文豪たちに倣いませう
青柳花音
第1章
第1頁 恥ずかしい勘違い
高校生になったら、皆自然と恋をして、誰かに好意を寄せられて、その出会いは必然だったのだと言うように、静かに思いが通じ合う。運命的な出会いとは、高校という校舎に存在していると、中学生までの私は本気で思っていたのだ。
「起立! 礼!」
教壇に立つ先生とクラス全員が静かに礼をした直後、先生はにこやかに「では、また明日」と、いつも通りの挨拶でSHRを終わらせた。そうなれば、皆の帰り支度の為に教室内は一気に騒がしくなる。
私の通う
そこの最高学年になって、ひと月が経つ。去年まで仲良くしていた友人達とは、全員クラスが分かれてしまい、私は人見知りにも関わらず、高校3年生にして、一から友達作りをするという、ベリーハードな新学期の幕開けに顔面蒼白だった。しかし、それも過去の事……——。
「
私が教科書や課題のプリントを確認しながら、鞄に詰めていると、
希ちゃんは、私の机に顎を乗せるようにしゃがんで、下から顔を覗き込んだ。
「ねぇ、今日の放課後って時間ある?」
「放課後? 借りてた本の貸出期限が今日までだから、それは返しに行かなきゃだけど、それだけ」
「じゃあさ、英語のワーク貸してくれない? 直しがまだ終わってないの」
「え!? それも期限、今日までだよ?」
「そうなの。もう、今からちまちまやってたら、間に合わないから、貸して欲しくて……」
「貸したいのは、山々なんだけど……朝イチで提出しちゃった……」
「ぎゃーん!!」
私の返事に希ちゃんは、両手で顔を覆って項垂れた。そして、絶望の滲む声で「終わった……」なんて呟くものだから、私は居た堪れない気持ちになって、慌てて代替え案を提案する。
「あ、でもまだ内容覚えてるし、全部は無理かもだけど、幾つかは教えられると思う!」
「本当!?」
希ちゃんは、勢いよく顔を上げると私の両手を握りしめて、何度もお礼を言った。
時間が勿体無いからと慌てて、希ちゃんの席へ移動して彼女のワークを開く。
「
「英語は嫌いなの!」
何人かのクラスメートが焦ってワークへ取り組む希ちゃんの様子を笑いながら、声援を送って教室を出ていく。
「希も香絵ちゃんも、また明日ね〜」
「また明日」
「うぃー」
顔も上げずに投げやりな返事だけ送る希ちゃんを補うように、いつもより念入りに皆を見送った。部活がある皆は、そそくさと教室を出て行って、教室内はあっという間に私と希ちゃんと、他は数人の生徒しかいなくなった。それも30分もしないうちに私達以外の全員が帰っていって、残っているのは希ちゃんと自分の2人だけだ。希ちゃんの直しは、元々、私の半分くらいの量しか無かったけれど、何せ今回は範囲が広くてページ数が多いので、苦労した。だから、時間もすぐに過ぎていき、2時間近くが経過していた。教室の前側、黒板の上に掛けられている壁掛け時計を見て、その事に気付いた私は、声を上げた。
「あ! 図書室が閉まっちゃう!」
大事な事を忘れていた。時計の針は、あと10分足らずで図書室が閉まる事を示している。私の声に釣られてワークから顔を上げた希ちゃんも教室の時計を見ていた。
「もうこんな時間なんだ……。付き合わせてごめん! 香絵はもう行きな」
「え、でもワークがまだ……」
「大丈夫! あと3問だもん。なんとかなるよ! すっごく助かった、ありがとう」
「じゃあ、取り敢えず返しに行って来る! そんでまた戻って来るから」
「ガチで? え、助かる〜!」
「とにかく! とにかく行って来るからー!」
言いながら大急ぎで自分の席へ戻って、通学鞄の中にしまっていた返却する本を引っ張り出す。バタバタと駆け足で教室を飛び出した。
「行って来るね!」
「いってらっしゃーい」
後ろから追ってくる希ちゃんの声を振り切るように走った。とにかく図書室を目指して、出来る精一杯、足を動かす。先生に見つかりませんようにと内心で祈りながら。ここで先生に捕まったら、絶対に間に合わなくなってしまう。
うちの学校は、図書の返却期限にうるさい。期日を1日でも過ぎれば、翌日の朝のHRで担任に名前を読み上げられてしまうのだ。
クラス全員の前で名前を呼ばれ、注意を受けるなんて絶対にごめんだ。ましてや、返却期限の注意。借りた物を返さない、だらしのない奴のレッテルを貼られるようなものだ。それは何としても避けたいところだった。幸い、図書室までの廊下を走っている所を先生に見つかる事はなかった。それどころか、生徒1人すれ違わない。部活の時間だからだろうか?と考えながら、足を動かす。
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