第33話 風車の村(開花)
「じゃあ準備のために戻りましょう! そして、あの先へ!」
「ったく調子いいんだからよ」
と呆れるカリナの言動と表情は不一致だ。
気力を取り戻したフミカとカリナの姿を微笑ましく思いながらも、ヨアケの思考は止まることを知らなかった。
「嫌な予感か」
「わかりますか? いえ、わかりますね、あなたなら」
「無論だ」
即答するナギサを頼もしく思う。
今通る道は慣れ親しんだ道だ。初めて四人揃って通った道でもある。
冒険の拠点である風車の村、その行路。
危険が少なく安全で、安心感に包まれる帰路。
フミカ曰く過去作には似たような拠点があって、そこを通る時、プレイヤーは不安から一時的に解放される。
死にゲーという多ジャンルよりもストレスがたまりやすい構図のゲームだからこそ、拠点は清涼剤と成り得るのだ。
仕事終わりの、コーヒーのような……。
(今のところ、異常はありません)
道には敵が出てくるが、もはやその機能は失われて久しい。
障害にすらなり得ず、また経験値としての旨味もない。
油断大敵ではあるが、その油断のレベルはコントローラーを手放すとかそういう程度のもの。
普通にプレイしていればまず負けることはない通過点だ。
「ほいよっ、と」
カリナが難なく炎でゴブリンを燃やす。
もう少し歩けば、巨大な風車と衛兵がヨアケたちを出迎えてくれる。
いつもと変わらない。
しかし、ヨアケの思考は……危惧は納まらない。
自分たちは恐らく、物語の核心に触れてしまったのだから。
※※※
「それで? 例の手記についての考察は進んだのか?」
「いや考えてはいるんですけどね。やっぱり難しいなって……」
「経験者ならすぐわかるんじゃねえのか?」
フミカはナギサに困り笑顔で応じつつ、カリナには肩を竦める。
「もうわかってるとは思うけど、攻略法について多少の知識があるだけだよ。考察は好きだけど、得意とは言えないし」
そもそも、別に過去作についての考察だって、SNSや攻略サイトの受け売りも多い。
頭脳明晰なプレイヤーなら、もう物語について考察を粗方終えているはずだ。
しかしフミカは違う。あらゆる面で平均的だ。
そのことは自分がよくわかっているし、もうそんなことでくよくよはしない。
というより、いちいち悩んでいたらフミカの豆腐なメンタルが持たない。
「まぁ幸いにして? ヨアケさんがいるし」
「やっぱお前、本質的には他力本願なんじゃね?」
「や、やだなぁ。そんなことないって」
「頼むからニートにはなるなよ。お前みたいな多趣味な奴、いくら働いたって金が足りないっての」
「なんでカリナがお金の心配するの……あっ」
「……そりゃ、するだろうよ」
そっぽを向きながら呟くカリナ。
ここに来てカリナのデレが止まらなくなってきたように思う。
呼応して、自分の中の恥ずかしさを、嬉しさという感情がフルボッコにしている。
当初は勢いのあった恥はあっという間にノックアウトされて、いよいよ嬉が勝利宣言をかまそうとしている段階だ。
そうしたら、どうなるのだろう。
そう。このゲームを終えて、クリアしたら――。
「人はいずれ花になる、だっけ?」
「そう、そうそう。難しいんだよ!」
ミリルの一声で我に返ったフミカは、再び考察の海を泳ぎ始める。
拗ねるカリナ。申し訳ないとは思っている。
けれど、カリナと同じくらいゲームも好きなんだからしょうがない。
――人はいずれ花になる。
フェイドの奥義を体得し、花の神殿の深部から脱出する時に見つけた意味深なメッセージ。
普通に考えたらストレートな意味だろう。
言葉通り、受け取ってしまえばいい。
ただ、このゲームの開発者であるマメシステムズはひねくれている。
ツンデレキャラが何のきっかけもなくデレたら恐ろしいように。
マメシステムズの直接的な表現も、警戒しなければならない。
「何が起こるかわからないからね。過去作も毎回、こっちの度肝を抜いてきたし」
「警戒するに越したことはない、か」
「その点、ナギサさんなら安全ですけど」
