第5話 1階 触手落とし穴地帯
イチは肉体が壁に飲み込まれるような幻覚を覚えて身震いした。
実際にはそれが単なるまやかしだと思っていても気持ち良いものではないのだろう。
一拍の闇に包まれた後、目を開くとそこは石畳のダンジョンであった。
壁に設置された魔法の松明は燃え尽きる事なく石の床と壁を照らし続けている。
________ついに、入ってしまった。
イチは声に出さず内心で言葉を発した。
というよりも意識的に言葉を発する事を避けた。
これは師匠であるリャンから教えられた知識で、冒険の最中に妙な事態に陥るソロ冒険者の約8割が独り言を言ったのちに襲われているという統計があるらしいが、これは現代に於いても知られていない事である。
(考えてみれば余計な声を出せば敵に気配を悟られるのは当然とも言える)
イチはこれを『独り言の法則』と呼んでいる。
________第一階層は、触手落とし穴地帯か。
ラプダンジーの塔は天に伸びる塔であり、一階は螺旋状の一本道である。
逆時計回りの廊下を真っ直ぐ歩けば否が応でも上に続く階段にたどり着く。
しかし足を進める前にイチは妙な事に気が付いた。
______ふむん、嫌な臭いがする。
塔の内部から花の蜜を思わせる心地よい香りがする。
それは街の通りで嗅げば安らぐ香りであったであろうがここはエロトラップダンジョン。
バッチなしの階級の駆け出しならともかく、もうすぐ大烏の階級に足を踏み入れようとしているイチである。
すぐさまガンベルトに吊り下げたポシェットからゴム製のマスクを取り出すと鼻と口を覆った。
このマスクは現代のガスマスクの原型になったもので、薬剤のつまった缶詰のような部品が左頬に取り付けられていて、この部品が吸入された空気中に含まれる粉塵や毒性のガスを内部で無毒化する。
______少々息苦しいが、これでヨシ!
ここでイチがマスクを口に当てなかったら彼女の体内に怪しげな毒が流れ込み、彼女の身体は妙な状態異常に侵されて、依頼の途中で動きが鈍くなってしまっただろう。
______よし、コンコンしていくか。
この、イチが内心で呼ぶコンコンというのは肩に背負った転ばずの竿と呼ばれる3mほどの樫の竿で進む先の足元を叩いて行く動作である。
先人の話によればこのフロアの落とし穴は感圧式である。
場所がわかっていれば良い話だが、塔にかけられた魔法のために罠の位置は半日ごとに変わってゆく。
絶妙な手加減で床の安全を確かめつつ、罠があったら転ばずの竿を使って罠を作動させ落とし穴の中に少女が捕われていないかも注意しなければならなかった。
常識的に考えて、冒険者でもない普通の少女が一階を抜けられたとしたら奇跡である。
壁や天井に妙な装飾品がないかも注意する。
魔導式の罠が偽装されて設置されている場合があり、これは現代で言うところのセンサーのようなもので近づく者があれば反応し連動した罠が発動する。
これを見つけた場合、物理的に破壊してしまえばよい。
_____危ないなあもう!
イチは危うく他の物と材質の違った松明を見つけると、カーペイト15式の魔導弾で破壊!
気づかないでそのまま進んでいたら、天井に仕掛けられた魔導感知のトラップが発動し大変な危険に遭うところであった。
一切気を抜く事なくイチは一階を慎重に進んでゆく。
これまでに床に8つ、壁に4つ、天井に2つのトラップを見つけ全て無力化しつつ中を確かめる事に成功した。
少女の姿は見えない。
この、エル・ト・ラプダンジーの塔はラプダンジー師の嗜好を反映した塔であり、彼はその悪趣味から困難であれど神経を研ぎ澄ませていれば必ず回避できる罠だけを仕掛けていた。
さて、当時広まった冒険者の格言にこんな言葉がある。
『入り口に罠なし、道中に罠あり、最奥の罠は致命的』
当時、特に単身の女性冒険者が奇妙なほど奥に潜むダンジョンの罠にひっかかった事から冒険者の間で徐々に広まっていった言葉である。
しかし、イチは万全の警戒をしていたがそれでも見落としはある。
単純に仕掛けられた罠が巧妙、と言えばそれまでであるが、大烏の階級に属する者であれば多くが看破できる物だったであろう。
この時点で彼女が狼の階級に留められていた理由のひとつである。
それは前述の壁に仕掛けられた松明の罠と同じ罠であったが、先ほどと比べて偽装が巧妙で、通常の松明に比べて太さが違う。
既に松明の罠は材質の違いだけだと思い込んでいるイチにその違いは見抜けない。
突如イチは地面が消失したような感覚に襲われ、瞬き一回の間は何が起きたか理解できなかった。
「しまった!」
感覚遮断落とし穴の罠だ!!
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イチ ぼうけんしゃ
【LV : 33】
【体力: 450】
【気力: 999】
【状態: ふつう】
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