裏切られたオレは再び歩き出す──と。

プロローグ

 桐谷きりたに紗代さよは、いつものように男子に囲まれ、彼らの他愛も無い話をただただ笑顔で聞いていた。いや、おそらく聞き流している事だろう。


「珍しいですね」


 隣人から珍しく声を掛けられる。

 それでも自分へのものだと瞬時に分かったのは、彼女が声を掛ける相手がオレしか思い浮かばなかったから。それだけの交友関係の薄さ、だから迷うこと無く彼女に視線を向け、問いかけられる。


「珍しいって?」

「あなたが桐谷さんを気にかけている事が、です」

「そう見えるか?」

「どういう心境かは分かりませんが、桐谷さんに視線を向けていましたので、何かあるのかと」

「あったとしても、美喜多みきたさんに言ったら次の日の教室はその話題一色になるからな。絶対言わない」

「しませんよ、そんな規模の小さいこと」


 美喜多さんになら──そんな甘い考えを打ち砕く発言を、表情一つ変えずにしてくる。


「参考までに、オレの秘密を知った美喜多さんの行動を教えてほしいな」

「一生奴隷か、SNSで全世界に拡散。トレンド1位を目指しますね」

「オレにそんな社会的価値ねぇよ」


 こんな悲しい台詞を日常会話で使うことがあるだなんて。恐るべし美喜多さん。


「一生奴隷になる可能性はあると」

「……一生は言い過ぎだけど、奴隷になる可能性はあるな」


 ただ、奴隷になるのはオレとは限らないけど。


「まぁ、無理には聞きませんよ、気持ち悪いんで」

「気持ち悪いって……」

「朝から奴隷になりますなんて発言する人、気持ち悪いでしょう?」

「そんなこと一言も言ってねぇよ……!」


 タイミングが良いのか悪いのか、担任が教室に入ってきて会話が中断される。

 散々言われたが視線を紗代へと向けてしまう。

 代わりが無いように見える。

 当然か、昨日今日の話じゃないんだから。


          ※


「どうだった?紗代さんの様子」


 それが、帰ってきたオレを迎えた妹のゆきからの一言目だった。


「どうもこうも、変わらないだろ。紗代に変化は無いんだから」

「でも、お兄ちゃんの紗代さんを見る目は変わったはずだよ。だから、何か気づく事があったんじゃないの?」

「その上で何もなかったよ。いつもと変わらない紗代だった」

「そっか……まぁ、そうだよね。というか、なんというか、そういう関係でもなかったからね。お兄ちゃんと紗代さん」


 どういう意味だよ──その無意味な質問を飲み込み、代わりの言葉を吐き出す。


「まぁ、互いにそう思ってたんだろう。なら、余計な手間無く縁が切れた。それで良いさ」

「……うん。そうだね、それで良いと思うよ!」


 無理矢理結論付け、会話を終わらせる。

 これ以上、紗代の話をしたく無かった。話をすればするほど、昨日見た光景が脳裏にフラッシュバックし、胸が締め付けられるような、そんな苦しさが襲ってくるから。

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裏切られたオレは再び歩き出す──と。 @mutukigata

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