「どうだろうな……待て」
唐突にナギサが制してくる。
安全地点である風車の村を目の前にして。
「どうかしたのかよ」
「……」
ナギサはカリナに返答せず、村の入り口を見据えている。
と、いつもと同じく衛兵から声を掛けられた。
「よう、戻ったか、旅人さん」
「……あれ」
フミカも違和感に気付いた。
セリフはいっしょだが、声が違う。
鼻声だ。
「ああ、これか? すまないな、聞きづらくて。どうも、鼻の調子が悪いんだ……」
「た、大変ですね……風邪かな?」
「ゲームに風邪があるのか?」
「もっとヤバげな奇病は出たことありますけど、風邪は聞いたことないかもです」
いくらなんでも身近な病気過ぎる。大抵、ゲームに出てくる病気は現実にはあり得ないファンタジックな病ばかりだ。もちろん、病気がテーマな作品であれば出てきても不思議ではないが、ダークファンタジーには似つかわしくない。
「うおっと!?」
不意な音にフミカは驚く。衛兵の一人がくしゃみをしていた。
そして、今度はかゆそうに目を掻いている。
「……花粉症かこれ?」
「そういうこと言わないでよ。こっちも心なしかかゆくなってくるじゃん」
「いやんなこと言われても。あたしは花粉症になったことねえし」
「んなっ!? カリナの裏切り者!!」
「そういやお前、昔から春はぐじゅぐじゅだったっけ」
「だから言わないで! 鼻がムズムズする! 目がかゆくなるううぅ!!」
村内では、くしゃみの音と鼻をすする音があちこちから響き渡っていた。
「うう……ゲームでも花粉症とかやだよ」
「今のところ、わたくしたちに症状は見られませんが――」
「マスク的な装備があれば買っておいた方がいいかもしれないな。あれば、だが」
フミカたちは当初の目的を果たすべく、店へと向かった。
「マスク? うちにそんなものはないよ」
鼻声でぶっきらぼうに応じる店主。どうやらいらいらしているようだ。
目も充血していて真っ赤っか。
同じ花粉症持ちとして気持ちはよくわかる。
「ありがとうございます」
お礼を言って買い物を済ませる。今度は武器の強化だ。
村の様子を先に見たいと言ったナギサとヨアケから離れて、フミカたちは鍛冶屋へと赴く。
「ここから先は絶対に必要ですからね」
武器を今できる最大限の性能に。
やれることを全てやって、あの場所に行かねばならない。
その一役を担う武器屋の女の子は、いつも通りに、しかし明確な変化を伴いながら応対してくれた。
「武器の、強化ですね……くしゅん」
可愛い女の子のくしゃみ。そう言えば、とフミカは思い出す。
この子のパンツを覗こうとして、カリナに怒られたっけ。
などと不埒な思考を続けるフミカに気付く様子もなく、鍛冶屋はお手製のハンマーを握りしめていた。
「はい、武器の強化ですね。素材とお金を頂きます」
お金も素材も、今までの戦いで十分溜まっている。
一人だったら長時間の素材集めや金策マラソンが必要だったかもしれないが、四人のおかげでスムーズに進める。
「くしゅん、はい、こちらです、ね、はっくしゅん。えと、くしゅん」
可愛い女の子が、くしゃみをしている。
くしゅん、くしゅん、くしゅん、くしゅん……。
話は変わるが、フミカはゲームの周回や日常生活のお供にゲーム配信をよく視聴している。
他人のゲームプレイを見ると、新しい発見があるものだ。自分が気付かなかった仕掛けや、普段とは違うプレイ方法を見れて楽しいし。
そしてこれはあくまでもおまけであって余談であってついでなのだが、推しのバーチャルアイドルが可愛いしで。
などという言い訳はともかく、バーチャル配信ならではの特異な文化があるのだ。
可愛い女の子が、涙目で、悶え苦しんでいる様を見て、思わず。
「くしゃみ、助かる……んひっ!?」
後方からの殺気で、フミカは飛び上がった。
「やっぱり浮気……」
その殺気は歴戦の玄人でさえ肝を冷やすだろう。
「ち、違うってえ! これは小さい子のくしゃみを見て愛でるとかそういう類であってですねえ!」
