第7話
☆
宿屋に到着した。 受付の態度やらすれ違った客どもやらの態度が非常に気に食わなかったがまあ仕方がない。
なんせ受付でゴタゴタがあったからな。
詳しく説明すると、部屋を借りるために身分証を提示したユティたんは息をするように「二人部屋でお願いします」だなんて言うもんだから、俺は慌てて「いやいや! 一人部屋を二つお願いします!」と懇願した。
ラブコメを回避するための懇願だったのだが、ユティたんは悲しそうな顔で俺のことを見てくるもんだからすかさず「年端も行かない美少女とおんなじ部屋とかダメに決まってるだろ! もっと自分を大切にしなさい!」と説教をかましてやった。
するとユティたんは「つまり私とおんなじ部屋が嫌な訳ではなく、私のことを大切に思ってくれているのですか?」なんて恥ずかしい言葉をうるうるした瞳で言ってくるもんだから、口を窄ませながらうなづいた。
にも関わらず「でしたら二人部屋でも大丈夫なはずです! 私、お金に余裕がないのです!」とか言ってきやがったから俺はふた部屋分の金を受付に叩きつけながら全力で阻止したわけだ。
まあ、受付でそんな口論したら、痴話喧嘩は他所でやれ的なノリで受付の態度が悪くなってしまうのもわかる。 けど部屋の鍵を投げ渡す事はないだろう。
たまに出くわす態度が悪いコンビニの店員か? なんて思ってしまう。
受付の人だけならわかるのだが、すれ違う他の客まで舌打ちしてきたり睨みつけてきたり、この町は余所者に対して冷たいのか?
「ちょっとティーケル氏、機嫌悪すぎじゃない?」
「いや、だって……この街の住人態度悪すぎじゃん? すれ違うだけで舌打ちしてきたり、ゴミを見るような目で鼻つまんでたりしてさ! もしかして俺、臭い?」
「あーいや、だから、それは多分あんたのことじゃなくて……」
言葉の途中で部屋がノックされる。 ベットで寝っ転がっていた俺は慌ててピピリッタ氏を鷲掴みして布団の中に隠し、上半身を勢いよく起こして返事をする。
律儀に脳内会話で罵詈雑言を投げつけてくるピピリッタ氏を華麗にスルーし、ノックに応じると、モジモジしながら部屋に入ってくるユティたん。
部屋に入ってきた理由はわかっている。 ここは傷つけないよう丁重にお断りしよう。
「ティーケル様! 夕食がまだでしたらご馳走させて下さい! 命を助けていただいたお礼がまだできていませんので……」
「せっかくだが添い寝のお願いは心に決めた殿方と……って、なんだ夕食の誘いか」
「えっと、私は一人でも眠れますので添い寝はお断りさせていただきます」
脳内にはピピリッタ氏のバカにしたような笑い声が響いてくる上に、見当違いのこと言っておいてさらには先んじて拒絶された。 メンタル大崩壊しそうだ。
おかしい、この世界では俺の顔面偏差値結構高いはずだったのに……いやいや落ち着け、夕食ぐらいなら一緒に行っても構わないだろうし、腹が減ったから願ってもない提案だ。
異世界の料理は初見なため、おそらく名前だけではどんな料理かわからない。 そこで異世界人であるユティたんが一緒なら見たことない料理もどんな調理法で作られたか、なんの素材で作られているかもわかるはずだ。
結構悩んでいた食の心配はなんとか回避できそうである。 俺は立ち上がって出かける準備をしようと部屋に取り付けられていた鏡で髪の毛を整えていたのだが……
何を血迷ったのかユティたん、鞄の中からカピカピな黒パンを取り出して俺の部屋の椅子にちょこんと腰掛けた。 足がつかなくてぷらぷらしている、かわいい。 ……じゃなくて
「え? まさかの持ち込みで食べるの? 外食じゃなくて?」
「あの、その、外食はあまり好きではないので」
「まあ、気持ちはわかる。 自分や家族以外の人間が作った料理って信用できないよな」
「え? ああ、はい」
戸惑いながらも頷くユティたん。 それにしても取り出したのは干し肉と黒パン、なんて質素な食事なのだろうか? とは言っても見たこともない肉やら野菜やらを食わせられるよりましだ。
けど、一応確認を取る。
「ちなみにこの肉、なんの肉?」
「普通に豚さんですが?」
