第6話 豚が淑女を責めさいなむ
翌日、カムとオネイさんは王宮の一室にいた。
スティさんにお願いして、一緒に眼鏡を届けに来たのだ。
眼鏡を受け取ったのは、小柄ながらも鋭い目つきの女性だった。
着ているドレスは、シルエットこそシンプルながら大輪の薔薇の刺繍が施されている。
顔もすっきり整っているのだけれど、色が妙に白い。かなり厚く化粧をしているのだろう。
「レディ・パドゥ。こちらが眼鏡屋の使いのオネイさんと、枕のカムさんです」
スティさんは、まず女性にオネイさんたちを紹介してから、カムの方に向き直る。
「オネイさん、カムさん、こちらがレディ・パドゥ。姫の家庭教師をしておられます」
「王家の方の依頼だって聞いてましたけど」
「わたくしは王家の血筋ではありませんけれど、親しくしていただいていますから。間違えてしまったのかもしれませんね」
そう言うと、レディ・パドゥは険しい目つきのままほほ笑んだ。
枕の身体のカムを見ても驚きすらしないあたり、結構大物っぽい。
「まずは、眼鏡を見せてもらえるかしら」
「どうぞ」
オネイさんから箱を受け取り、レディ・パドゥは手袋をした手で眼鏡を取り出す。
お爺さんが頑張って磨いた眼鏡が、赤い布の上で輝いている。
「ああ、いいわね。良く見えるわ」
レディ・パドゥは眼鏡をかけて満足そう。
険しかった目つきも緩くなり、優しい印象に代わる。
だが、大きくなった目が赤く充血しているのもよく見えてしまった。
「最近、目が疲れてしまって。そんなに年を取ったつもりもないのだけれど」
「それは、眠れていないのが原因では?」
「そうね。陛下もずっと眠れておられないし、わたくしも恥ずかしい事に」
レディ・パドゥは手袋を外す。
右手の全部の指で、爪の横に白く硬い棒のようなものが刺さっている。
何本かの指では、その周りが赤くはれていた。
「ささくれですね」
「ささくれなら、脂を塗って手袋をしておけばすぐ直りますよ」
カムは思わず口をはさむ。確か、母がそんなことを言っていた。
「あら、本当?」
「ついでに、カムさんを枕にして寝れば一発です」
「そうなの?」
「ほんとですよ。枕としての力の一環です」
眼鏡屋の使いから突然枕を売り込まれ、さすがに困惑するレディ・パドゥ。
そこにスティさんがフォローに入る。
「彼らの言っている事は本当です。小職の目を見てください」
目と目を合わせ、みつめあう二人。
「……昨日までの赤い目と違って、ずいぶんきれいね」
「昨晩は、カムさんのおかげで本当によく眠れましたので」
キラキラ輝く目におされ、レディ・パドゥはこくりとうなずいた。
「スティがそこまで言うのなら、信じてみようかしら」
長く伸びてしまったサカムケを短く切り、調理場からもらってきたバターを塗って厚めの手袋をつける。手袋の中がちょっと汚れてしまうけれど、そこはガマン。
流石に寝室でぐっすりというわけにはいかないとのことで、椅子に座ったまま昼寝するような格好でカムを使ってもらうことにした。
「じゃあ、少し失礼するわね」
そう言って、テーブルに置いたカムに頭を載せるレディ・パドゥ。
甘い香りがカムの鼻――のような気がする部分――をくすぐる。
その長いまつ毛の目がゆっくりと閉じられた、と思うやいなや!
「サ・カムケー!」
突然の呪文!
黒い光が窓の外から飛んできて、レディ・パドゥの手に当たる。
「いったぁい!」
レディ・パドゥは悲鳴を上げて飛び起きてしまった。
いつの間にか窓の外にいたのは、黒服に白い仮面をつけた怪しい男。
胸に抱えた黒い豚のような人形がブヒヒと性格悪そうな笑い声をあげている。
「曲者っ!」
スティさんが、窓に駆けより剣を振る。
「四天王ヨンブル様ばんざーい」
剣があたると、豚人形はぼふんと黒い煙になって消える。
黒服の男の方は何も言わずに逃げてしまった。
「いつも、こうなんですの。治りかけて、やっと眠れるかと思うとあの人形が現れて」
「あー、そういえばお化けちゃんも豚の人形がどうとか言ってましたねぇ」
たしかに、お化けの女の子の箱をスティさんの家に投げ込んだのは豚の人形だと言っていた。
つまり、魔王フ・ミーンの配下が人々を眠らせないために動いているのだ。
「こうなると、やっぱり魔法の手袋に手に入れるしかないのかしら」
そうため息をつくレディ・パドゥ。
オネイさんの視線に気づいたのか、説明を始めてくれる。
「少し離れた森に、エルフの親子が住んでいるんですの。その親子が、悪い魔法を遠ざける魔法の手袋を持っているそうなのですが。私が町の外まで借りに行くのは難しいですし」
そこまで言うと、チラリとスティさんを見る。
スティさんが申し訳なさそうに首をふると、レディ・パドゥはうなずいて、カムたちに向き直る。
「騎士の方々は町を守るという使命がありますから。私だけのために働いてもらうというわけにもいきません」
眼鏡を取ってきてもらうのは良いのかな、と思ったが、町から出ていないから大丈夫なのかもしれない。
だったら、騎士でない者がいけばいいだけだ。
「じゃあ、僕たちがその手袋を借りてきます。いいよね、オネイさん」
「そうしましょう!」
「よろしくお願いします」
レディ・パドゥから森の場所を詳しく聞き取り、早速向かうことにした。
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