山野踏破

 さんさんと照りつく太陽を一身に浴びるうららかな今日、安崎一行は台形の水田群を縫うように歩いていた。


 夏が終わろうってのに、暑い。平兵衛なんて「あ、つ、い」の三文字しか言わなくなった。お前語尾どうした。


 安崎は視界一面に広がるデコボコでまだらな水田群をながめて奇妙な気持ちになる。


 シティなボーイだった安崎だが、地理かなにかの授業で田んぼの写真は見たことがある。たしか新潟の写真だった。正方形の田んぼがズラリと並んでおり、まるで甲子園の開会式を見ているような気分になったのを覚えている。つまりは整然として壮観であるということだ。


 先生はたしか「えー水田が正方形えーなのはえー手入れ等を効率よくえー行うためであって、えー。」とおっしゃっていた。不必要に言葉を区切り、話の内容が三割ほどでたらめな地理教師「七三眼鏡」を思い起こしつつ安崎は唸った。


 ろくに整地もしていないとみえて、高さはデコボコ、あぜ道もぐにゃぐにゃ、水田の形もバラバラである。


 効率悪そうだが、津山でも南郷でもそうなので、全国共通なのだろうか。しげしげと水田を見やっていると、視界に、興味深げに水田を眺める姿が見えた。


 久姫である。


「安崎、あれは真珠なの?」とでも言ってくれれば名家の姫としてふさわしかろうに、この姫は「晩夏なのに収穫が始まっていない。戦が続いたせいだ。」と悔しそうにほぞをかんでいた。


 姫のセリフとは思えん。


「あれは露ですよ。」と答えるつもりで口を開けていた安崎は、言葉を呑み込んだ。


 ※


 行列を襲って早数日。安崎一行は因幡国岩見にいた。


 物資の乏しい小舟では距離を稼げない。半日ほどこぐと、夜闇に紛れて上陸した。


 真っ暗ななか手探りで上陸するつもりだったが、久姫が「危ないでしょう!」と怒りながら安全な場所に誘導してくれた。夜目が効くらしい。ばいたりてぃに富んでいる。


 そのまま夜を明かし、山に入っていった。


 山犬におびえていたかつてと異なり、山での歩き方も覚えた。何よりも重要なのは上らないこと。現代ですら遭難事故が発生するのだ。この時代だって当然発生する。そして、山岳救助隊なんていないわけで、遭難すればおしまいである。


 トラウマもあり、できれば近寄りたくないのだが、そうもいかない事情があった。


 まず、追手から逃れるため。村や街道をゆったり歩いていると、怪しい。布施天神山のような人の出入りが激しい場所ならいざ知らず、なんでもない田舎道を旅人四名が歩いていればまあ目立つ。但馬山名が早馬を飛ばして道中の村に触れを出している可能性も高く、行きと同じ道をゆくのは危険すぎた。


 そして二つ目。


 食い物が、ない。


 携帯していた食料はあっという間になくなった。あっという間である。


 予想されたこととはいえ、困った。実に困った。人間食わなきゃ死ぬのである。


 道中の畑や納屋から失敬してもいいが、村人5,6人が出てくれば、殺される。驚きの事実だが、村人は強い。力も強けりゃ体も強い。殴ってもびくともしない。なんなら斬っても斬り返してくる。怖い。


 ついでに水も尽きた。川の水を汲んでもいいが、飲むためには水を沸かさねばならず、沸かすには火がいる。目立つのである。ちなみに生水は飲めない。津山に来る前、のどが渇きすぎて川の水を直で飲み、そのまま死んだやつがいる。「水神様の祟り」と言われていたが、未熟な医療技術のこの世界で生水を飲めばそうなる。


 この世界の住人は井戸などから水を汲み、生活している。村には必ず井戸があり、井戸には必ず村がある。


 つまり、水もない。


 人間飲まなきゃ死ぬのである。


 だからこそ、山に入っていった。むろん山とて危険だが、とりあえず水はある。火をつけて、煙が出てたら目立つなんてものではないが、そこは頑張った。山菜などもある。貧弱な装備の男三人で獣を狩るのはちょっと無謀だが、それでも食料は集められる。晩夏だし。


 ゆらゆらと回想して、安崎は前を見た。


 畑と林が入り乱れる田園風景。


 なぜ・・・





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