「なるほど、豚の肝臓は加熱しろよ?」
「え? ああ、はい」
ネタが通じない、お兄さん悲しい。
「そんなことよりもティーケル様、冒険者の仕事について聞きたいと言っていましたが、ティーケル様も冒険者になりたいのですか?」
「ああ、身分証が欲しいから冒険者になろうとはしたけど、他に俺に合った仕事があるならそっちの方がいいかなと思ってな。 まあ働いてる本人から話が聞けるなら聞かない手は無いと思って」
「そうなのですか、どうして身分証を持っていないのですか?」
「ああそれか、話すと長くなるんだが……」
俺は受付嬢のレアーナさんに話した内容をかいつまんで説明した。 もちろん口調はちゃんと俺の口調に直してある。
するとユティたんは訝しんだ顔をしながらも了承を示してくれた。 そして黒パンをかじりながら冒険者の仕事内容を説明してくれる。
予想通り薬草採取やらモンスター駆除やら、乗合馬車の護衛とか荷物の運搬。 内容は力仕事中心の日雇いバイトみたいなものだった。
異世界転生系のアニメや漫画はほとんどの主人公が冒険者として活躍する。 とは言っても現実的に考えれば日雇いバイトなんて安定もしないしうまくいく保証もない。
俺はゲームでは戦う系が好きだが、自分自身が戦うとなると話は別だ。 だがしかし俺は身元不明の怪しい旅人。 雇ってくれる仕事先はほとんどないと言っても過言ではないだろう。
何かいい手はないだろうか? そんなことを考えながら頭を悩ませる。
塩分強めの豚の干し肉を平らげ、口の水分を持っていく砂漠のような黒パンを飲み込み、飲み物が欲しくなった俺はキョロキョロと部屋の中に視線を巡らせる。
この宿屋はゲームとかでよく見かける木造のペンションみたいになっており、ビジネスホテルのような機能は備わっていない。 サービスのミネラルウォーターくらいは置いて欲しいものだ。
さすが中世ヨーロッパ風の世界観。 受付の態度は悪かったし部屋の中にはベットと机しか置いていない、寝れれば御の字って感じの宿屋だ。
「あの、ティーケル様、お水いりますか?」
「え? あるなら欲しいんだけど、間接キスイベントとかふっかけてくるなよ?」
「言ってる意味はよくわかりませんが、少々お待ちを」
ユティたんは鞄の中から木製のコップを取り出した。 それちゃんとゆすいだ? なんて
「水は万物の源にして 乾いた土地を潤わせる
天の涙は雨となり やがて地表を濡らすでしょう」
なんだ今の? 歌か何かだろうか?
小気味良いリズムと共に歌劇のように言葉を紡ぐと、突然木製コップの上に空気中の水分が集まっていく。 やがて集まった水分は拳大の水の塊となり、コップの中にぽちゃんと落下した。
「え? は? ちょ? なっ?」
「私、水の
褒めて褒めて、とでも言いたげな紅潮した頬で、優しげな笑みを向けてくるユティたん。 その可愛さ反則、レッドカードだ。
そんなことよりもなんだ今の現象は。
「呪歌? それって誰でも使えるの?」
「使えますよ? 大神ウォッコ様や、自然に宿る精霊たちを楽しませる歌が歌えるのなら」
ここにきて、ようやく重要な情報を獲得した。
『ピピリッタ氏、応答せよ』
『何よ、とっととこのティーケル氏臭い布団から出たいんですけど』
『俺は臭くねえ、じゃなくて! 呪歌って、この世界で言う魔法的な何かで間違いないか?』
『まあ、似たようなもんじゃないかしら? 正確に言っちゃうと呪歌は魔法を使う際に必要な深層心理を暗示するためのものだから、しっかり脳内で何をどう扱いたいのかイメージできてれば呪歌なんて歌わなくても魔法は使えるわよ?』
『けど、それをやったらこの世界では驚かれる、違うか?』
『ほほーう。 こういった異世界人との認識違いを避けるために、今まで魔法についてあたしに聞かなかったってことね?』
鼻にかかったようなピピリッタ氏の脳内メッセージを受け、俺はニヤリと口角を上げる。
「なあユティたん、明日暇だったらその呪歌……教えてくんないか?」
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