第32話 夏祭りと王子様

夏祭り当日。

学校のない日々は過ぎ去るのが早く、あっという間に時間が過ぎて今日を迎えた。

暑い日の夕方、最寄りの駅で合流した俺と柚木は、早めに店じまいをした喫茶店へ向かう。店で各々が着替えてから、一緒に祭りへ行く予定になっている。


「お疲れっす」


「お邪魔します」


共に店に入る。

まず目に飛び込んできたのは、にやけヅラをするマスターの姿。何が嬉しいのか、視線を追って彼の足元へ。そこには、夏仕様の天使様がいた。


「ゆー!りんっ!どう、かわいいっ。かわいいっ?」


「......柚木」


「うん。私たちが守らなきゃいけない、絶対に」


ピンク色の可愛らしい浴衣に身を包んだ愛は、マスターが施した髪の編み込みも相まって、天才的な可愛らしさだった。

俺と柚木は顔を見合わせて、必ずや狙ってくる刺客たちから、愛を守らねばならぬと決意する。嫁になんて出しませんよ、絶対に。


「ちょっと可愛すぎるだろ、おい」


「とっても素敵だね、愛ちゃん」


「でしょでしょっ」


ニコニコとご機嫌なのも最高だ。かわいい。


「ささ、次はあなたたちよん。優くんはいつもの更衣室で、柚木ちゃんは二階で着替えてくるといいわん。着付けは適当に動画観ながらすれば、大体はできると思うからぁ。もし分からなかったら呼んでねん」


この喫茶店は、一階が店で二階はマスターたちの居住スペースになっている。俺たちは渡された浴衣を持って、それぞれの場所へ向かった。



◇◇◇



「あら、カッコイイじゃない」


「ゆー、愛とおそろいっ」


「ありがとな」


着替えを終えて戻ると、たちまち愛とマスターに囲まれた。

俺の浴衣は、落ち着いた藍色に薄い黄色の帯。自慢じゃないが、割と似合っている方だとは思う。調子に乗って、軽くヘアセットまでしてしまった。


辺りを見渡すも、柚木の姿はない。女性の方が準備に時間がかかるのは当然だし、気長に待つかと腰を下ろした時だった。


「......マスターさーん」


二階から小さく響く柚木の声。

マスターは返事をしてから、ぱたぱたと二階へ上がっていった。


「どーしたのかな」


「さあ?」


俺と愛は顔を見合わせて、ことんと首を傾げた。可愛すぎるだろ。



そこから待つこと十分。夏祭りの様子を想像しながら、楽しそうにお絵描きをする愛をぼーっと眺めていると、ひと仕事終えたような表情のマスターが下りてきた。


「お疲れ様っす」


「我ながら完璧よん。さあ柚木ちゃん、優くんに見せつけてやりなさい」


マスターの後ろから、柚木が後を追うように階段を下りてくる。

ようやくかと彼女を見て、その光景に絶句した。


「う、あの。どうかな、咲良君」


「……」


「……恥ずかしいんだけど、私も」


絶句した。あまりにもその、浴衣姿が似合っていたから。

青と白を基調とした爽やかな色合いに、綺麗な花の刺繍がよく映える。柚木の端正な顔立ちと相まって、より美しく見える。

それでいて髪の毛は、いつものウルフとは異なり丁寧に編み込まれている。恐らく、マスターを呼んだのはこのヘアアレンジを施してもらうためだろう。自慢げなマスターの表情が何よりの証拠だ。


「あー、その。似合ってる、と思う」


「それだけ?」


「……綺麗だ」


「よく言えました」


浴衣の裾を押さえながら、てとてと近寄ってくる柚木。そのまま背伸びをして俺の頭へと手を乗せ、ぐりぐり撫で出した。

やめろよ恥ずかしい、勘違いするだろーが。


「終わり終わり」


「うう」


ペしっと払いのけると、悲しそうな声で鳴いた。なんだよそれかわいいなおい。


「咲良君も、結構似合ってるじゃん」


「そりゃどーも」


流石は王子様と呼ばれるだけのことはある、褒め言葉に澱みはない。

ていうか、この浴衣じゃペアルックみたいにならないか。青と紺だし、帯の色は同じだし。元々マスター夫婦が着る予定だったのだから、当然と言えば当然だけれども。


「ねえ、こっちみて」


「ん?ああ、写真ね」


身を寄せてきた柚木は、スマホを腕に掲げて自撮りの態勢になった。こいつもこういうことすんのな。思い出を記録に残したいのは、JKの共通認識らしい。


最近は夢見に柚木と、やたら写真を撮る機会が多い。高校入学以来はぼっちの看板を背負っていたはずなのに、いつの間にか遠いところまで来てしまった。


「おっけ。あとで送るね」


「おう」


写真には、そこまでいい思い出がない。

俺にとっての写真とは、時折眺めて仲の良かった頃の家族を思い返すだけの、ただ寂しい記憶を呼び覚すだけの媒体だった。だから自分から撮ることなんてほとんどないし、人が写っている写真なんてもってのほかだ。実際に、俺のカメラロールには数えるほどの写真しかない。


ただ、そんな写真一枚でここまで嬉しそうにしてくれるのなら。友達との写真というやつも、悪くない。


「……嬉しそうねえ」


「ゆーとりん、なかよしだねっ」


なお、こそこそと揶揄いやがる天使と筋肉ダルマは見なかったことにしてやろう。

聞こえてるぞおい。



「さ、準備もできたことだし。行きましょうかん」


「おまつりっ、おまつりっ」


浮き足立った様子で店を出ていく二人に続いて、俺と柚木も外へと出る。

夕焼けの夏空は眩しくて蒸し暑い。けれど、それたちの間にはどこか爽やかな風が吹いていた。


「楽しもうね、咲良君」


「もちろん」


嬉しそうに微笑む柚木と共に、俺は友達と初めての夏祭りへ向かった。


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