第2話 底辺高校での日々への応援コメント
塔子さんの物語は、本当に胸が痛むお話です。心から、すべての人が穏やかに過ごせることを願っています。
拙いエッセイだなんて、そんなことはないです。私は、タイトルとプロフィールを拝見して、ただお伝えしたかったのです。「東大なんて、大したことではない」と。どれほど優れた才能や称号を得ても、心と体が耐えられなくなってしまえば、幸せにはなれないのだと、改めて痛感しました。
詩歩子様、頑張ってください!
でも、頑張ることは、何かを成し遂げたり、満足のいく結果を得ることだけを意味するわけではないと思います。私は、「自分を大切にしながら、穏やかに過ごすこと」も、実は大きな努力が必要なことなのではないかと感じています。
きっと、すべてうまくいきますよ!
そして、「Asramのへや」、早速拝見しました。今もちょうど聴いています。先ほど「希望」という曲を聴き終えたところです。私にとって、この「希望」の曲は、穏やかでありながらも、どこか壮大な「戦い」のような力強さを感じさせるものでした。ゆったりとした旋律の中に、広がる人生の壮大さが滲み出ているように思います。教えていただき、ありがとうございます。
どうか、これからもお互いに、心と体を大切にしながら、穏やかに過ごせますように。
作者からの返信
Asramさんを紹介できてよかったです。
まだまだYouTube動画でも再生回数に伸び悩んでいるようなので一人でもファンができて良かったです。
東大のギフテッド創成寄付講座のとき、心理士さんから『学生で精神疾患を発症している方は意外に多い』と話してくださりましたがAsramさんも栗パンさんも決して、少数派でもないかもしれません。
塔子さんの本を読んで幸せって何だろう、と何度も考えました。
塔子さんは何度もリストカットをしながら命を絶ちました。
一見恵まれているように見える彼女も疎外感を味わっていたのかもしれません。
お互いきついことも多いですがそれなりに穏やかに過ごせたいですね。
第3話 あれから。への応援コメント
実は、東大卒という肩書を隠したくなる気持ち、私もよく分かります。というより、私自身もそうです。外で人と話すときは、よほどのことがない限り、自分からは言いません。むしろ、逆に恥ずかしいと感じてしまいます。「東大を卒業したのに、結局こんなことをしているの?」という思いが、どうしても拭えなくて。
修士論文は早めに書き上げましたが、私が進学を考えて必死に論文を書いていた頃、周りには卒業を延ばした人もいれば、しっかり就職活動をしている人もいました。でも私は、卒業を延ばしてもう一年過ごし、改めて博士課程に進むつもりもなかったし、彼らのように明確な目標を持って就活をするわけでもなく、ただ家にこもって書き続けていました。その孤独と苦しさは、言葉にできないほどでした。
実は、東大最後の一年間は、教授のパワハラのせいで、一年間カウンセリングを受けることにもなりました。そのせいもあって、「私なんかが東大卒なんて名乗っていいのだろうか」と、ますます思うようになりました。自分には大した目標もないし、何かを成し遂げたわけでもないから。
だから、詩歩子様のご友人が良い結果を得られたと聞いて、私も心から安堵しました。今の私は、本当に心の底から「健康と幸せが何よりも大切」だと実感しています。
一緒に頑張りましょう。詩歩子様は、これからきっともっと素晴らしい日々を過ごせるはずです。自分を信じてください。
作者からの返信
本当にその知り合いの言葉一つ一つを思い出しました。
私は最初に進学した高校があの問題を起こした日大の付属校でとんでもないパワハラに遭ってしまったわけですが、もし、あの時大学進学が叶っていたらと思わないわけではないです。
しかし、私は大人になった今、東大のギフテッド創成寄付講座に行ってIQに相当なムラがあると指摘されました。
(言語理解は160近くあるけど苦手な分野は境界知能あたりまで下がってしまうという凸凹がある)
高い数値は相当に高いけど低いところは低い、という凸凹人間。
東大のギフテッド創成寄付講座に行って自分の生きづらさがわかり、安堵はしましたが友人の話を聞くとその『もしも』だって危ういのだ、と思いました。
最近、東大の医学部を卒業された齋藤塔子さんの手記を読み終えました。
