐ許しを乞えば見逃してやんぜ?」
大男は可笑しそうに笑いながら肩をすくめていた。
「御託はいい、とっととかかってこいよ三下。 もしかしてビビってんのか?」
「おい、痛い目に遭わねえとわかんねえみたいだな」
大男がずかずかと、冒険者協会の床を軋ませながら俺に歩み寄ってくる。 すると、レアーナさんは血相を変えながら大男の足にしがみつこうとした。
無詠唱の
「え? 嘘、体が……動かない?」
困惑するレアーナさんは、顔を青ざめさせながらなんとか動かせる視線を俺に向けてくる。
「ティーケルさん!
ユティたんを囲んでいた冒険者たちが大男と正対する俺を嘲笑う。
「死んでも文句言うんじゃねえぞ? もやし野郎」
そんな決まり文句を言ってから、大男は丸太のような右腕を振り上げた。 岩のような拳が俺に接近してくるのが、スローモーションのような光景に映し出される。
だから俺は……
「……は?」「え?」「んなっ!」
小指一本で拳を止めてやった。
「ティ、ティーケル様」
ユティたんの、遠慮がちなその声を聞き、俺は鼻を鳴らす。
「お前はなんでユティたんを侮辱するんだ?」
「な、お前! まぐれで俺の拳を止めたからって調子にのんじゃねえ!」
俺の
俺は握り潰した拳を掴んだまま振り回し、大男を後ろの床に叩きつけてやった。
冒険者協会外に伸びている、石造りの床に背中を強打した大男は白目を剥きながら失神する。
信じられないものを見たような視線が、俺に集まる。
「寝てんじゃねえよクズ、起きろ」
掴んでいた拳を離し、前腕を折るのではなく、捻り砕く。 痛みのあまり脳が覚醒状態になった大男は、夕暮れの街にこだまするほどの悲鳴をあげた。
「うるせーな。
水の呪歌を使い、拳サイズの水の塊を作り出す。 その水の塊で、大男の鼻と口を塞いでやった。
呼吸ができなくなった大男は、水塊をブクブクと泡立たせながらもがき始め、唯一動く両足をばたつかせる。 鬱陶しかったから両足も粉砕する。
脱力して、小刻みに震え始めた大男を見下ろし、俺は盛大なため息をついた。 すると、
『……あ、あの〜ティーケル氏? いや、ティティティ、ティーケル様? 流石に殺すのはまずいと思います』
『安心しろ俺は冷静だ。 半分しか殺さん』
『えーっと、それもそれで、なんと言うかその〜』
うわずったようなよそよそしい声が脳内に響く。 ピピリッタ氏がなぜ怯えているのか知らんが、俺は風の呪歌を駆使して涙を流しながら震えていた大男を空中に浮かせた。
「選ばせてやるよ。 土下座して死ぬか、最後まで足掻いて死ぬか、死なずにこのまま痛ぶられるか」
水の呪歌を解いてやる。 ようやく呼吸ができるようになった大男は、むせ返りながら肩を激しく上下させ、俺に恐怖の視線を送ってくる。
「……こ、殺さないでください」
「じゃあ一本ずつ爪を剥がし、爪を全部剥いだら今度は指を折っていく。 それでいいな?」
「い、嫌だぁ。 ……ご、ごぉめんなさぁい」
「謝るのは俺じゃねえし、お前はユティたんを殺そうとしたんだぜ? 生かしてもらえるだけ感謝しろよ」
早速とばかりに爪を剥いだ。 悲鳴をあげる大男。 うるせえから次の爪を剥がすときは水塊で鼻と口を塞いでやった。
「ちょっと待ってくださいティーケル様! 殺してはいけないのです!」
背後から俺の腰に飛びついてくるユティたん。 振り返ってみれば、冒険者協会にいた連中は全員、俺に対して恐怖を帯びた視線を向けていて、ユティたんを囲んでいた残りの二人に関しては頭を抱えて蹲っている。
耳をすませば、嗚咽に混じって許しを乞うような呟きが聞こえてくる。
「お優しいティーケル様の力を、そんなひどいことに使って欲しくないのです!」
まるで心優しいヒロインのような慈悲深いセリフ。 そして潤んだ瞳で俺を見上げるクリッとした大きな瞳。 切実に可愛い。
「おいおい、この光景見ても俺を優しいと思うのか?」
「もちろんです! ティーケル様は私のために怒ってくれているのです! だからこれ以上、ひどいことにあなたの力を使って欲しくないのです!」
腰に回していた短い両腕にグッと力が入り、俺の腰にユティたんの小さな顔を押し付けてくる。 何これご褒美か? もうちょっとこのままにしておこうかな〜。
なんてゲスいことを考えていたら、蹲っていた冒険者のうち一人、女の方の冒険者が悲鳴まじりの叫び声を上げた。
「鱗憑……ユスティーナさんをヴィリシカの前で置き去りにしてしまい、申し訳ありませんでした! だから命だけは、命だけはお助け下さい!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
蹲っていた二人組が、怯えながらそんなことを言い始めたもんだから、ユティたんは俺にしがみついていた腕を離して振り返ってしまった。 夢のような時間は刹那だった。 よし、あいつらも半殺しだ!
『ティーケル様〜? あのですね、そろそろ呪歌を解かないと、目の前のデカブツさんが窒息死してしまうかも知れませんよ〜』
ピピリッタ氏の怯えたような声でハッとする。 俺は慌てて水塊を霧散させてやった。
しかし大男はすでに失神してしまっていた。
やべえと思って生きてるか確認しようとしたタイミングで、冒険者協会の裏からトコトコと乾いた足音が近づいてくる。
「仲間の冒険者をヴィリシカの前で置き去りにし、殺そうとしたことを認めたのですね? でしたらその冒険者たちには正当な罰を与えなければなりません」
白髪混じりの髪の毛を七三分けにした小綺麗なイケおじが、背中の後ろで手を組んで優雅に歩いてくる。
そんな小綺麗なイケおじに全員の視線が集まると、石のように固まっていたレアーナさんがハッとした顔で声を上げた。
「ギ、ギルドマスター?」
ギルドマスター、それは冒険者協会のお偉いさんにして、冒険者が犯した罪を
俺は白目を剥いて脱力していた大男にチラリと視線を向け、慌ててギルドマスターと呼ばれた小綺麗なイケおじを凝視する。
ギルドマスターは、それはもう不気味なほどの満面の笑みを俺に向けていた。
風の呪歌を解いて空中に浮かせていた大男を乱暴に地面に叩き落とし、落ちた衝撃で「うげっ!」なんて言っているゴミ野郎を放置。
俺は一目散にその場から逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます