32.宗教ってまだ必要?
実際に信仰を持っていらっしゃる方にこういう事を言うと怒られそうだが、神と宗教の発明は人類の発明の中でもかなり重要な出来事であったと思う。
人類がまだまだ自然科学を把握していない時代、過酷な自然環境や災害などの理不尽に人々が耐えかねた時、心の支えになるのは宗教だった。
また、法律等の倫理のロジックが確立していない時代、弱肉強食の論理が社会を破壊するのを防いだのも宗教だった。
天罰や天国という概念は、自然界の理不尽を人々に受け入れさせ、捨て鉢になるのを防いだし、戒律によって人殺しなど社会に悪影響を及ぼす行為を禁止したことは、社会の安定と発展に大きく寄与してきたことだろう。
しかし、現在は上記のような宗教がもたらした良い効果には上位互換が存在する。
自然科学は宗教より深く人々に自然を理解させ、理不尽に対抗していく具体的な力をもたらした。
例えば、災害に対して人身御供を捧げるという、理不尽に対して理不尽で対応するという誤ったロジックを捨てさせ、生活空間を自然界に対抗できるだけの強度を持ったものに改変した。
また、法律は戒律の非論理的な部分を排除し、よりロジカルに人々と社会規範が守られるように社会を改変した。
今や大地震に際して頼りにするのは神社の要石ではなく避難所や防波堤であるし、詐欺にあった時に頼りにするのは警察と裁判所である。
人々の心が病んでしまった時も、必要とするのは神主のお祓いや住職・神父のありがたい言葉ではなくて心療内科の治療である。
現代の生活の中で、人々が普通に暮らしていれば宗教に接することがほとんどないのはこういった理由による。
結果、宗教が管轄するのはお祭り事や冠婚葬祭等といったイベントばかりなとなったが、人々は下手をすると一体何を祝っているのか分からぬままお祭りを楽しみ、見知らぬ神にお祈りをしている。
ここに最早宗教としての一貫性や蓋然性は存在しない。
初詣で縁結びを願った人がハロウィンやクリスマスを恋人と過ごし、時が来れば新婦の前で永遠の愛を誓って、しばらくすると子どもを七五三詣に連れて行くのだ。
上記の例えは日本の話しであるが、宗教を軽んじるようなった理由はやはり生活の中で宗教を頼ることがなくなったからであろう。
いや、軽んじているどころか、日本人は本格的な宗教を敬遠している風潮がある。
これは宗教がもたらす負の側面を目の当たりにしてきたからであろう。
オウム真理教を始めとした新興宗教が社会に与えた害悪は人々の記憶にまだ新しいのである。
結果、宗教は怪しい、宗教にのめり込む人は危うい、という先入観が我々日本人には生まれてしまった。
これが日本人から宗教を遠ざけているもう一つの理由であろう。
では、もう宗教は必要ないのだろうか?無用の長物と化した過去の遺物なのであろうか?
私は宗教にはまだ効能(ご利益?)が残っていると思う。
それは未だにロジックでカバーしきれてない、科学に対する倫理的疑問点においてだ。
例えば、クローン技術に関する倫理的な問題があるが、これに対して欧米諸国のか科学者は「人が人を作って良いのか」という宗教的な理由から、技術の追求が既存の倫理を超越してしまうことにブレーキをかける。
しかしこういった宗教観がない中国は、技術の発展に対してブレーキの役割を果たす倫理が存在しておらず、その技術が人間の心や生活にもたらす影響を考慮せずに無秩序に研究を進めてしまう。
この場合、欧米の倫理観が正しいかどうかは問題ではなく、ブレーキが働かないことによって、人々は考える時間を与えられずに技術がもたらした結果を突きつけられてしまうのが問題なのである。
宗教の負の側面を科学が淘汰して久しい昨今、しかしながら今度は科学の負の側面にブレーキをかけうる存在が必要となってきた。
そこに宗教が一役買ってくれるのではないかと私は今期待している。
そして、倫理を強化するという意味では個人の思想にも宗教はまだ力になる部分があると思っている。
宗教は大きくわけて救済の宗教と哲学の宗教が存在する。
前者は苦しい環境におかれた恵まれない者たちが、現世での暮らしをなんとか耐え抜くために、死後の幸福を約束したりして生きるモチベーションを保つために発明したものだ。
例えばユダヤ教とその派生系の宗教や、仏教の浄土宗等がこれにあたるだろう。
要は、信じるものは救われる、祈っていれば救われる系である。
そこにロジックはなく、とにかく一定の秩序を守っていれば死後救われるのである。
なにかとても辛い目にあっている人には慰めの言葉も合理的なロジックも通じないことがあるし、そういう人には救済の宗教が生きるモチベーションになってくれるだろう。
後者は生ぬるい環境におかれた恵まれた者たちが、自己の堕落と、死の喪失感を克服するために発明したものだ。
これはブッダとその弟子たちが人生をかけて追求してくれたので、今でも東洋哲学の土台として生きている。
恵まれていればいたで人間は堕落して生きづらくなるし、その豊かさを失う死はとても怖いものになるのだ。
そういった贅沢な悩みを打ち消すために哲学系の宗教は存在する。
これは現代人特有の「ぼんやりと生きていけてしまうが、その分自分を律する尺度をも持ち得ない」という病を癒してくれるかも知れない。
兎にも角にも、まだまだ科学や法律では人間は救いきれない部分は多々ある。
もし生活の中で苦痛やモヤモヤした気持ちがあるのだとしたら、色眼鏡を架けずに宗教に解決の糸を求めても良いかも知れない。
ただし、金をやたら要求してくる宗教は単に弱者につけ入って金儲けがしたいだけなので近寄らないほうが良い。
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