第12話 夏の実習その5


 初日こそ緊張感のあるスタートだったが、その後は想定したような動きがなかった。


 他の班の動きから察するに、お互いがお互いを警戒し過ぎたのだろう。それに慣れていない生活だったので、何事も思うように動かなかった。


 キャンプするどころか、皆基本は親と生活しており自炊なんかもしていないのだから、食事の準備だけでも手間取る。


 何もかもが初めてであり、いくら凄い学校だからと言って、優秀な高校生だからと言って、海にポツンと浮かぶ島での共同生活は楽じゃなかった。


 うちの班はまだ穏やかな方だが、観察している限りかなりどの班も喧嘩していて、チームワークどころではなさそうだ。


 現在6日目。ここまでの日々をダイジェストで振り返りたい。


 2日目、島は驚くほどに静か。どの班も拠点は決まったようで、拠点の整備に力を入れていたのだと思う。

 初日の夜に、この真っ暗な島で寝込みを襲われたらシャレにならないという恐怖を肌で味わったのは全員だろう。


 3日目、日の出と日の入りの間に多少探索をしていた者もいたようだが、大きな戦闘は無かったようだ。少なくとも俺の知る限りでは、だが。


 この日、宝を1つ発見した通知が入る。だが、その班が戦ったのかは知らない。

 まあ、考えてみれば今奪ったところで奪い返されることに警戒するだけ、無駄という判断をするのが普通だと思う。


 後1つか2つは既に発見はされていて、終了間際に開ける、作戦を取っている可能性もあるだろう。


 4日目、とうとう動きがあった。だが、生徒ではなくプロハンターの方だ。

 俺たちの食事もいつの間にか一部奪われていた。


 いつどうやって奪われたのか、誰も分からない手際の良さに全員ゾッとした。これがもっと明確な悪意を持った敵ならば殺されていた。

 そうイメージしただろう。少し慣れてきたタイミングでのトラブルにやや狼狽える。


 その日は皆いつもよりも眠れなかったようだ。


 5日目、皆睡眠不足で元気がなかった。近くに誰かがいる、そんな気がして神経が尖っていた。疲労も出てきて、口数が少なくなる。


 他の班の人間と接触したが、友好的な態度だったので戦闘には至らなかった。


 軽く情報交換をした。もちろん腹の探り合いではあるし、漏れてはいけない情報は互いに伏せながら、ところどころ嘘をつきながら、ではある。


 だが、露骨に敵対するのは愚かであり、敵だと分かっていても表面上は仲良くする。わざわざ敵を作るような真似はしない。


 これはプロの現場でも恐らく同じだろう。


 6日目、明日の昼で終わるということでスパートをかけてくるはず。今日は皆の顔つきも真剣さが違う。


 お互いこの島にも慣れてきて、情報も集められるだけ、集めている。他の班の場所や役割、行動パターンなど、動くべきだと判断するだけの材料は既に揃っていると言って良いだろう。


