第29話 安堵

 荷車に積んできた道具や生活用具を皆で手分けして運び入れれば、佐助とかすみも借りていた家から自分たちの荷物を持ち込み運び入れていた。


 隠し里と同様に寝床は一室で雑魚寝となるが、気にする者は居ない。屋根の下で手足を伸ばして寝れるだけでも、上等として生きてきた者達だから当然である。


 冬季に使う毛皮の類は梯子を上り屋根裏へと仕舞い、着替えの類や寝床となるむしろを其々の場所に据え置けば瞬く間に終了であった、荷物も驚く程に少ないのだ。


「小平太様もおらも、皆と雑魚寝だか。楽しいだな」

「そうだな、故に寝小便はすぐに気づかれる。気を付けるのだぞ」

「だ……おら、あれきりしてねえもの」

「なら良いが、慣れて油断した頃が一番危うい」

「……わかってるだで」


 大台所と食庫は戸一枚で繋がっている。戸を開ければ、既に漬物樽が並び、中身も満たされていたばかりか、雑穀や玄米それに幾種類もの豆が俵で積み上げられていた。


「野菜は日替わりで大集落の者が届けに参る」

「いや、こちらから貰いに参る。そう伝えてくれ」

「そうか承知した」


 間もなくすれば、小平太達の元へ猟師方の三人が姿を見せれば、猟場について尋ねていた。禁じられた場所や対象動物を知っておかねばならないからだ。


「そうだな、この後で大集落の漁師たちを紹介しよう、不慣れな山では猟も捗るまい」

「有難き」

「それとノ瀬川では魚も豊富だ。漁師も紹介しよう」

「すまぬな」


 鮎やかじか山女魚やまめ、少し上流の支流へと行けば岩魚も獲れるようだ。他にも蟹や蜆なども豊富なようだ。


 やがて、夕方が近づけば大台所には獲れたての鮎が山ほど運ばれた。武三と茂吉が手慣れた様子で竹串を作れば、すずと菊が次々と鮎を串に刺し塩を振り炭火の周囲へと刺し並べた。


「旨そうだで」

「今がまさに旬だからな」

「んだな、下野で食った秋の子持ち鮎も旨かっただども、塩焼きだったら今時期が旨いだな」


 その後は手伝いも入り、数多くの料理を作れば大台所の料理台は一杯であった。


「それにしても凄い量だで」

「今日は特別だよ」

「そうね、さて運ぼうか」

「んだな」

「おっと、おすずちゃんは此処で大人しくしていてくれ」

「だ……信用がねえ……」


 間もなくすれば岡本彦左衛門より白酒が届けられ宴となったのである。藤十郎の家族も顔を出せば賑やかとなった。


「これが長男の凛太朗で、こっちが弟の一馬だ」

「ほう、お二人とも将来有望な顔立ちだ」

「藤十郎様にそっくりだで、立派な武人様になるだな」

「二人ともご挨拶をなさい」

「はい!」


 七歳と五歳の兄弟だが、武家の子らしく姿勢を正し立派に挨拶をして見せれば、その後すずに連れられたくさんの料理が並んだ食卓へと並んだ。


「いっぱい食って強く成るだよ」

「はい!」

「偉いだな」


 其々が好きなものを好きなだけ盆へと盛れば、一層賑やかな食事となる。やがて腹を満たせば皆で歌い踊り、大いに笑いつつ上等な白酒に舌鼓を打った。


 すずも椀に注いでもらったのだろう、目が回った様子でふらふらと歩けば、皆の歌に合わせて手もみ手拍子を始めた。


「おらも混ざってくるだ」

「おいおい、足元大丈夫か?」

「転ぶ前に助けが入る」



 翌日より、守り人達が鍛錬に勤しむ中で、すずは一人大集落へと向かった。それは己がやるべき事を探す為である。故に十日もすれば誰よりも早く大集落の人々と馴染み多くの信頼を得ていたのである。


「野菜を貰いに源次郎さんの所に行ったら、おすずちゃんの事、随分褒めていたぞ」

「この前草むしり手伝ったんだ」

「そうらしいね、お陰で草鞋わらじ用の上等なわらをたくさんくれたよ」

「良かっただな、忍びの皆……いけねえ、守り人の皆、草鞋さすぐに駄目になっちまうからな」


 翌日、その日は漁師の手伝いを終えると、その足で藤十郎の家を訪ねていた。琴が饅頭を作ってくれると言うから、手土産には家族分の鮎を下げていけば、二人は大喜びである。


「毎日本当に偉いわね、皆おすずちゃんの事働き者だって褒めてるわよ」

「野菜さ沢山貰うだで、このくれえはしねえと申し訳ねえだよ」

「立派な心掛けだ」

「そう言えば、お二人さ聞きてえ事さあるだども」

「ん?」


 白湯を一口すすると、丁寧に湯呑を置いた。


「桔梗様にいいなずてさ居ねえだか?」

「いいなずて……」

「許嫁の事かしら」

「だ……それだ」


 藤十郎と琴は互いに顔を見合わせれば、不思議そうにすずを見つめた。


「気になる事でもあるのか?」

「ちっと前の事だども小平太様の夢さ、おきぬさん出てきて、とても美しい人さ嫁になるって教えて貰っただよ」

「ほう」

「したら桔梗様さとんでもねえ美しい人だで、それに忍び……いけねえ、守り人の皆が言ってただ、桔梗様さおきぬさんに瓜二つだって」

「……ところでその、おきぬさんとは誰だ?」

「だ……」


 順を追って説明すれば、二人は少し悲しげな表情となった。


「そうであったか、しかしなんだ小平太殿は桔梗様を見て何か言って無かったのか?」

「それが何の反応もねえって、しの……守り人の皆も言ってただよ」


 琴は顎に手を添えて深く考えていた。


「うーん、でもね似ているからって好くとは限らないと思うの。小平太様がおきぬさんを好いたのは内面も含めたすべてだと思うな、それにおきぬさんが言っていたのは運命で以て深く慕って、支えて……身心共に美しく強い人でしょ……、……ってもしかして……」


 琴は驚きすずを見ていた。


「ん? 誰か心当たりがあるのか?」

「だっ! あるだか!」

「……いや、その確実では無いし……間違っていたら色々と弊害が……」

「お琴、思った事は言うべきぞ、気になるではないか」

「ゴホン!」


 咳払いと共に琴が思いのほか冷たい目で見つめるものだから、藤十郎も途端に口を閉じた。


「なんだでお琴様、間違ってても構わねえだよ」

「違うの私の勘違いで……ほら、太作さんのところのお美津ちゃん。でもあの子一太さんの事が好きだったなって……ね、藤十郎様」


 半ば脅しのような振りに藤十郎は引き攣っていた。


「あぁ、そ、そうだな儂も聞いた事がある」

「それならおらでも知ってるだよ」

「そうね……それと思い出したけど、桔梗様は嫁ぎ先が決まっていた筈」

「したら、桔梗様でもねえのか」


 そう言って納得したすずであったが、小平太の相手が桔梗でない事を知った今、その表情は少し安堵したようにも見えた。


 藤十郎と琴はその様子に笑顔を見せていた。


「運命で以て深く慕って、支えて身心共に美しくお強い人。今は未だその時期では無いのかも知れないわよ」

「……なるほど、そうかもな」


 流石の藤十郎もようやく気付いた様だ。


「どういう事だで?」

「数年後って事かも知れないわよ」

「そうだな」

「だ……分かるだか?」

「勘って言うのかしら」

「……勘だか……おら当たった事ねえだな」

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