第3話 あ、雪降ってる

「うわー……汚ねえ」


 電灯を点けて、第一声がそれだった。

 物が散乱した自室の様子はお世辞にも綺麗とは言えない。床を見ればうっすらとほこりも積もっている。しかし、それも仕方ないことだろう。ここ最近の仕事の忙しさといえば尋常でないものがあった。それがそのまま、家事の不行き届きへと繋がった結果である。男やもめにうじが湧くとはよく言ったものだが、今年のクリスマスは部屋の掃除に時間を取られることになるだろう。


「まあ明日から連休という嬉しさに比べたら、どうというものではない」


 気を取り直して身支度を整える。

 外套がいとうは脱ぎ去って部屋着に着替えた。物を適当に寄せて座る場所を確保したのなら、部屋中央を陣取っているコタツの中へと足を突っ込む。


「まだ寒い……」


 電源を入れて間もないからか十分な暖気は感じられない。よって温かくなるまでSNSをチェックして気を紛らわせることにした。


「あーあー、皆さんまあ楽しそうなイブを満喫まんきつしているようで……」


 知人らの投稿を眺めていたらむなしい気分になる。まるで「しょうもないイブを送っているのはお前だけだ」と突きつけられているかのようで、つい憎まれ口を叩いてしまった。


「ああ……寒い寒い。ただでさえ安月給なのに心まで素寒貧すかんぴんにされちゃたまんねぇや──」


 そして、しきりに「寒い、辛い」と繰り返しつぶやく。なんのことはない、ただのひがみだ。恨みつらみというものは怨嗟えんさの呪声を発することによって昇華される。そんなクルシミマスイブの日。


 そのようにひねくれ精神を発揮して延々とボヤいていたならば、ふと、玄関へと意識を向けてしまう。


 ──でもあの娘は俺よりずっと寒い中に座り続けているんだよなぁ。


「いや……何を考えてるんだ。駄目だ。ラブコメの主人公にでもなったつもりか? 俺にできる精一杯はもうやった。これ以上はダメ、絶対」


 ふいに湧いて起こった考えを必死になって否定する。

 頭の中に降って湧いたイメージ。それは──外にいるギャルを部屋に招いて一緒にクリスマスケーキを切り分ける、という妄想だった。


 いや、それは駄目だろう。


「勘違いをするな、人恋しさのあまり気が狂ったか? 自分の年齢を考えろ、よし、大丈夫、俺は冷静だ、確かにあの娘は可哀想だが、大学生だ、自己責任の範疇はんちゅう、それに相手は女性だ、つまりは男の部屋になんか汚くて入りたくないに違いない──」


 まるでおきょうを唱えるように自制する。そして繰り返し念仏を唱えていたならば、次第しだいに精神も安定してくる。


 これがせめて相手が男子大学生であれば、ここまで悩むことはなかっただろう。アウトドア用品でも貸してやり、勝手に火起こしでもしていろと申しつけるだけで良いのだから。ああ、どうして相手がギャルなのか、ままならないものである。


「──って、そうか……それでいいじゃん」


 ふと思いついた。

 ギャルを部屋に招き入れることは問題があるがしかし、屋外でも暖をとる方法はあるはずだった。幸いにも趣味でキャンプ道具一式は持っている。き火などはさすがにマズいかもしれないが、それでも椅子いすが一つあれば、状況は随分と変わるはずだ。冬の石床はとにかく冷たい。


「あ、雪降ってる」


 窓の外を見ると、チラチラと舞い散る白い影が見えた。つまり今年はホワイトクリスマスになったということだろう。世の大多数の人間にとっては喜ばしいことかもしれないが、玄関前のギャルのことを思えば、たまったものではないはずだった。


「雪が降ってきたから心配になった……って言い分にしておくか」


 そうすれば世間にも言い訳がたつ。

 いったい誰に対する弁解べんかいだよと思わなくもないが、俺は立ち上がった。決してクリスマスボッチが寂しいからという理由ではないと、心内に呟きながら。


 ──

 ──


「あのー……寒くない? 上着とか貸そうか」

「ぐ、ぐださ〜い……このままだと、さむじぬっ」


 悩んだ割には、やけにあっさりとした返事があった。

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