第8話 トラブル

~ イフリート ~


『にしてもでっかい校舎だな。モンサンミシェルかって―の』


 フランスの世界遺産で、海に浮かぶ孤島には歴史ある修道院と古い家屋が立ち並んでいた。

 前世で動画を見て、いつかは行ってみたいと思ったが、果たせずに地球とはおさらばしてしまった。


 で、転生して超可愛い女の子の魔法になった俺は今、そんな感じの建物の中を徘徊していたりする。


『ごめんくださいなっと』


 魔法形態ファントムの俺には鉄の扉も無問題モーマンタイ

 よいしょと顔を突っ込めば、幻に触れるように中へと入ることができるのだ。


『普通に物置だな。隠し扉の類も無し、と』


 一旦は第一魔法学院全体を鑑定して怪しい所をピックアップ。そこへ俺が直接行き、目視と再度の鑑定で確認するという流れ。


『これで十五回目の外れか。本当に『封印書庫』の入口はあるのかね~』

[封印書庫の正規の入口は王しか通ることができません。第一王女ウィンテスが封印書庫に入ったというのならば、非正規の入口を利用するしかありません]

『そのがある可能性が一番高いのが、この第一魔法学院というわけだ』

[はい]


 第三王女を支持していたエルインは当然ウィンテスの動向も調べていた。


 ウィンテスは在学中のある時期を境に、頻繁に国内外の遺跡を訪れるようになった。

 そして腹心のアンブローズを学院長に据え、王城に帰らず学院に泊まり込むようになる。

 神童【セドリック・ドールマン】を始めとした強力な人材をスカウトし、遺跡探索の私部隊パーティーと政治的な派閥を結成。他の王子や王女達が消されていく中、第一王子の派閥と互角の戦いを演じるまでになった。

 

 ウィンテスの快進撃の起点は間違いなく第一魔法学院にあり、勇者の宝珠という古代文明の秘法を手に入れることができた知識の源は、ここにある可能性が高いのだ。


 それ即ち、封印書庫。

 

[イフリート、前にお伝えした通り鑑定も完璧ではありません]

『わかってる』


 静かで誰もいない廊下を進む。

 もし横の窓ガラスがステンドグラスだったら、ここは教会だと思っただろう。

 

『次も倉庫か。魔力反応が複数あるっぽいが』

[はい。かなり厳重な護りが施されています。古代文明から流用した技術が用いられている可能性が高いです。注意をお願いします]

『了解』


 体が魔力的に弾かれる感じがするが、戦級十四の魔砲精霊にはム、ムダ、ムダッ、ムダッ――、ムダ―――ッ!


『っ、はぁ、はぁ。やっと通れた……』


 きっつ。何つう結界だよコレ……。

 数センチの厚さを通るだけで、ほんの少しだけ疲れたわ……。


『さ、最強である俺を阻めるものなど無いのだ、と。自己肯定完了。さて鑑て』


 目の前で白い犬の尻尾しっぽが揺れている。

 ふりふりと左右に揺れるのが、実に可愛らしい。


『何でこんな場所にペットがいるんだ?』


 尻尾の付け根には白い布。

 くびれた細い腰の真ん中には白銀の髪が流れ、上へと視線を進めると犬の耳が見えた。


 あれ~?


「ふふふ、そうね。お腹も空いたし、お昼が楽しみだわ」

「ルティナっち大活躍だったもんね~。あ~しもモーラっちが助けてくれなかったら、ボール取られてたし。ありがとね~モーラっち」


 銀色の髪と揺れる大きな胸の先にいる裸の女は勇者の【木村きむら 幸恵ハッピー】、いやユキか。

 というかこの部屋、着替え中の女子しかいねえじゃねえか!!


「ほ~ら、感謝のコミュニケーションだよモーラっち」

「い、いえ、そんな。あ、胸は敏感で!」


 ユキが大人し気な女の子の胸を揉みしだき、艶っぽい声が上がる。

 

「あ~二人はほんとに熱々だね」

「私の婚約者もこれくらい積極的だったらな~」


 とりあえず鑑定しておくか。

 いや、女子じゃなくてこの部屋を。


[霊子走査に対する妨害があり、少し時間が掛かります]


 了解。

 しかし幾ら更衣室だからって、このギルド長室並みの警備は何なんだ。

 A級冒険者でも覗きは不可能なレベルだぞ?