 ……いや、正確には揃ってはいないか。だが、現時点での出来ることはどの班もやり尽くした、そんなところか。


 実際のダンジョンでも100%の情報を持って挑めるわけではない。出来る範囲で集められるだけ集める努力をするべきであり、それが出来ていないならば、動くべきではない。


 この島で5日間生活し、それが身に染みた。分からないまま闇雲に突っ込むのは危ない。


 襲撃も争奪戦も、メインとなりそうなイベントは発生していないにも関わらず、この短期間で実際のダンジョンでも起こり得る事態がリアルに体験出来る。


 そして、自分たちに足りないものを突きつけられる。

 また、この実習を通して気付かせてくれる。


 締めに入るのはまだ気が早いが、ハンターになるに当たってこの体験の有無の差はデカいと現時点でも断言出来る。


 俺たちは島に入って割とすぐにドンパチが起こると思っていたが、戦闘は起こらなかった。実際、そんなすぐに戦うことはないのだろう。


 如何に安全に活動するか、安全に活動する為にどれだけ情報を集められるか、環境に適応出来るか、まずはそこからだと思い知る。


 そして、それはどこの班でも同じであり、実習のしおり、行動予定表なんてものはないが、運営サイドのシナリオ通りなのだと思う。


 多分、毎年多少内容は変われどそうなのだろう。そして、そうさせる為の仕組みを長年大人が考えているのだろう。


 だが、そのシナリオ通りに行動するのは悪いことじゃないはずだ。


 ちゃんと思惑がある。そして、その思惑から必ず俺たちには学びがある。


 何もしてもあちらの思う壺だから、予想外のことをしてやろうなんて考えるのは意味がない。裏をかこうとするべきではない。


 普通に今やるべきことを考えて、その最善の手段を取る為に相談する。それがハンターになる為の道……だと思う。


 間違えてたら恥ずかしいが、これが間違いだとしてもまた、それも学びか……。


 疲れてきてるな、考え過ぎているかも知れない。


 さあ、夜が明ける。長い1日になりそうだ。


 すっかり日焼けした手で海の水を掬い、顔を洗った。


 ***


「じゃあ予定通り、俺が索敵と宝箱の守りに入って皆が迎撃って形だ──」


「「ッ!」」


 打ち合わせをしていた時だった。


 ドンッと大きな音が鳴り、それからやや間があった。


 鳥が一斉に飛び立つ羽ばたきの音が聞こえる。


「ふむ、始まったようだな。やはり、どこも考えることは同じか」


 どこかで戦闘が発生したのだろう。音に少し驚いたが、これは想定内の出来事だ。皆、緊張感を持ちつつも落ち着いている。


 俺は震える手を抑える。ダメだ、緊張よりも興奮が強い。どうにも、この好戦的な性格は治らないらしい。


「じゃあ、曲直瀬君、頼んだからね」


「ああ、この拠点は俺が死守する。最悪、最後まで隠れて7日目の終了直前にひょっこり顔を出すくらいの気合いだ」


 皆と拳をガツンと合わせる。いつの間にかこの班で出来た仕草だ。


「……曲直瀬、分かってはいると思うが、気をつけろ。お前は八島と世良に狙われてる。直接的に仕掛けてくるはずだ、怪我をしていて万全ではないとは言え、大人しくしているような連中ではない」


「ああ……何も起こらず終わるとは流石に思っちゃいない」


 出発する直前、五十嵐は俺に近付き、耳元で警告してきた。事情は既に共有している。


 そして、五十嵐は前から俺が絡まれていることに気がついていた。しかも、陰ながら守ってくれてもいたことを知る。


 というか、他の皆もそれは知っていたみたいで……いや、結構虐められてる奴として有名だったらしい。

 傍観者であったことを何故か謝られた。


 俺としては虐められてるつもりはなく、絡んでくるウザい奴らでその度にそれなりに反撃していたつもりだったから、敵対関係ではあるが、そこに上下関係があっとは思っていなかった。


 五十嵐が過剰に俺に肩入れすることで、余計にヒートアップすることを警戒して、程々にしていたようだが。


 それだけではなく、俺自身のプライドを傷つけることも気にしていたようだ。


 どんだけ良いやつなんだよお前は。人間が出来過ぎてるだろ。


 まあ、そうは言っても強がりっぽいし、俺も言ってる途中で気まずい空気が流れたのを察して、気にかけてくれてありがとうとだけ言っておいた。


 俺を助けないなんて、ふざけるなとか、そんな怒りは実際ないのだが、自分の学校内でのポジションに自覚がなさ過ぎたのはちょっと恥ずかしかったな。


 スキルがないから、馬鹿にされて当然で、俺も後ろめたさは多少あったし、今思えば自分を守る為に認知が歪んでいたのかも知れないな。


 今は物理的にやり返すだけの力があるから、そんなに気にならないんだが……そうだな、親を侮辱した落とし前だけはつけさせてもらおうか。


「色々、サンキューな、五十嵐」


「……別に礼を言われるようなことはしていない」


 五十嵐はどこか、気恥ずかしそうに口を歪ませて、首を少し掻いた。


「外が少し騒がしいな……行ってくる」


「ああ、帰りを待ってるぜ」


 俺の胸をドンッと叩いた五十嵐は皆を連れて洞窟の外へと向かった。


 ***


「準備はいいなぁ?」


「ああ、話はつけてある」


「流石世良だ、俺はこんな面白えこと思いつかなかった」


「そうか? 効率を考えたらこれが最適だろ。この実習で一番の脅威は五十嵐の班で間違いない。

 どの班も絶対に無視出来ない存在で、最悪あいつらの一人勝ちになる」


「……なら、一斉にあいつらを叩くか。しかも横から掠め取られねえように協力しなかった班を潰してからって、悪過ぎだろお前ッ!」


 八島は世良の肩を叩き上機嫌で笑う。世良はこの6日目まで、各班との交渉を行った。


 五十嵐班を潰す計画に協力するメンバーを集める為の交渉だ。


 結果、自分たちの班含め5つの班が一時的な同盟関係となる。


 激しい戦闘が予想され、その後に疲弊していない協力しなかった班が背中を襲う可能性を考慮し、一班ずつ5つの班で合同で順に確実に潰す。


 それからじっくり五十嵐班を確実に潰す。


 他の同盟関係にある班は途中で裏切ることも考慮している。裏切ろうが、もはや世良と八島にはどうでも良かった。


 まず、自分たちに怪我を負わせた吉川とソーマを半殺しにするのが本来の目的。


 そして、メインディッシュは曲直瀬。今回は合法的になぶり殺しに出来る千載一遇のチャンス。


 実習の成績など、どうでも良い。スカッとしたいだけ。


 その為に世良は策を巡らせ、とうとう決行の日が訪れた。


「どの班にも相応の痛手を被ってもらう。俺たちも怪我が完治してないからイーブンな状況にもっていくのが最低条件だ」


「お前は普段やる気がないが、追い込まれてからは凄い力を見せるからな、頼りにしてるぜ相棒?」


「……ふん」


 わざとらしく、そしてどこか世良のことすら馬鹿にしているようなニュアンスで肩を叩かれ、世良は目を細めた。この数日喚き散らすことしかしていなかった八島の問いかけに返事はなかった。


「お前らァッ! 始めるぞぉっ!」


 八島が合図をする。事前に決めていた集合場所に集まった25人は、既に判明している各班の拠点に向かった。


 こうして、実習6日目の朝が派手に始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る