第三話 嵐の前の静けさ


 誰だ!? 俺のシャツを引っ張るやつは。


 見ると、小柄な女の子が、俺のシャツを怒ったような表情で見上げながら握り締めていた。


 ショートの前髪を二本の動物系ヘアピンで留め、おでこを出しているので女子中学生に見えなくもない。


 俺の窓際席の右隣りの子だ。


「えぇと……確か……小森だっけ?」


 俺は女子と喋るのが苦手なので、きっとぶっきらぼうに聞こえるだろうが、決して不機嫌なわけではない。


「っ! こもりん……」

「ん? なんて?」


「こ、こもりんでいいっ」

「こもりん?」


 俺がかがんで彼女の目線に合わせると、彼女の顔はリンゴのように真っ赤に色づき始め、小鼻を膨らませ息が荒くなる。

 そして彼女は胸前で両拳をグッと握り締めていた。


 俺が戸惑っていると、


「……痛くなかった?」

「へ?」


 何のことだ?


「タコに殴られたとこ……制裁する?」


 こわっ! 制裁て何!?


 小森は、俺が谷尻やじり夕子先生に軽くコツンとされたことを、盛大に誤解している!?


 うそだろ?


 いやしかし、小森の俺を見る目は真剣そのものだ。


 ここは、彼女の誤解を解いて、穏便に済ますのが正解だろう。


「よく聞くんだこもりん」

「ん」


 小森は真剣な表情でコクリと頷く。


「実は、俺の身体は鉄よりも硬いんだ。だから、あの程度の攻撃は全く効かん。つまりノーダメージだ」

「っあ……」


 彼女は俺のアホな嘘に、さもありなんと納得したようにコクコクと素直に頷く。


 まさか本当に信じてくれるとは思わなかったが……。


 ま、まあ、素直ないい子じゃないか。


 俺は、ホッとして、自然に小森の頭をポンポンしていた。


「心配ありがとな……こも……」




 そう、平和な時間はここまでであった……。

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