[録画しましょうか?]


 いらねえよ。

 性欲は前世で卒業済みだ。

 

[いえ。人類種達ではなく、この部屋の警備システムの動的状況についてです。後で詳しく解析するためのサンプルにしようと考えました]


 ……。

 じゃあ俺は壁と床を調べるよ。


[了解しました]


 しかしお金の掛かった内装だよな。

 この純白のクロスとか幾らするんだろ?


「セルマ」

「畏まりました殿下」


 壁は鑑定で異常なし。

 空洞を四つ見付けたが、中にあるのは結界を作るための装置だけ。


 となると床が怪しいんだよな。

 床に落ちてる服と下着が邪魔だからどかしたいが、俺が動かすとポルターガイストとか言って騒がれないかね?


『魔力的な干渉を弾きやがる。銀蚕絹ぎんようけんの糸を織り込んでいるせいか』

「その通りでございます」


『一束買おうとしたら、王都に家を建てる額が必要だってのに。流石は第一魔法学院の生徒さんって感じだな』

「そうだよね~。マジで貴族って感じでさ、あーしも初めて手に持った時はビビっちった」


 ん?

 俺、いつの間にか完全包囲されている?


「悪意を退ける聖なる光よ 檻となりの者を封じよ 【光鎖霊封陣】」


 げ、光の檻に閉じ込められた!

 

「偵察用の使い魔のようですね」

「うん。戦闘や暗殺に用いるものの気配じゃないよね」

「ですがこの使い魔に、どのような術式が仕込まれているのかわかりません。決して檻の中に手を入れて触ろうとはしないで下さい」

「は、はい! すみません、ちょっとどんな魔法か気になってしまって……」

「調べ終わったら見せてもらえばいいじゃん。あーしも付き合うからさ」

「あ、ありがとうユキ」

 

 女子達は喋りながら着替えを終え、魔法を使っている女の子も、犬耳の少女に着替えさせられた。


『よし、もういいか』


 左拳を握り締める。


「ムダな抵抗はしないことです。セルマの檻は大型魔獣さえ破れないのですから」


 剣と杖の先が突き付けられる。


『悲しいね。俺はたかが魔獣と同じ評価ってわけか』


 気分は狩人×2でマフィアの精鋭を粉砕した大男。

 勝利を確信した相手に逆転の切札を切ろうとする瞬間は、熱くとろけたミルクチョコレートのように甘美で、否応なく気持ちが高ぶってしまう。


[イフリートを包囲しているのはマフィアの構成員ではなく、年端もいかない少女達です]


 マジレスはやめろ。

 成切遊戯ごっこだよ、成切遊戯ごっこ


『今回は挨拶をしに来ただけだ。我が主に殿下と敵対する意志はない』

「まさかあなたは!?」


 ふっふっふ。

 適当に言っただけ。

 頑張って深読みするがいい。


『ではさらばだ』


 デス・クロウの力を発現させた左手で光の檻を薙ぎ払う。

 振り下ろされた杖は握り止めた瞬間、ボロボロに崩れて床に落ちた。


『我に攻撃の意志は無い。だが歯向かうならば』


 左手を向けると全員が飛び退って距離を開けた。

 ……まるでゴキブリを見たような反応だな。


[カナンがいなくてよかったと思います]


 だな。

 もし汚物を見るような目を向けられたら、立ち直れる自信が無い。


『ふっ』


 颯爽さっそうと更衣室を後にする。


[エヴォケイション・システムの登録状況から、倉庫から更衣室への改修が行われたのはここ一年以内と考えられます]

『わかった。今度は誰もいない時を狙って来よう』


「待ちなさい!」

『ん?』


 振り返ると犬耳少女が立っていた。


「あなたの主である吸血鬼に伝えなさい。私は逃げも隠れもしないと」

『……』


 いや、俺の主はカナンだし。


「私はっ」

「お待たせ。敵はどこ?」


 犬耳少女の隣に一人の女が現れる。


 焦げ茶色の髪に褐色の肌。

 踊り子のような衣装を纏い、背中には二振りの剣の柄が見える。

 

 だが何よりも目を引くのは、尖ったエルフの耳と、暗い熱を宿す黄土色の瞳。


『氷雨の剣鬼、【酔眼すいがんの剣 イシュリア・メルタ】』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る