大慌てで言い訳するフミカ。しかしなかなかカリナの機嫌が収まらない。
以前にも似たようなことがあっただの、もうわかってるんじゃなかったのかだの。
暖簾に腕押しの如きやり取りが続いたところで――。
「お、おい……」
「なんかちょっと……」
二人の言い合いがデスカレーションする。
原因は、先程と同じ。
鍛冶屋の娘のくしゃみだった。
くしゅんくしゅんくしゅんくしゅんくしゃんがはっごふぐしゃ。
刹那、二人は呆気に取られた。
びしゃり、と濡れたからだ。
作業台が、赤色に。
「大丈夫……なのか……?」
「いや、けど、これって……」
鼻血などという可愛いレベルではない。
それに、普通の花粉症で鼻血が出ることなど稀だろう。
大量の血を巻き散らした鍛冶屋は、口元を手で押さえていた。
その間にも指の隙間から赤い液体が零れ落ちている。
「あ……う……」
断末魔のような呻きを漏らして。
少女は俯いたまま、動かなくなった。
「まさか……死んだ?」
「さっきまで普通にお話ししてたのに」
戦々恐々としながら、お互いの顔を見合わせる。
フミカの知識にこんな病はない。
いや、仮に知識があったとしてもすぐには動けなかっただろう。
それだけ、目の前の光景がショッキング過ぎた。
予期しない衝撃を受けると、人は逃げることすらできなくなる。
しばらく茫然として、先に我に返ったカリナが提案する。
「よ、ヨアケに伝えなきゃじゃないか?」
「そうだね、ナギサさんにも……」
と、どうにか行動を再開しようとした時だった。
呼応したかしないのか、少女もゆっくりと面を上げる。
充血した瞳を、限界まで開きながら。
「……ぶ器の、強カ、でスね?」
にかっ、と口だけは笑っている。
ぞくり、と背筋が凍った。
「おマかせ、下さイ」
装備を鍛えるための金槌が迫り来る。
フミカとカリナは即応した――絶叫と共に、お互いの身体を抱きしめる程度には。
※※※
先程までは、無害どころか友好的な普通の人間だった。
それが瞬く間に豹変。手近な樽の中に仕舞ってあった農工具を手に取って、身近な人間を血祭りに上げんと暴挙に出て、血が宙を舞う。
正直に言えば、反応などできなかった。
それでも、卓越した自分だけの護衛がいれば問題ない。
「やはり、ですか」
「君の予想が外れることはないさ」
サーベルの血を払うナギサの一声を聞いて、ヨアケは苦々しく死体を見下ろす。
協力的な人間が惨たらしい最期を遂げるのは良いことではない。
それがNPCだったとしても。
「どうする? 二人と合流するか?」
「それはもちろん。行先も決まっています……が」
元々、先に進むための補給としてこの地を訪れた。
なので出立は望むところだ。しかし。
「後味が悪い、か」
「否定はしませんわ」
どうにかこの現象に歯止めを掛けたいと思うのは自然な感情だろう。
「さ、散々な目に遭った……」
「ヤバかったねえ」
方針について話し合っている間に、フミカたちの声が入り口方向から聞こえてくる。
しかしヨアケは疑問を覚えない。それはナギサも同じだ。
「けどまぁ、あたしたちなら無事に切り抜けられたけどな!」
「だ、だよね!! あはは!」
「変に取り繕わなくても良いのですよ。わたくしたちの仲ではないですか」
「不意打ちされて楔の花から復活したんだろう」
「う、そ、それはまぁ……」
しかし死にゲーにおいて死は恥ではない。むしろフミカほどのゲーマーであれば誇りですらあるだろう。
であるのに、誤魔化した理由はと言えば。
「恋人のように抱き合ったせいで死んだとしても、バカになんてしませんわ」
「なんでバレ……!?」
「やっぱちょっとバカにしてるな?」
「まさか。フフフ」
カリナの追及をいなして、風車を見上げる。
「この村の象徴と言えばアレ、ですわね」
「最初に調べた時は入れませんでしたけど、恐らくは」
フミカの意見で理論を補強して。
ヨアケたちは風車へと向かう。
※※※
ミリルからしてみれば、その光景は退屈極まりないものだった。