齋藤塔子さんも私と同じようにIQがかなりの凸凹の当事者だったようです。
彼女は東京大学という称号を得られましたが最期は自死を選びました。
絶句しました。
『健康と幸せが何よりも大切』
これは本当に綺麗ごとでもない。塔子さんは去年の3月までは生きていたのですから。
ちなみにその友人のYouTubeでの活動名は『Asram』と言います。検索すれば、XやYouTubeのほうでも出てくると思います。
ホームページは『Asramのへや』というホームページを持っていますよ。
こんな私の拙いエッセイを読んでいただき、ありがとうございます。
第1話 東大だって夢じゃないと言われたのに……。への応援コメント
私は東京大学が特別にすごいとは思いません。何よりも大切なのは人の精神的な健康だと思います。時として、人は自ら多くの枷をはめてしまい、それによって自分自身を追い詰めてしまうことがあります。
私自身、そのような経験をしました。東京大学で修士課程まで進み、先生から博士課程への進学を勧められましたが、精神的に限界を感じ、進学を見送りました。やはり、人はもっと肩の力を抜いて、視野を広く持つことが大切だと思います。
現実を見れば、東京大学を卒業したからといって必ずしも良い未来が約束されているわけではなく、何をすべきか分からず迷う人も少なくありません。
詩歩子様が好きな文章を書き続けることができるのは、とても素晴らしいことです。どうか健康で、幸せでありますように。そして、少しでも楽しく過ごしていただけますように。
作者からの返信
実は知り合いに東大を卒業して双極性障害になり、B型作業所に通っている方を知っています。
その方の存在を思い出しました。
世の中、意外に当事者はいますね。
涙、涙、涙です。
今は現代ビジネスから取材を受けたり、カクヨムで書いたりしていますが毎日平穏に生きるのがどれだけ難しいのか、その知り合いの話を聞くと思います。
栗パンさんのIQと私もよく似ていますが同じような仲間がいて安心しました。
その知り合いの方は音楽制作に今、夢中でYouTubeで流しています。
しかし、東大卒という肩書を隠しています。
私個人としてはアピールしたらいいのに、とは思っていますが。
つらいのは自分だけじゃない、と思えますね。
第2話 底辺高校での日々への応援コメント
あまり、自慢できませんが、私も、底辺校でした。
詳しくは、私の「八月の光る砂」「九月の燃ゆる校舎」を、読んで見て下さいね。
なにわともあれ、他人がどう言おうと、私は、誌歩子先生を尊敬しています!!!
負けたら終わりですよ!!!
第3話 あれから。への応援コメント
お辛かったと思います。
黒歴史と白歴史。
オセロの裏表は黒と白です。
黒は白に変えることができます。
白と白で挟んでやりましょう。
もちろん真っ白でなくてもいいです。黒でさえなければ、ちょっぴり白がかった黒──連続階調の灰──でありさえすればいいと思います。
その灰は、このカクヨムにもたくさんある、いると思います。
私もその一人です。
鈍色というか鼠色の曇天みてぇな色をしてます。
でも、決して黒ではありません。
白黒つけずとも、ドブネズミみたいに、生きていれば、いずれは下水溝から這い上がり、(内面的に)きれいなドブネズミになれるやもしれない、と信じて生きています。
作者からの返信
灰色っていいですよね。
人間は誰もが灰色みたいなところあると思います。
あの羽生結弦選手や大谷翔平選手だって一度は失敗やトラブルに巻き込まれたこともあった。
カクヨムを始めて良かったのは自分みたいな仲間がいて自分が一人だけじゃない、と思えたところです。
時々、カクヨムのユーザーさんのレベルの高さに圧倒され、自信を失うこともありますがアマチュア作家なのに時には天才的にうまい方もいらっしゃることもある。みんなすごいんだなーと感心しております。
黒歴史ばかりではない。白歴史だって時には訪れることもある。
ちなみに私は去年、講談社の現代ビジネスから取材を受けました。
白歴史でした。
とはいえ、ヤフーニュース掲載時にはそれなりの誹謗中傷も受けました。
どんなに輝かしい光にも影があるように常に白なんてどんな人でもあり得ないのだ、と実感しました。
私のエッセイを読んでくださり、ありがとうございます。