エピローグ 魔女の憂鬱

 トギラ王国の王都より二千キロ離れた場所に、高地を領地とする伯爵領があった。

 一年を通して寒い風が吹き、作物を収穫出来るのも夏季の中の僅かな間だけ。

 牧畜と僅かに採れる鉄鉱石によって住民は日々の暮らしを細々と送っていた。

 しかし、襲い来る蛮族と領主の重税によって民の生活は困窮こんきゅうを極め、領主である伯爵の女はその家族と共に贅沢の限りを尽くした生活を続け、決して民の生活を省みる事はなかった。


 しかも伯爵の悪口を言った、伯爵の前で咳をした、伯爵の前を横切ったという理由で斬首された者達の首が大通りには並べられ、拷問ごうもんで傷付き絶望が刻まれた二百の生首の列が与える恐怖は、民達から抗う気力を失わせるには十分だった。


「なぜ私を助けた」


 ウカップスが目の前に座る仮面の少女、ベラドンナに問い掛ける。


「……あなたが死者の蘇生そせいを研究していたから。言い逃れはムダよ。全部知ってるから」


 ベラドンナが傍らの矢筒から取った矢を投げた。

 無造作な仕草で投げられた弓兵用の矢は、ウカップスの目で捉えられない速度で飛翔ひしょうしてに当たった。


「ウヴ―――ん!?」


 壁に槍で張り付けにされた伯爵の女が、麻糸で乱雑にい止められた口から悲鳴を上げる。


「……あなたの愛弟子のセドリックが教えてくれたわ。王の側室になっていじめ殺されたお姉様を生き返らせたいのでしょ。支援者は第一王女。お姉様の遺体は彼女の持つ王都の館に隠してある、って」

「姉さんに手を出したら、私は必ずお前を殺す」

「……あら、人間みたいな事を言うのね。血の通わない木偶人形でくにんぎょう風情が」


 ウカップスの手が、廃材で作られた人形の手が震える。


 ベラドンナの投げた矢が右太腿みぎふとももに当たり、「グム―――!?」と的が悲鳴を上げた。


「主様どうぞ」


 給仕の男が紅茶を淹れ、ベラドンナの前に湯気の立つ茶杯を置いた。


「……ありがとう。あら、お菓子もあるのね」

「この地方の家庭で作られる物で、蜂蜜と山羊やぎの乳を混ぜて固めた物です。お口に合えばよいのですが」


 仮面の下半分が変形して口元が露わになり、右手の細い指が菓子を摘まんで口の中に入れる。


「……美味しいわ。これ、好きな味よ」


 給仕の男が深々と頭を下げた。

 彼は伯爵領を通る街道沿いの町に生まれた青年で、薄い赤色の髪をした、整った顔の男だった。

 ある日、領内を視察(という名の漁色りょうしょく)をしていた伯爵の目に留まり、家族と恋人の幼馴染おさななじみを拷問の上に処刑され、この城へと連れて来られた。

 伯爵にもてあそばれた後は「反抗的な目が気に食わない」という理由で両目を潰された後に去勢され、地下牢で凍えながら死を待っていた。


 今は両目も去勢されたものもベラドンナの手によって元に戻り、きちんとした衣服を身に纏って、ベラドンナの執事役を務めている。


「夕食には腕を振るいます。親父おやじから受け継いだ町一番の店の味を、主様には是非味わって欲しいと思います」

「……そう。期待しているわ」

「はい!!」


 まぶしい笑顔と共に部屋を辞した男を、部屋の警護に立つ男が嬉しそうに見送った。


 伯爵の女は『ある町』の常連だった。

 この城には彼女に奴隷として買われた元冒険者の男達も捕らえられていた。彼等もまたベラドンナによって解放され、今は皆殺しにされた兵士達に代わって、この城の警備に就いている。


「ベラドンナ、お前は何を狙っている。その強大な力を使って、この国を乗っ取る積もりか?」

「……あなたが知る必要のない事よ」


 ベラドンナ、いやハルが大切に想うのはアスカだけだ。

 世界に絶望したハルにとって、アスカだけが生きる意味なのだ。


 そうであるからこそ、今回の『勇者召喚』された五人の中で、一番心を乱していたのは、実はハルであった。


 この世界は日本よりも遥かに近い場所に死が潜んでいる。

 そしてハル達はまさに、戦いの道具である勇者として呼び出された。


 ハルは大広間での王女達との顔合わせの後、すぐにスキルによって作り出した複数の『はえ』を使って情報収集を行った。


 そしてあてがわれた接待役の男、第一王女の私部隊パーティー仲間でもあった【セドリック・ドールマン】を下僕とし、彼から様々な知識と共に、看過し得ない事実を知るに至った。


―― 第一王女はある装置を持っており、それを使えばハル達を強制的に従わせる事が可能であり、更には自爆させる事も可能である、と。


「……ウカップス、いえデク一号。あなたは死者蘇生の研究を完成させなさい。そうすればあなたを人間に戻してあげるし、あなたのお姉様に手を出さないと約束するわ」

「わかった。研究の完成は私の望む所でもある」


 『死者蘇生』の秘術は万が一の時の、ハル自身も対象から除外した、アスカの為だけに用意する保険だった。


(まずはこの国の権力を手に入れる)


 ハルはアスカから離れ、ベラドンナの仮面を被った。

 第一王女の目的が国内の地盤固めなら、ベラドンナが先んじてしてしまえばいい。

 そうすれば勇者であるアスカを投入する盤面が消える。


 その後に王位が欲しいと望めば、魔女ベラドンナが与えよう。

 何一つ自由を許さない金色のおりに閉ざされた、空虚な玉座を。

 

 勇者を縛る装置も、傲慢を生み出す権力も、全部全部取り上げて。


 ベラドンナが矢を放る。

 それは額を貫いて、今度は悲鳴を上げる事無く伯爵だった女は息絶えた。


 女はとてもよく似ていた。

 如月きさらぎ 瑚春こはるの母親に。

 そして勇者の一人である小浦こうら 来夢らいむに。


「……さて素材も手に入った事だし、新しい人造人間を造るとしましょうか」


 ベラドンナが立ち上がる。

 仮面に隠された口元は笑みの形になっており、それにハル自身も気付いてはいなかった。


「……カナンちゃん、そしてブレイブ00。あなた達には期待しているわ。折角の王女様をあげるんだから、精々かき回してちょうだいね」


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