第58話 ファーストキス
ユメをみつけた。
眠っている時のユメでも、明るい将来を考える時のユメでもない。人間のユメ・クラマンをみつけた。
広い廊下に倒れていたのは、ユメだけではなかった。引き締まった筋肉が美しい女も一緒だ。
美しいが、男受けしないであろう、ガチの肉体美に見惚れてしまいそうになるが、死体特有の不穏な匂いを醸し出しているためか、健康的な印象は受けなかった。
その死体と隣り合うように、ユメが気絶している。
気絶と死の違いは、すぐに見分けることができる。早い話、死体の方が存在感と圧迫感が段違いなのだ。
存在感が薄いユメは、私が現れたことにも気づかずに、スヤスヤ寝ている。
私は謎の不安感に苛まれているのに、マヌケな顔をしやがって。
そんな、八つ当たり以外の何者でもない感情によって、ユメの元へ行く足の回転が早くなる。
ここで、死体と気絶している身体の位置関係を説明しておこう。何。そんな面倒なことでは無いから安心してほしい。
ただ、私とどちらが近いかって話だ。
結論、死体である。
死体をヨイショと跨がなくてはユメまで辿り着くことができない。そんな簡単なことに失敗するなんて、早歩きになっている私は考えもしなかった。
ちなみに、二つの距離は1メートル強といったところか。
「あ」
死体に足が当たり、身体のバランスが取れなくなる。
転ぶ。と確信した。
転ぶこと自体は良い。今まで、死んでもおかしくないダメージを受けてきたのだ。今更、かすり傷を気にする必要性は皆無だ。
しかし、このまま倒れたらうつ伏せで気絶しているユメにぶつかる。
嫌な予感がする。
「二階堂さん!」
必死で頼りになる大人の女性に助けを求めるが、時既に遅し。
私の唇とユメの唇がぶつかってしまった。
キスと呼ぶには色気も何もない、前歯が折れるんじゃないかと思う、ほぼ体当たりみたいなものだったが、私は混乱していた。
アレは、私の身体を弄るのに夢中で、その行為を私はしたことが無い。そうすると、さっき起こったのは‥‥‥?
ファーストキス。
こっそり読んでいた恋愛小説で何度も出てきた言葉が浮かぶ。
え? 私のファーストキス、ユメとしちゃったの?
「大丈夫!?」
心配して駆け寄ってきてくる二階堂さん。
きっと、彼女が心配しているのはダメージのこと思う。でも、違う。違うんだよ。
「アァあァァァァぁぁぁァァァァぁァァァァァぁァァぁぁァァァぁぁァぁァぁァぁ!!!!!」
顔を真っ赤にして、ダッシュでその場から離れる。
走りながら、口の中の血の味がして、痒い気持ちになる。
「そんなわけない! そんなわけない!! そんなわけない!!!」
この私が、あんな低俗な連中が夢中になっていたものに、心がときめくわけがない。
「恋心なんて、感じるわけない!!!!!」
魂が口から出る勢いで、己の感情を否定した。
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