第5話 100万回再生
「緋月!」
あの日、緋月は光希と連絡先を交換した。楽しかったセッションは大成功で、マスターも大喜び。「また、おいで」と、お世辞ではなく呼んでくれた。
マスター曰く、緋月の部屋にあるピアノではなく、外のピアノへ浮気をしてみたらどうかと提案された。最初、緋月はマスターが言った意味がわからず、キョトンとしていると、光希がため息をついていた。街の一角に、ストリートピアノというものがあるらしい。それは、駅だったり、ショッピングモールの片隅だったり、地下街の道端だったり、はたまたお店の中だったり、公園の真ん中だったり。
音楽の街と呼ばれるだけあって、いたるところに、ピアノがあるそうだ。弾きたい人が自由に弾ける、そんなピアノ。
緋月は、この街へ来て1年近く経つが、そんなことすら知らなかったことに肩を落とした。
マスターが、緋月に外で弾くことを強く勧めてくるので、緋月は出かけることにした。ピアノだけと向き合うのではなく、聞く人も含めて音楽と向き合うことをマスターが提案してくれたのだ。
それからというもの、ストリートピアノの場所を調べた。光希にも相談したので、付いてくるようになった。
「今日は、どこのピアノ?」
「……光希も忙しいんだから、毎日、付き合ってくれなくていいけど?」
「俺が好きでついていくんだから、別にいいんじゃない?」
「……まぁ、そう言ってくれるなら。それにしたって、光希にも勉強があるだろ? まだ、一年の留学が残っているんだから」
光希は少し考えたあと、「今、できることをしたい」と呟いた。実は、あれから何度もセッションをしている。街中でピアノとチェロの音が鳴り始めれば、足を止める人も出てきた。緋月のピアノの勘も少しずつ取り戻されていく。ただ、それは、緋月にとって、昔の音を取り戻していく時間でもあり、苦痛であった。
「そういえばさ、アカウント作ったのか?」
「何の?」
「SNS」
緋月は訝しむように光希を見つめたが、自身のスマホをポケットから取り出し、SNS!」
あの日、緋月は光希と連絡先を交換した。楽しかったセッションは大成功で、マスターも大喜び。「また、おいで」と、お世辞ではなく呼んでくれた。
マスター曰く、緋月の部屋にあるピアノではなく、外のピアノへ浮気をしてみたらどうかと提案された。最初、緋月はマスターが言った意味がわからず、キョトンとしていると、光希がため息をついていた。街の一角に、ストリートピアノというものがあるらしい。それは、駅だったり、ショッピングモールの片隅だったり、地下街の道端だったり、はたまたお店の中だったり、公園の真ん中だったり。
音楽の街と呼ばれるだけあって、いたるところに、ピアノがあるそうだ。弾きたい人が自由に弾ける、そんなピアノ。
緋月は、この街へ来て1年近く経つが、そんなことすら知らなかったことに肩を落とした。
マスターが、緋月に外で弾くことを強く勧めてくるので、緋月は出かけることにした。ピアノだけと向き合うのではなく、聞く人も含めて音楽と向き合うことをマスターが提案してくれたのだ。
それからというもの、ストリートピアノの場所を調べた。光希にも相談したので、付いてくるようになった。
「今日は、どこのピアノ?」
「……光希も忙しいんだから、毎日、付き合ってくれなくていいけど?」
「俺が好きでついていくんだから、別にいいんじゃない?」
「……まぁ、そう言ってくれるなら。それにしたって、光希にも勉強があるだろ? まだ、一年の留学が残っているんだから」
光希は少し考えたあと、「今、できることをしたい」と呟いた。実は、あれから何度もセッションをしている。街中でピアノとチェロの音が鳴り始めれば、足を止める人も出てきた。緋月のピアノの勘も少しずつ取り戻されていく。ただ、それは、緋月にとって、昔の音を取り戻していく時間でもあり、苦痛であった。
「そういえばさ、アカウント作ったのか?」
「何の?」
「SNS」
緋月は訝しむように光希を見つめたが、自身のスマホをポケットから取り出し、SNSを見せてくれる。
そこに映っているのは紛れもなく緋月だったので驚いた。服装や場所、ピアノを見る限り、光希に連れて行ってもらったカフェバーで弾いたときのものだ。
「……なんだこれ?」
「知らないのか? 今、かなりバズってる。この再生回数を見てみろよ?」
言われて数を数える。お馴染みの一、十、百、千……と。光希が、すぐに肩を叩いてくる。
「100万回数をゆうに超えてるから……」
「はっ? 100万? 何かの間違いだろ?」
「間違いないから。この数字に間違いはない。そして、誰かが、緋月の動画を使って荒稼ぎしている。心当たりは?」
