陰陽師と葬儀屋

樋口 快晴

1章 鈴の付喪神と葬儀屋

第1話 枕花

 ここは鎌倉、古くより神仏の類の多くがこの地を見守ってきた神聖なる土地だ。今でこそ陰陽師の名家は京都に多いが、それ以前は、ここ、鎌倉が陰陽師の最盛地であった。


 しかし、現在では多くの土地神がお隠れになられて久しい。そうして、この地の神気は薄れ、今では神獣様や土地神様、そういった守り神とある程度の協調性を持ち、秩序を生み出していた大妖怪達も次々と亡くなっていった。

 神仏、神獣、大妖怪、その存在は死して尚その体に強大な力が眠っている。その力を喰らった妖怪は新たな力を得て大妖怪となり災厄をもたらすだろう。


 しかしながら、その大半は目的を果たせずに祓われる事になる。


 古きより紡がれし墓守の手によって。


 「それが我々氏神うじがみ家。代々墓守をしている、ただの葬儀屋だよ」


 始まりはただの墓守。頼まれたから、守って来た。ただ、愚直にこの1000年間守り続けて来た。

 時代が進み、近代では葬儀業も始めたが、その本質は変わっていない。死者に安寧の眠りを。未来を任せて休める地を守る事。墓の管理者である。


 「ギュルルルル」


 「それで、化け狸さんは一体なんの御用ですか?」


 そんな私の元にやって来た狸は普通の狸より立派な狸だった。

 ああ、私の普通は一般人の普通とは少し違うのだけど、私からすれば立派な狸に見えた。

 全長4メートルはあるだろう巨大な体の周りに浮かぶ霧は狸の特殊な妖気が集まってできたモノだけど、ここまでのモノは余りお目にかかれないだろう。


 「葬儀の依頼なら営業時間に事務所まで来て下さい」


 「ギュルァァァァァ!!」


 あからさまに敵意をむき出しにしている化け狸が、私の言葉を聞いてくれる筈もなく、襲い掛かってくる化け狸。

 鋭い牙を光らせ、一直線に向かってくるが、その巨体が私に届くことはなかった。


 「たかが数百年生きただけの小僧が……生意気ね」


 私へと辿り着くよりも先に、まるで守るかのように現れたのは化け狸より一回り大きな獣。


 その身を纏うは月の光を受けてより輝く白毛。

 流れる様に蠢く毛は五つに分かれる尾まで含めて汚れ一つ見当たらない。

 唯一その口元には噛み千切った化け狸の首から流れる血がこびりつき、それもまた白と赤で不思議と美しく感じた。

 その獣は動かぬ死体となった化け狸を一瞥し、続けて私を……襲っては来ずに煙を出して姿を消した。


 いや、変化へんげしたのだと、私は知っている。


 その煙の中から現れたのは何も知らなければ人にしか見えない、先ほどの獣だ。

 やたらと整った目鼻立ちで、清楚系の美人と誰もが口を揃えるだろう姿。服装は一々考えるのも面倒なのか私の通う高校と同じ制服を纏っている事もあり年は私と同じか少し上くらいに見える。

 彼女も言うまでもなく妖怪であるがそうと知らなければ見た目だけでは多くの人がその色香に騙されることだろう。


 とりわけ妖怪は美男美女に変化することが多く、それが昔は妖怪を見破る方法だったという言い伝えがあるほどには特徴的な容姿をしている。

 そんな彼女は先程の狸が口に合わなかったのか顔を顰めながら私の方に近付いて来る。


 「全く、困ってしまいますね。あの程度の妖怪ですらこの地を狙ってくるとは……」


 「ありがとう、湖夏こなつさん」


 「いえいえ、この程度の事でしたら幾らでも。ですが、コレは由々しき問題ですよ? そもそも──」


 由々しき問題……確かに陰陽師としてはそうなのかもしれないが、今の私はそんな事を考えている余裕はなかった。

 葬儀屋の前に死体がある。つまり、目の前で増えた仕事に取り掛かれば恐らく終わるのは深夜であり、明日の学校に寝坊しかねないのだ。


 「──聞いています?」


 「うん、聞いてなかった。取り合えず、この化け狸さんの処置だけしたら寝るから、湖夏さんはもう寝ててもいいよ」


 苦虫を嚙み潰したみたいな顔をしながらむくれている湖夏さんを横目に、化け狸の死体確認を始める。

 別にこの深夜に残業が出来た事に対する八つ当たりではない。ではないけれど湖夏さんに出来ること無い訳で先に寝れる湖夏さんに恨めしい気持ちを僅かに抱きつつ、ふん、とそっぽを向いてみる。

 顔を合わせようと正面に回ってくる湖夏さんに再びふん、とそっぽを向けばまた湖夏さんが追いかけて来て、そんな子供のようなやり取りも楽しくて可笑しい。


 そうして動く内に夜中という事もあって気持ちの良い夜風を全身に感じながら、こんな環境で仕事を出来るのも悪くない気分に思える。

 最も、私はこの家業がなんだかんだで好きで、代々続けて来たこの家業に誇りを持っていて、実は今回の処置も特段嫌に感じることもなかったのだが。

 そんな事を考えていれば諦めたのか湖夏さんのため息が聞こえて振り向けばそこには呆れ顔の湖夏さんがいた。


 「はぁ、みさきは自分の価値を知りなさい。もういいです、どうせやることも無いですから私は先にで戻ります」


 少し冷たく当たりすぎてしまったかとも思ったが、別に普段の湖夏さんの私への対応もこんなモノだったかと納得。

 そんな私をこれまた呆れた顔で湖夏さんは言葉通りに去っていった。


 とはいえ今度埋め合わせはするとして、湖夏さんも行った事だし、私は私の仕事をしないと。遅くなってしかばねらいが現れては面倒になる。主に湖夏さんに小言を言われるという意味で。


 「今夜は長い夜になりそうだね」




 ──案の定、翌日寝坊した。

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