機巧傭兵は魔女と共に
未だ上空に停滞し続けていたアイドレ。
それが見つめる先には、顔を出し始めた朝日があった。
「いや〜……それにしても、操縦凄かったね〜……」
「当然だ。俺を殺せるのは、俺と———レオンだけだからな」
「……レオン?」
魔女が突っ込んだ瞬間、ルプスはどこかはぐらかす。
「まあいい……で、結局お前は何なんだ」
ひと段落して繰り出されたのは、一見同じ質問。しかしそれの意味は違い、より具体的なものを指していた。
「知りたいならさ、僕を信用してくれてもいいんじゃないかと思うんだよね〜」
「……できるか」
———魔女はムッとしたふくれ顔で、ルプスを睨んでばかりだった。
「大体、俺に信用される必要はないだろう。お前になら、今すぐに俺を殺して、アイドレを奪う———そんなことだってできるはずじゃないか」
「そうだね」
「なら、なぜしなかった。
わざわざ俺を、こんなものにまで縛り付けて、助ける必要はあったのか」
「キミの力が欲しかったからだよ、傭兵さん」
ルプスの心情は、依然として釈然としなかった。
「いくら僕が魔女とは言えど、魔女にそんなものの操作は務まらない。……そこでキミだよ。ちょうど死にそうで助かった」
「……何がだよ」
———ちょうど死にそうでって何様だ?
「恩を売るのが簡単だったって話さ」
「チッ……」
不機嫌そうに舌打ちするルプス。彼の苛立ちは最高潮に達していた。
「とりあえず、俺はこれからどうすればいい? 一生コイツに乗ってろ、とでも言うのか」
「まあ……そうだね。キミは完治するまでずっと、この子に乗ってなきゃいけない。
それはそれとして、キミにやってもらいたいことは———匿ってほしいんだ、僕を狙ってくる敵から、僕を」
「……敵?」
「そう、敵さ。
どうせヤツらは、僕を探して追ってくる。
『あの子』の声が聞けるのは、僕だけなんだから」
———あの子。それは『アイドレ』を指しているものではないのか。
「具体的に言うなれば、魔術世界さ」
「……理由は何だ」
「そもそもキミ、魔術世界ってなんなのか知ってるのかい?」
———魔術世界。別名、魔術至上主義。ルプスはそれが団体名のようなものであることは知っていた。
最近、この西大陸西部……ギルドブッシュ周辺に軍を派遣するようになった謎の勢力。
各地で破壊行為や勝手な開拓・発掘を繰り返し、ありとあらゆる勢力から恨みを買ってる第三勢力。その程度の認識だった。
「……知らんな」
が、多くの情報を聞き出す為に、ルプスはしらばっくれた。
「はあ……馬鹿か、キミは。
……いや、そうか。……いいや。仕方ないから、この僕が直々に教えてあげよう」
「お前、ずっと偉そうだよな」
「そりゃあ、キミはこれから僕の下僕として働いてもらうんだからさ、僕の方が目上なのは決まっているだろう?」
助手席の上に立った魔女。
何をしていたかと言えば、腰に手を当て、あまりにも偉そうな下目遣いでルプスのことを見下していたのである。
「……んっ」
「うおわぁっ?!」
が、ルプスはアイドレを急加速させたのだ。
「って……何するんだよ!」
「いいや……偉そうだと思ってな」
姿勢を崩した魔女は転び、壁に当てた頭を両手でさすっていた。
「……っ……あんまり生意気にしてると……」
「魔力供給を止めるんだろ?」
「———っ!」
そんなこと、ルプスにとっては織り込み済であった。当たり前だ。
「いいさ……止めたいなら止めてみろよ。
俺は別に死にたいわけじゃない……が、俺がいなくなったらお前はどうするんだ?」
「そ、そりゃあ……僕だってこの子を操って———」
「魔女にそれは務まらないんじゃなかったのか?」
「っ……」
……どうやら、魔女は痛いところを突かれてしまったみたいだ。とは言え当然誰でも気付くべきところである。
「これで決まったな。お前の優位性は、俺の優位性で打ち消された。……つまり対等だ。
お前は俺に偉そうにすることも、この俺を下僕だなどと言い張ることもできない。そうだろ?」
「……ぐ……」
「ヤツら魔術世界から逃げるためには、俺のアイドレが必要……逆に、俺が生き延びるためにも、お前とアイドレが必要……そういうことになるな」
「だ……だからどうしたって言うんだよ……僕に向かって上手に出る気でも———」
「だから———信用する」
「……は?」
魔女の頭は、珍しく困惑に満たされていた。
何故、今の話のどこに自分を信用できる要素があったのか分からなかったからである。
———事実、今までの魔女は少しばかり強引だった。強引に事を推し進めようとしたからこそそこに隙ができ、ソレを指摘されてしまったわけなのだから。
「そう、逆にお前の事が信用できる———と言ったんだ。
……無論、お前のことは好きでも何でもない。信頼関係が構築されたわけでもない。
ただこうして、俺とお前を縛る対等な理由ができた———故に、お前だって余計な行動はできないだろう?」
「あぅ……まぁ……それは……」
どこか少し小恥ずかしそうに顔を赤らめる魔女だったが、しかし納得はしているようだった。
「とりあえず、さっきの話はなしだ。魔術世界の説明はいらない。
だがまあ……そういうわけだ。何にせよ、お前といなきゃいけない理由ができた。
俺にとってはこれ以上ないほどに最悪な状況だが、まあ、生きていると思えば、悪くない。
———ルプスだ」
「え?」
「俺の名前だよ。ルプスだ」
「そう……なのか……」
———なぜだか魔女は、どこか奇妙な反応を示す。
「これからよろしく、などとは言わない。
だがまあ、少なからず長い付き合いにはなるだろうからな」
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