フミカたちはこれまでに積んだ経験と生来のプレイヤースキルを活かして、巧みに連携しながら死人のような村人たちを薙ぎ払っている。
そこに不和もなければ、不調もない。
予定調和。このまま、何事もなく無事に風車へと到達する。
「頑張ったってどうしようもないのに」
その姿は喜ぶべきものであるし、唾棄すべきものだ。
望んでいるし、望んでいない。
相反する感情。
全てを冷えた眼差しで見ていたはずの自分が。
「どうでもいいんだよ。……どうでもいい、はずなんだ」
ミリルが自問を続ける間にも、鮮血が地面を濡らしていく。
その姿に少しだけ、共感を覚える。
敵を薙ぎ倒すフミカたちにではなく、死に様を晒す、狂人たちに。
※※※
穏やかさの象徴であった風車は一転、不気味な雰囲気を漂わせて来訪者を待ち構えていた。
「またやけに静かだな」
カリナの小声が良く聞こえる。
これまで邪魔者が現れていたのが嘘のように、敵の姿は一人も確認できなかった。
ナギサならば感知しているかとフミカは目を移すも、彼女は首を横に振っている。
「安全なら……行きますか」
一刻も早く、この悲劇を収拾する。
そうすれば、何人かの村人を救うことができるかもしれない。
一縷の望みを抱いて、風車の扉を開ける。
中は薄暗い。そして手狭だった。
いくら巨大と言っても、ダンジョンとはわけが違う。
そのおかげか、ターゲットはすぐ見つけられた。
「楔の……花……」
当初は祝福の花であったはず。
しかし今や、とても禍々しい。
外の惨状とは打って変わって、その花はとても輝いて見えた。
ミラやアルディオンの花は変色していたが、風車のソレは違う。
豊かで、鮮やか。
花畑のように、一面に咲き誇っている。
赤に青、ピンクに黄色。選り取り見取りだ。
「育ちがいいようですわね」
皮肉たっぷりにヨアケが呟く。
「たくさんの栄養を吸った、というわけか」
「クソ花が。燃やしてやる……!」
カリナが杖の照準を花畑に向けた。
「――上だ」
「なにっ、うおッ!?」
突如として振ってきたつぼみをナギサがクロスボウで撃ち抜く。
それは異様な光景だった。
床にだけかと思われていた花畑は天井にも存在した。
否……風車の内側の、あらゆる場所に花が咲いているのだ。
もはや隠す必要はないとばかりに、壁が崩れて花々が姿を晒す。
「ど、どうなってんだよ……!?」
「たぶんどこかに弱点が……」
「いや、それらしきものは見当たらない」
ナギサの動体視力でも見つけられないのであれば、それは真実だ。
「わたくしには全てが同等の敵であるかのようにしか思えませんが、どうですか? フミカさん」
問われてフミカは首肯する。
「ハイルや改宗した者たちと同じです!」
つまりは、この一面の花畑全てがボス。
そう結論付けた瞬間に、ボス名とライフゲージが表示された。
「美しき花畑だぁ……? 冗談だろ!」
「来るよ……!」
花とその茎や根がヘビのように蠢いて、触手のようにツタが飛んでくる。
フミカは盾で防ぎ、ナギサはサーベルで切り捨てた。
ヨアケが物は試しと花の一つをナイフで切り裂く。
「効果はあるようですわね」
「けどちゃっちいな! こういう時は豪快に行くぜ! フミカ!」
「わかってるよ!」
もはや作戦を聞くまでもない。
フミカは盾を構えてカリナの前に出る。迫り来るツタを盾とメイスで迎撃する。
その後ろでカリナが魔法を構築し始めた。
植物に炎は良く効く。
「まずは炎の壁だ!」
カリナはフミカたちを囲むように炎の壁を構築。
近づいてくる茎や根はなす術もなく燃え出した。
「汚花は焼却だぜ……!」
今度は火炎放射のように杖から炎を吹き出す。
巻き込まれないように全員でぐるりと回って、周辺の花々を焼き尽くす。
十分な足場が確保できた。
「場所を広げる!」
ナギサの猛攻が花々を散らしていく。
そのフォローをするべく、ヨアケの分身がヘイトを稼いでいた。
「うおおおッ!」
フミカが突進で花を薙ぎ倒し、メイスで敵を殴り潰していく。
その隣を、カリナの炎が飛来。邪魔になりそうな花を燃やす。
順調だ……!
