玄関前のメリークリスマス

第14話 推理を終えて

 麦酒のおかわりを取りに自室へ戻り、廊下へと帰ってくると、ギャルが遠慮のない口調で電話口へとまくし立てていた。


「だーかーらー、家の鍵を確認してくれって言ってんの。え? 今はそれどころじゃない? そんなことは分かってて電話してんのよ、こっちは──」


 それを横目に眺めつつコタツにもぐり込む。


「俺んちの鍵じゃなかった? ほら見たことかっ──」


 ギャルはチラリとこちらに視線を送ってくるが、微かにフッと笑みを見せるだけで、そのまま通話へと集中していた。


「あーもー、私もアンタたちの邪魔したいわけじゃないし、後のことはメッセージ送っとくから、ちゃんと見ときなさいよ、いいね?」


 そして彼女は通話を切る素振そぶりを見せる。だがしかし、相手方より何かしらを言われたのかキョトンと目を丸くすると──


「んー? なんで私がお取り込み中だと知っているかってー?」


 ニンマリと愉悦ゆえつを堪えきれないような笑顔を見せた。


「私にはなんでもお見通しなんよ。なに、簡単なことさワトソンくん」


 彼女は自慢げな様子でグッと身をそらしていた。

 楽しそうでなによりだが……なんだろう?

 ちょっとだけ手柄てがらを横取りされたような気持ちになる。


「いい? サブロー。あんたサッちゃんのこと傷つけたらマジ許さないかんね」


 ギャルは最後に真面目まじめな口調でもって友人へと忠告をしていた。するとかすかにだが、相手方の声が電話口から漏れ聞こえてくる。なんと言っているかは分からなかったが狼狽うろたえているようだった。


 ──生まれて初めて出来た彼女と、いざイチャイチャしようとしたならば、急に女友達から電話がかかってきて揶揄からかわれた挙句に釘を刺されるわけか……


 向こうの状況を想像してみると、中々に不憫ふびんに思えてくる。

 サブローくんには是非、強く生きてもらいたい。


 俺がそのように阿呆あほうな想像をしていたらならば、ついにギャルが「優しくだかんね! 少年よ紳士たれ」と言って通話を切り上げた。そして彼女は満足そうに「むふん」と鼻息をついたかと思うと、グルリとこちらへ振り返る。


「マジでサブローとサッちゃんが一緒にいたんですけど?」

「そうか、そりゃ良かった」


 推理が合っていたのなら、少なくとも俺は『妄想をこじらせたおっさん』にはならなかったということである。俺は心底から安堵あんどの息を吐く。


「家の鍵はどうするの?」

「んー、サブローの鍵は実家に帰る前に郵便受箱に入れとくとして……私の家の鍵は年始にでも渡してもらうしかないよね」


 彼女は「今から持ってこいとか、そんな鬼畜きちくなこと言えないし」と言う。

 それもそうだ。

 そして彼女は初詣はつもうでのお誘いをグループチャットに書き込んでいるようだった。集まる口実ができて嬉しげに見えるのは気のせいか。

 

 やがてギャルが不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「お兄さんってさ、じつは何者?」

「何者って……ただのサラリーマンだけど?」


 新しい麦酒のプルタブを開けながら答えた。


嘘々うそうそ、普通の人があんなにすごい推理できるわけないじゃん」

「いや? そうでもないと思うよ」

「お兄さんは見た目も大人だけど、頭脳も大人!」

「それは極々ごくごく一般的な成人だね」


 二人でたわいない会話を続ける。騒ぎ立てると御近所迷惑になる時間帯だから、ひっそりとしたやり取りで、高らかな笑いなどはないが、それでも賑やかだった。

 ギャルが手に持っていた麦酒をあおる。

 そして「ぷはっ!」と景気の良い吐息をついた。


「でも本当に良かったよ。こんなにめでたいことがあったんなら、家から閉め出されて良かったと思えちゃう」


 彼女は友人たちの幸せを心から喜んでいるようだった。自身にちょっとした不幸が降りかかったとしても、それは大したことじゃないと言い切っている。その豪気さがなんとも気持ちいい。


「その心持ちは見習いたいね。俺だったら恨みごと吐いてそうだ」


 もし俺が友人のせいで一晩中、外に閉め出されるハメになったのなら、きっと文句の一つや二つ言うだろう。そう思って呟くと、彼女は「あはは、まぁ、でもさ──」と笑って言った。


「こうしてコタツでぬくぬくできて、ビール飲んで、美味しいケーキも食べて──うん、悪くないよ」

「悪くないか……そう言ってくれると嬉しいね」

「っていうか、むしろ良くない? これはサッちゃんには感謝しなきゃなぁ」

「感謝?」


 なにを感謝することがあるのだろう。

 そう問い返すと彼女は「うん、だって──」と笑いながら言う。


「おかげで、お兄さんとも会えたんだしっ!」


 そう言って嬉しそうな笑顔を咲かせる彼女に、つい年甲斐としがいもなく胸を高鳴らせてしまった。しばらくは見惚れてしまうも、いかんいかんと首を振る。


 相手は大学生のギャルである。

 勘違いはいけない。


 俺は必死になって自制すると、先ほどのやり取りを有耶無耶うやむやにするように「ビール、もう一本いるかい?」と彼女に問いかけた。


 すると「もちろん欲しーい!」という元気の良い声がする。


 それを受けて俺は再び自室に戻ろうと腰を上げかける。

 だがそれは鳴り響く着信音によって中断させられた。

 ギャルのスマホから甲高いメロディが聞こえてくる。


「もしもし、あ──はーい」


 彼女はスマホを耳にかざすと、それだけを言って電話を切った。

 そして俺の方を向いて言う。


「お母さんからマンションに着いたから降りてこいって言われた」

「お、そっか……」


 ついにお迎えが到着したらしい。

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