第13話 スラムにて

 魔法学院のある北区から川の先へと渡れば、下層の者達が住む旧市街の景色が広がっている。


 割れた石畳とその隙間から生える雑草。壊れた壁に寄り掛かる浮浪者達に、時折走る鼠の影。


 風にはすえた臭いが混じり、衛生環境の悪さが察せられる。


『北区とはまさに雲泥の差、天国と地獄だな』


 独り言を呟いている間に、背後から足音と気配が迫って来て、軽く横に避ければ、匕首を握った男が地面の上を転がった。


「ちっ」


 男が左手を振り、握られていた砂利が飛んで来る。

 顔を右手でガードして、左手で男が突き出した匕首を握り潰した。


 軽く左足で男を蹴ると、煉瓦の壁に当たって動かなくなった。


『武術の類は素人だが、喧嘩はそれなりにやってきたんだ。スラムのチンピラにやられるほど弱くはねえんだよ』


 今の体に前世で培った喧嘩殺法を合わせれば、俺もそれなりにやれたりする。

 なおカナン先生からも、俺の勘と目の良さは褒められているのだ。


『ほんと、懐かしい空気だよ』


 小石を拾って後ろに投げると小さな爆発音が響いた。


『ここで引けば、そこで倒れてる奴も見逃してやる』


 返答に小さな火球が飛んで来たので、もう一つ小石を投げる。

 今度はさっきより力を込めたので、火球を貫いて物陰の誰かさんにヒットした。


 小柄な体が倒れる音が聞こえ、俺を囲む気配に怯えの色が混じる。


 まあ殺すまでもないかと考えて立ち去ろうとすると、目の前に短剣を構えた子供が立っていた。


 薄汚れた格好に短く切った褐色の髪。

 男の姿をしているが、まあ女だなと察しが付く。


『何だ?』

「金、置いてけ」


 少女の呼吸が荒い。

 その張り詰めた表情は怯えるというよりも、何かに追い詰められた者のそれだった。


『見逃してやろうってんだ。もう俺に構うな』

「シッ」


 俺の言葉を無視して振られた短剣が空を切る。

 剣身の刃はきちんと立っており、我流ではない、きちんと剣を習った者の動きだった。


「ツィ、シャアッ」


 荒ぶるように振られる短剣を躱していく。


 カナンの流麗な剣とは違う、野に生きる獣のような猛々しい剣。

 この少女の戦闘力は、D級冒険者のちょっと下といった所か。


「ツィアッ!」


 横薙ぎの一撃を左手で握り止める。


「な!?」

『詰みだな』


 デス・クロウの力を発現。

 腐食した剣身が崩れ落ちていった。


「この、ぐぇ!?」


 右手で少女の首を掴む。


『逃げる機会はやった。それでも俺に剣を向けてきたんだ。覚悟はできてるよな?』


 ソード・アローの力を発現させれば、こいつはすぐにバラバラの肉片となる。


 まあ殺す気など無いのだが、警告の意味で、ちょっと痛め付けるべきかという考えが脳裡を過る。


「ね、姉ちゃんを放せ」

「はなせっ」

「っ!」


『ん?』


 建物の影から現れた子供が三人。

 何れも十歳に満たないような幼い者達であり、棒切れと石を握って立っている。


「お前ら来るな! 逃げろ!」

「で、でもっ」


 俺に首を掴まれながらも必死に子供達を逃がそうとする少女と、それでも少女を置いて逃げることを躊躇う子供達。


 ……今の俺の姿、すっげえ悪人だなと思う。

 これ、絶対にカナンには見られたくねえな。


『はぁ』


 右手を放ると少女が地面の上を転がった。

 ふらつきながらも立ち上がった彼女の元に、子供達が駆け寄って行く。


『お前、名は?』

「…………」


 藍色の瞳が睨んで来た。


『俺の名はイフリート。冒険者稼業をしている、まあ見ての通りの男だ。ここにはちょっと用があって来たんだが、昔と様子が変わっていてな、少し困っている』


 懐から銀貨を出し、少女へと放る。

 スレッドマンの『変身制御』のお陰で、人間形態ノーマルの所持品は魔法形態ファントム破壊神デストロイになっても損なわれることはないのだ。


「……何の積もりだ」


 宙を舞う銀貨を少女が掴み取る。

 声音には当然ながら、強い警戒の色があった。


『道案内が欲しいと思ってたんだ。どうだ、俺に雇われてみないか?』

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