カラオケ

 涙の残る友美を連れてカラオケ店に直行し、部屋についてからはひたすらに歌い続けた。


 特に友美の勢いは凄まじく、魂の叫びというだけあって普段ならば歌わない声量強めの激しい曲を泣きながら歌っていた。


 歌った曲は一曲だが部屋の隣にあるトイレにすら轟く大声で歌った上に泣いていたので、かなりエネルギーを消費してしまったらしい。


 歌いきった友美はソファに座り込んでゼェゼェと肩で息をしていた。


「体力ないのに無茶するから」


 苦笑いの金森がカルピスを差し出せば、友美はそれを受け取って一気飲みする。


「これ、甘じょっぱいね~」


 グズグズと鼻を鳴らしながら塩味の原因である涙を拭うと、友美はえへへ、と笑った。


 今でも心は傷つき荒んでいるのかもしれないが、表情や態度は随分と和らいで、いつものおっとりとした友美に見える。


「そうね。それにしても友美の選曲、意外だったわ。今まで友美が歌ってたのって、ゆっくりとしたリズムの穏やかな曲が多かったわよね」


「あ~、私ねぇ、おっとりとした曲も好きなんだけど~、テンポが速い曲も好きなんだ~。でもぉ、普段はこの喋り方でしょ~。どうにも歌える気がしなくて~。実際ねぇ、呂律も回らなかったしぃ、むせったりしちゃったなぁ。あんまり上手じゃなかったかもぉ」


「そう? 私は上手だと思ったけど。元々の声が大人っぽいからさ、格好良かったわよ」


 しょぼんと落ち込む友美の肩に手を置き、グッと親指を立ててやれば彼女は嬉しそうに笑って頷いた。


 その後、金森が持って来たソフトクリームをいっぺんにかき込んでエネルギーをチャージすると、再び歌いだした。


 友子が合いの手を入れつつ自身の曲を予約する。


 金森は何をしているのかと問われれば、ソフトクリームを片手にタブレットで唐揚げを注文していた。


 もちろん歌も歌うが食い気が勝つ金森だ。


 ピザを食べるか、あるいは定番のフライドポテトにするか。


 迷いに迷った金森が追加注文したのはチキン南蛮丼である。


 これには途中から金森のタブレットを覗き込んで彼女を観察していた友子も、


「ここは定食屋じゃねーぞ」


 と苦笑いである。


「いいのよ、お腹空いたんだから。学校もお昼に終わったから昼食まだだし。友子や友美もなんか食べたら?」


「私は今んとこはいいや。それよりも金森もなんか歌ったら?」


「歌うわよ。あ、唐揚げ来ちゃった。唐揚げ食べたら歌うわ……今、シレッと人の唐揚げパクった?」


 店員から受け取った皿に複数個乗っていた唐揚げを流れるようにつまむ友子を見て、金森がジト目になる。


 しかし当人はどこ吹く風で、友美が歌い終わったのを確認するとサッサとマイクを握って歌い始めた。


 ちなみに、五個から四個に減った唐揚げは、


「ケホッ、うぅ、喉潰れちゃいそ~う。あ、唐揚げだ~。響~、一個もらうね~」


 と、非常に軽いノリで友美に奪われてしまい、五個から三個に激減した。


『もう、この唐揚げは二人にあげちゃいましょうか。二人だって何だかんだお腹が空いてるでしょうし』


 金森が流れるように操作したタブレットは料理の注文用のものであり、おまけに少し前に頼んだチキン南蛮丼も届いたため、彼女はもう一ターン、歌い損ねてしまった。




 暗い雰囲気で始まったカラオケだったが、締めは友美が普段から歌っている前向きな恋愛ソングとなるなど、割と明るく楽しい雰囲気で幕を閉じた。


 顔を洗ってもすぐには消えない涙の跡と赤く腫れた目尻を柔らかく動かして、


「二人とも、今日はごめんねぇ、ありがと~。私、次に進むからね~」


 と笑った友美を見て、ずっと彼女のことを心配していた二人はホッと胸を撫で下ろしたものである。


 自宅の場所の関係から、カラオケ店の前で二人と分かれて金森も帰路につく。


 未成年がカラオケ店を強制退出させられるのは午後六時だ。


 時間いっぱいまで歌ったので、現在の時刻は六時を少し過ぎたくらいだった。


 夏が幅を利かせていた少し前までは今くらいの時間でも十分に明るかったのだが、その頃に比べると日が落ちるのも随分と早くなって、辺りはすっかり真っ暗になっている。


 おまけに曇っているので、どんよりと空気が重い。


 ふと違和感を覚えて辺りを見渡せば、妙に既視感のある風景が広がっていた。


『なんか、見覚えがあるわね。ああ、あれか、この間の花火大会か。会場、確かこの辺りだったものね。あそこのでっかい公園が飲食スペースになってて、ゆうれ……』


 幽霊が実在すると知り、すっかり怖がりになってしまった金森だ。


 夜に一番連想したくない言葉を思い出しかけると、ブンブンと首を振って「幽霊」という単語を脳から追い出した。


 自然と早足になり、険しい表情で前だけを向いて歩く。


 そもそも金森は日常的に地面を見て歩かないので犬の落とし物などを踏んでしまう残念な女性なのだが、本日はそれが加速していた。


 そして、それが災いし、「何か」を踏んでしまった。


『ヤバッ!』


 門を踏んでしまった事に気が付く前に、足の裏を軸にグルリと体が回転し、地面の裏側に滑り込んでしまうような感覚を覚える。


 金森は自己の意に反して幻想世界へと飛ばされた。

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