緋月はあの日のことを考えた。思い出したのは、日本語を話した一人の少女。確か、ピアノを弾いていたときにカメラを向けていたはずだ。
「その顔は、身に覚えがある感じ?」
「いや、その……」
「そいつ、誰? この動画を見る限り、緋月を使って相当稼いでいる。許すまじだよ!」
「いや、使っては……、さすがに、言い過ぎじゃないのか?」
「言いすぎじゃないから。緋月がアカウントを持っていれば、こんなことに利用されなかったはずなのにさ。どこの誰とも知らないやつが、緋月を無駄つかいしているなんて、許せないんだけど?」
「お人よし」と光希に言われたが、緋月にとって、この動画は、ピアノが弾けるようになった喜びと苦痛が混ざり合っているのがわかり、あまり、出来のいいものではない。
「まぁ、いいや。最近、俺らが弾き始めて聞いてくれる人が多くなってきたのって、これがあるからだと思うよ。俺の方も、動画は上げてるからさ。#Hizuki でハッシュタグつけてて、結構な人が見てる。お小遣いもそこそこ入ってきたから、あとでわけるよ」
「いいよ、そんなの。それは、光希の役に立ててよ。それより、今日は何にする? 少しクラッシックが弾きたいんだけど」
光希が持ってくる楽譜はアニソンであったり、テレビで流行っている曲が多い。そうではなく、たまには、自分が弾きたいものを弾いてみたい。今の緋月の実力をはかりたかったのだ。
「じゃあ、今日は、俺は撮り役に徹するかな。何を弾く?」
「わかった。これを弾こうかな?」
光希に楽譜を渡すと渋い顔をされる。初めてコンクールの舞台で、永遠と競ったとき、永遠が選曲して弾いたものだった。
「駅で弾くには、重過ぎない?」
「やっぱり?」
「見るからに、気持ちは決まってますって顔してるから、俺が反対しても無理か」
光希の期待がこもった呟きに緋月は頷き返した。
「まぁ、いいんじゃない? ここは音楽の街だから、どんなメロディも受け入れてくれる。多少、音に厳しい爺さんもいるけど、俺は緋月の弾いたものを聞いてみたい。今の緋月の本気を」
「……本気かどうかはわからないだろ?」
「わかるさ。緋月の音が、どんどんいい方に変わってきているから。少しずつ、確実に」
「変わってきた、のかな?」
「家でも、ピアノを弾けるようになってきたんだろ?」
「まぁ……、ね? 思ったほどは弾けないけど、少しだけピアノに向き合えるようになってきた。てかさ?」
「何?」と光希が椅子に座っている緋月を見下ろす。何でもなさげに光希を見つめたあと、足元の小石を蹴った。小さすぎる石は靴底に当たり、コロコロと少しだけ転がったあと、止まる。まるで、あの日、永遠の演奏を聴いて、時間を止めてしまった緋月のようであった。
「光希ってさ、僕のことをよく見てるよね?」
「あぁ、そうだなぁ。俺、緋月の大ファンだから。それに、音はさ、ウソつかないから、よくなっているのがわかるんだよ」
緋月も実感していた音の変化。コンテストに出ていた頃に比べると、辿々しいところもあるが、変わっていく自身の音は嫌いではない。むしろ、追い求めていたとすら思える音に、少しずつ光さえ差し込んできた。
「この動画のときよりさ、さらによくなってると思う?」
「もちろん。これが卵の中から顔をひょこっと出したヒヨコなら、今はよちよち歩いて、母鳥の後ろを歩いているさ」
「……例えがなんか嫌だ」
大きなため息を緋月はつくと、「うまい例えだと思ったんだけど?」と顰めっ面の光希。光希なりに励ましも含まれているのだろう。
だんだんと自分の音を取り戻してきた緋月は、このまま大学へ復学をして、もう一度、勉強をし直すつもりだった。
留年はしたが、単位さえきちんととれば、光希と同じ時期に日本への帰国は可能だ。
「光希はさ、」
「何?」
「……その、なんだ」
「だから、何? 言いにくいこと? 告白とか?」
「だ、誰が告白なんーーっ」
「あのぉー、お取り込み中、大変申し訳ないんですが?」
聞き覚えのある日本語の女の子が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「逆ナンなら、間に合ってますけど?」
光希が冷たくあしらっていると、緋月の方を見て、その女の子は笑いかけてくる。
「どうもー! 私のことを覚えている?」
彼女のことを見つめ思い返す。日本語の話せる女の子……、まさにこの動画をあげた人物なことに気がつき、「あぁー!!!!!」と緋月は路上で叫ぶのだった。
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