第41話 シブヤ 再会①

 翌日、カルロスから手紙が届いた。

「こいつ本当にブラジル人か?」

 外国人の書いたものとは思えない達筆に感嘆しながら、錠はその手紙を読んだ。そこには、トレーニング方法が改めて記されていた。

「これをやれってのか」

 錠はいったんその手紙を脇に置いた。

 なぜ自分なのか、自分に何を期待しているのか?

 レインボーは完璧ではなかった。また期待を裏切る可能性は十分ある。

 錠は手紙に意識を置いたまま、キャップとサングラスを手に取った。そして、何かを求めて外へ出た。

 一直線に向かった先は渋谷だった。駅の改札を出ると、スクランブル交差点はいつものように溢れんばかりの人の群れ。錠は強い日差しに目を細め、その先を見渡した。

 前回、人波をかき分けて帰ったルートを流れに沿ってさかのぼった。

 やがて、目的の場所が見えてきた。ビルに挟まれたスペースをのぞくと、ちょうどあの時と同じようにその男は汗を流していた。

 錠はサングラスを外し、ビルの挟間に足を運んだ。

「うおっ?」

 男は振り返り、やはり驚いたが、すぐに珍客を受け入れた。

「今日はどうした。また、たまたまか?」

「前回はマジで偶然だ」

「あ、そう」

 笑みをこぼしながら向き直ったゲンに、錠は唐突に尋ねた。

「やっぱり、いたのか? 国立に」

「ああ、ブラジル戦か。もちろんさ」

 錠が何を言いたいのか、探りながらゲンは話した。

「結果は残念だったけど、次につながる試合だった。俺たちサポーターにとってもね」

 二人の間に大観衆のニッポンコールがわき上がった。

「また勝手にって言われるかもしれないけど」

 ゲンはそう前置きした。

「代表のこれからに期待を持てたと同時に、力をもらった」

 いつもどおりのリアクションで、錠は顔を背ける。

「どうせ、あいつもいたんだろ」

「ああ。カトもいたさ」

 ゲンは苦笑を浮かべた。

「カトの話は前にもしたと思うけどさ」

 カトはあるクラブのサポーターグループから追い出され、ゲンたちのところにたどり着いた。その話だ。

「あいつも代表を応援しはじめてから、いろんなことに前向きになって、だいぶ変わってきた。試合のあとでスタジアムの清掃に参加するようになったり、この店で働きはじめたり。カトのお袋も喜んでる」

 錠は今、その言葉には敏感だ。自然と視線を揺らした。

「カトはあいつなりに居場所を見つけて、自分のできること、精一杯やってるんだと思う」

 ゲンは錠の反応をうかがいながら続けた。

「俺も似たようなもんだったからわかるんだ。昔はね、自分の小さな世界で、たまたま周りにいるやつらと合わないからって、自分はだめだとか、逆に世間のやつらは皆おかしいとか決めつけてた」

 錠は壁に視線を置いて、ただ聞いている。

「でも何かを探して動いてたんだろうな。いや、何とかしたくて、もがいて、さまよってた。そう言ったほうが正しいかな。あのころの俺も、カトも。そんなときに俺たちはここにたどり着いた。だからこそ、大事にしなきゃって思うんだ」

 ゲンは、錠から反論が出てこないぶんを埋めるように話を続けた。

「あのブラジル相手に日本も精一杯やってくれたよな。だから俺たちも精一杯声を届けた」

 少しだけゲンのテンションが上がった。

「やっぱりヒロはすごかった。これから周りと合っていけば、もっとよくなる」

「……合わないだろ。自分のことしか考えてないからな」

 中羽の話になれば、やはり批判が口をついて出る。

「そうかな。そんな男じゃないと思うけど」

「お前あいつのファンか? なら、そのうち捨てられるぞ」

「それは、どっか遠くに行くってことか」

「ああ。自分だけのために、金くれるとこへな」

「確かに、俺はヒロに入れ込んでる。同時にシェフにもね」

 Jリーグのシェフ市川と聞けば、錠は一文字を真っ先に思い出す。

「ヒロは言ってた。いつかイタリアに行きたいって」

 ゲンはサポーターのリーダー格だけあって、顔も広い。中羽との親交もあった。

「そりゃ、近くでずっと見ていたいけど、あれだけの才能だ。しょうがないさ。だからイタリアに行って、もっと活躍してほしいって思ってる」

 錠に、一文字の移籍を耳にしたときの感情がよぎる。それとは対照的に、ゲンはうれしそうに笑った。

「そう伝えたら、ヒロは言ってくれた。シェフにいる間は俺らに全力で応えるってね。選手はサポーターにそれしかできないからって」

 イタリアに行くなら中羽は敵になるわけではない。一文字の件とは異なる。

 一文字はあえてライバルチームに身を売ったのだ。許せるはずがない。ずっとそう思っていた。が、そんなことは今の錠にはたいした問題ではないように思えた。

 言葉数の少ない錠を前に、ゲンの話は止まらなくなっていた。

「実際にヒロはいつも応えてくれる。その姿を見てると、もっと応援したくなる。それだけじゃない。俺もやらなきゃって、なんか頑張れる気がしてくるんだ」

 いつもなら食ってかかるところだが、しかし錠は何かを言い出せぬまま、ゲンの話に合わせるように口を開いた。

「中羽がそんなにすごいかよ?」

 錠の本当に聞きたかったのは中羽についてではない。ここに来た目的は、そうではなかった。

「それは見てのとおりだろ」

 ゲンは当然のように言ったが、それを客観的に受け入れることは錠にはまだできなかった。

「結構、謙虚なやつだよ」

 そう言って、ゲンは含み笑いをした。

「オマーン戦は自分のせいだって言ってた。あの借りは最終予選で返すって。そうそう、あの接触、思ったよりジョーのフィジカルが強くて計算外だったらしい」

 は?

 どこかくすぐられるような感覚を不覚に思った錠は、口元を結び、サングラスをかけた。

「それからさ。この間、錠に会ったあとでまた考えたんだ。なぜ代表を応援してるのか」

 ゲンは晴れやかな目をして言ったが、錠はその先を待たずにキャップを深く被り直した。

「邪魔したな」

 そして、そそくさと表通りに出た。

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