そう思った矢先、
「上だぞ」
ナギサの警句を聞いて、頭上を見上げる。
またつぼみが落ちてくるかと思いきや――。
「あぶねえ!」
カリナがいた場所へと閃光が直撃した。
警告がなければ、回避が間に合わなかっただろう。
「クソ花が!」
カリナが炎を射手へ撃ち返す。
燃え落ちる花を見て満足気に笑うカリナ。
彼女だけが気付いていない。
「カリナ!」
「どうし――ぐッ!?」
レーザーが着弾した個所から生えた花が黄色い粉末を巻き散らす。
まともに食らったカリナは跳躍して、反撃。
「大丈夫!?」
「大してダメージ入ってねえ! 問題ない!」
と言いながらも少しせき込んだ。
フミカはカバーするために敵を蹴散らしながら向かう。
「とりあえず回復して!」
「ああ、わかったよ」
カリナが花蜜を飲み干し、
「くしゅん」
フミカは思わず目を疑った。
「カリナ……?」
「あ? なんだこれ、くそ」
毒づきながらもカリナのくしゃみが止まらない。
そして、目も赤く充血し始めた。
ヤバいかも。恐らく二人同時に思った瞬間、フミカはまた信じられない音を聞く。
ぶちり。
肉を引き裂いたかのような、不快な音を。
「カリナ……腕……」
「腕? 何が……な、にが……?」
絶句し、硬直する。
カリナの右腕に。そこから生えてきた――花に。
呆気に取られた瞬間、芽吹いた花が花冠をカリナに向けた。
そこからは一瞬だった。
何かが光ったと思ったら、カリナの頭はなくなっていた。
否、ある。
別の物に置換されただけだ。
黄色い、花に。
「カリナ……」
呆然とするフミカに向けて、今度はカリナの頭花が花冠を――。
「フミカさん!」
「ダメだ、間に合わない」
ぶちり、ぶちりと。
カリナの身体のあちこちから咲いた花が、茎を伸ばしてくる。
そのままフミカを抱き寄せて、花粉を浴びせて。
最後にはフミカを、カリナとお揃いにした。
「落ち着いたか?」
「そ、それとなしにはな……」
強がるカリナだが、まだ震えが止まらない。
フミカも先程の強烈な光景が頭の中にずっと居座っている。
「そんな特殊性癖は持ち合わせてないよ……」
あんな姿に変質したカリナを見て喜べるほど、深淵にはいない。
「攻略法について議論を交わしたいのですが。次で確実に倒すためにも」
「そう、ですね……」
すっかり気力を削がれてしまったが、あの花畑を倒さなければならない。
立ち上がったフミカにカリナが右手を伸ばしてくる。
そこに花は咲いていない。
そしてもう、咲かせる気もない。
手を取って、カリナが立ち上がる。
「で、どうすんだ? 四方八方を花に囲まれてるんだぜ?」
「だが一体一体は大したことはないようだ。ギミックがある可能性は?」
「わたくしはそうは思いませんが、フミカさんは?」
「私もそう思います。きっと、単に性格が悪いボスなんですよ」
そしてまた、マメシステムズも意地が悪い。
全方位を警戒しながら大量の敵を削ってライフゲージを減らさなければならない。
高速のレーザーと、広範囲の花粉を回避しながら、である。
「どれも一つ一つは回避や防御は難しくないと思いますが、大量にいるので……」
「花粉については私がどうにかしよう」
「頼むぜ、ナギサ」
「任せろ、カリナ君」
微笑んだヨアケがあえて聞く。
