episode.13 想い

 深く短い呼吸と体の震えが止まった愛梨は、ゆっくりと体を起こす。

 さっきまで追いかけてきたジャイアントオークの姿はなく、洞窟内は静まり返っていた。


 シドウに抱きかかえられていたワシとリスも愛梨に元へ駆け寄ると、愛梨を労い敬った。

 リスは愛梨の強さに尊敬と憧れの眼差しを向け、弟子にしてほしいと頼んでいたが、愛梨は無感情な言い方で断った。

 その隣では興奮して語彙力を失ったワシは、キャーキャーとイケボで喜びを露わにしていた。


「あの状況で新しい魔法を思いつくなんて、愛梨ちゃんって冷静ね」

「いや、同じ魔法……」

「そうなの?全然違うように見えたわよ?」


 あずきに言われて愛梨は魔導書を捲る。かまいたちのページを開くと、説明文が変わっていることに気付く。


『かまいたち 鋭く洗練された風。全てを断ち切る。風に形はなく、風は自由。想いの変化で姿を変える』


(想いの変化……)


「愛梨ちゃん?魔導書に何か変わったことがあったの?」


 あずきに聞かれた愛梨は魔導書をそっと閉じて首を横に振るが、少しだけ口角が上がっている。

 愛梨の雰囲気が違うことに気付いたあずきだったが、そう、と一言だけ言い、消えたジャイアントオークがいた場所を見つめる。


「しっかし綺麗に消えたわねー」

「あ、あの、さっきのは愛梨さんの魔法なんですよね!!なんですか!?新し魔法ですか!?なにがどうしてあんなことになったんですか!!」


 愛梨とあずきの会話が聞こえていなかったのか、興奮したワシが目を輝かせて愛梨に聞いている。


(愛梨ちゃんが話す気ないなら聞かないでおこうと思ったのに)


 もうっとでも言いたそうなあずきを無視して、ワシは愛梨に詰め寄る。

 ジャイアントオークを倒したことが嬉しいのか、愛梨の強さに興奮しているのかワシは周りが見えていないようだ。


 詰め寄られて困っている愛梨はちらりとリスに目を向けるが、リスはしれっと目を反らして、静かに首を横に振る。

 どうやら興奮したワシを止めるのは、彼氏であるリスにも難しいようだ。


「何か愛梨さんに変化があったのですか!?どんな変化があればジャイアントオークを倒すくらい強くなれるのですか!?」


 変化と言われて、愛梨はもう一度リスに目を向ける。

 愛梨の視線を感じたリスは、反らした目をゆっくり愛梨の方へ向ける。

 ぱちっと目が合う。目が合ったことが恥ずかしいのか、照れているのか、リスは素早い動きでワシの背中に隠れると、ひょこっと顔だけ出す。


「お、おいら……?」

「大きかったら……って……」


 愛梨の言葉にリスは自分が何を言ったのか、うーんと唸りながら思い出す。


「あ。そ、それって……おいら、が……大きかったら、倒す、のに……みたいな?」


 愛梨はこくんと首を縦に振る。


「大きかったらって……妄想だなって。それで……チートな魔法使いって……思ったことが魔法になるから……」

「じゃああれは愛梨ちゃんの妄想ってこと?」


 聞かないでおこうと思っていたあずきだったが、愛梨が話しているのを見て、つい自分も聞いてしまう。

 しかし愛梨は気にしていないのか、あずきの言葉に首を横に振る。


「思いは二つあって、頭でおもう思いと……心でおもう想い。頭で思ったことが魔法になるなら、心で想ったことも魔法になるんじゃないかって……。妄想は……きっかけ、みたいな……」

「つまり、さっきの魔法は愛梨ちゃんの心の想いが……魔法を強くしたってこと?」


 たぶん、と愛梨は小さく頷く。


「何を想ったの?」


 あずきに言われて愛梨は体をびくっと震わせて、口をもごもごさせる。だんだんと顔を赤く染める愛梨を見逃さないあずき。

 ふーん、と目を細め、口角をにやっと上げて、いたずらな笑みを浮かべながら、あずきは愛梨に顔を近づける。


「!!…………秘密」


 顔を近づけてきたあずきに驚いた愛梨は、素早く体育座りをして膝に顔を埋める。

 さらっと髪が流れて、隙間から赤くなった耳が見える。

 顔よりも赤くなった耳を見て、あずきはふふっと笑う。


「愛梨さん、どうしたんですか?」

「愛梨ちゃんって、ほーんと可愛いわぁ」


 茶化すように言うあずき。

 あの時、何を想っていたのか、あずきにバレたと思った愛梨は、それ以上言ってほしくないと咄嗟にあずきのしっぽをぎゅっと掴む。


 驚いて、にゃっと叫ぶあずき。


「ちょっと!!しっぽ掴まないでよ!!」


 そう言われても愛梨はあずきのしっぽを掴んで離さない。

 悪かったわよ、と謝るあずきの叫びが洞窟に響いた。




(……あなた達を……あなたを傷つけたくなかったなんて、言えないよ……)





 そんなあずきと愛梨のやり取りを、少し離れた所で見ていたシドウは、難しい顔をしている。

 腕を組んだり、手で口元を押さえたり、頭をくしゃっと掻いて落ち着かない様子だ。


「まずい……わからない……」


 シドウはぎゅっと拳を握り、悔しさと悲しさが混ざる目で、愛梨とあずきを交互に見る。


「だが、君はなんとかした。ならば……」


 シドウの目に映るあずきは笑いながら愛梨に抱き着いている。そんなあずきを柔らかく優しい目で見る愛梨。


「いや、でもだめだ……」


 優しく笑い合う二人の表情が、シドウをさらに追い詰めているのか、シドウは右手で乱暴に自分の胸ぐらを掴む。

 よほど力を入れているのか、握った拳が震えている。


 どうしてあんなことをしたのか。考えても分からない。

 シドウは頭では分かっていた。だが、頭の静止では心を止めることは出来ず、結果として、ルールを破ることになる。


 握った拳から、赤い線が一本、二本と手首に向かって伸びていく。

 


「二人とも……本当に申し訳ない……」


 シドウは自分を抱き締めるように腕を回して、他の者に気付かれないようにその場にうずくまる。

 小さく体を丸める。静止がきかない心を、全身を使って止めるように、小さく、硬く体を縮める。



「全て僕の責任だ……」

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