「もはや役割を言葉にする必要はありませんか?」
「ええ……!」
もう説明はいらない。
どう動けばいいか、各々がわかっている。
※※※
正直に言えば、ただのカッコつけだと思っていた。
何が言葉にする必要はない、だ。
どうせすぐに連携が乱れて、また誰かがやられるに決まっている。
そして不信感が芽生えて、負のループに嵌まっていくのだ。
「そう思っていたのに」
ミリルの眼下では、フミカたちが美しき花畑と交戦している。
最初は先程と同じ通り。炎の壁をカリナが展開して、ナギサとフミカが草刈りならぬ花刈りを行う。
足場を確保したフミカたちに、花畑が天井からの狙撃をお見舞いしようとするが、
「やらせん」
逆にナギサが弓矢で狙撃をし返す。
「行くぞフミカ!」
「うん!」
カリナがエンチャントを行って、作業効率が上昇する。
炎のメイスで焼き、カリナもマジックガントレットへ装備を変えて花を殴り出した。
背後を奇襲するべく花が床から咲いたが、その後ろにヨアケが立っている。
「残念ですわね」
花を暗殺するヨアケ。と、急に死んだ花が膨れだした。
まるで爆発でもするかのように。
「ふむ、意外だが、想定内だ」
そこへ疾走するナギサ。サーベルを抜き放ち、素早い斬撃を放つ。
あまりに早すぎて、何度、何十、何百切っているのかわからない技を。
爆発と共に花粉が巻き散らされるが、フミカたちが吸い込む前に吹き飛ばされていく。
あまりに素早い剣風によって。
「今だ、二人とも!」
「言われなくても!」
「わかってます!」
フミカはメイスを頭上に掲げる。
先端が白銀に輝き出した。
「銀の烈波!」
「新技食らえ! このクソ花が!」
カリナも少し先に火球を打ち出した。
そこから炎が溢れ出す。水風船を割った時のように。
「うおおおッ!!」
最後にフミカの閃光が炸裂。
全員がそれぞれの役目を全うして。
美しき花畑のライフゲージはゼロになった。
「倒しはしましたが、やはり……」
「奇跡は起きなかったか」
風車を出た村は、無残な有様だった。
大量の死体と、それをついばみに来た黒い鳥たち。
壊れた家屋と静寂しか残されていない。
「くそっ、あの花のせいで……」
「……そんなに、気にするようなこと? どうせNPC、ゲームのキャラクターだよ?」
ミリルには不思議でならない。感情移入する対象には成り得ないはずだ。
もしするとしてもそれは娯楽の延長であって、そのように嫌悪感や同情心を抱く必要性は感じられない。
「そういうミリルも少し寂しそうだけど?」
「そんなこと……ないよ」
ミリルは顔を背ける。
ただの観察対象。そんなものに入れ込むはずはない。
そんなはずはないのだ。そんな、はずは……。
「悲しいですけど、寂しいけれど。でもこのゲームはダークファンタジーなんです。こういうことも、あります。嫌いに、なった?」
フミカに問われて。
しかし皆は笑顔を見せた。
気を取り直したフミカたちは、先に進み出す。
攻略のために。クリアするために。
四人を追ってミリルも羽を羽ばたかせる。
背後では、唯一無事に残った風車がゆっくりと回転していた。
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