新米領主奮闘記 その四
「平兵衛ぇ!茂吉ぃ!」
常ににぎやかな津山城に、今日も怒号が響き渡る。
声の主は尼子家傘下因幡南郷家の侍大将兼津山城主、安崎。
「はいっす!」
応えるは安崎家臣?の平兵衛(名字なし)。
「どしたっすか?散歩っすか?」
「動けるやつ集めろ。久々のお仕事だ。」
「へ?」
※
うららかな春の日差しに包まれた播磨国佐用城。特段の係争もかかえていないこの砦は、怒号と悲鳴に包まれていた。
燃える砦から飛び出してくる人影がふたつ。
砦の主、佐用家の跡取りと、その従者である。
「若、お早く!!」
「しかし、皆を置いて逃げるわけには。」
「そのようなことをいうている場合ではございませぬ!おはやく!」
つい先ごろ、ほんの数刻前に領内に賊が入ったと知らせを受けた。当主はじめとする手練れたちが討伐に向かい、帰ってこぬまま賊どもが襲ってきた。
城といっても丘を柵で囲っただけのもの。主力がいない佐用城は瞬く間に突破され、命からがら、跡取り息子は脱出したのである。
涙を流して走る若き主を従者は叱咤する。
「若君!お気を強く持ちなされ!あなたは佐用家の跡取りなのですぞ!」
「う、む。そうだな。そうだ。わたしは、強くあらねばなっ」
ひっと従者が息をのむ。矢が、主の喉元に突き刺さっていた。
はくはくと口を開く主を信じがたい心情で支える。なぜだ。なぜこのようなことに・・・
ひゅん、と音がした。思わず頭に手をやると固い何かが頭から生えている。
いや、刺さって?
従者の意識はここで途切れた。
安崎家、佐用城襲撃。死者3負傷者18。津山領数か月分の穀物と、具足数名分、刀数振り獲得。
佐用家、一族郎党壊滅。
※
「しっかしさっきのは一段としけた砦だったなあ。」
「どこもかつかつっすねえ。」
鬱蒼とした森の中、ツタが這う傾いた扉をくぐると、そこには数人の男がたむろっていた。
安崎一党である。
「殿ぉ。」
「ん?」
上機嫌な顔で先ほど手に入れた刀を眺めていた安崎に茂吉が常にない顔でこちらをうかがっていた。
はてと小屋内を見渡すと、
渋い顔、渋い顔、笑顔、渋い顔が並んでいる。
人相が悪いやつらが一様に顔をしかめているさまは滑稽である。思わず笑う。いっそう顔をしかめる強面たち。二度笑う。
不審がられてなぜ笑うか問われ、つまびらかに答えたところ、あんたも人相が悪いとつぶやかれた。また笑う。
さんざ笑ったところでなにがそんなにおもしろかったのか疑問を抱く。正気に戻るって単語を考えたやつはきっと文化勲章をもらったに違いあるまい。的確にすぎる。
「で、何だってそんな顔している?」
「そりゃあ殿、顔もしかめっつらになりまさあ。同じ釜の飯食った戦友も、心入れ替えて僻地の警邏してる連中も、みんな腹空かせてるんですぜ?こんな遠出せんでも近場の村襲えば済んだ話じゃねえですか。」
近頃敬語が身についてきた茂吉だが、余裕がなくなると元通りである。
「いや、そんなことはない。たしかに佐用家は中立の家だが、それは大名家に従っていないからこそ。因幡の殿様(南郷家)の安全を確保するために一度打撃を与えたほうがよい。」
「物資を奪えば弱体化につながるっすね!」
「その通り。」
という建前である。戦国の世といえ、兵を率いて侵略し、砦を焼いて領主を殺して物資を強奪することは滅多にない。普通に敵対行為である。討伐軍が送られてくるレベル。
要は尼子家勢力範囲外のしょぼい家を弱い者いじめしたというのが今回の遠征の内訳であった。
茂吉が不満顔で口を開いた。
「遠すぎやしませんか。せめて真庭領の村とかで・・・」
「味方の村襲えねえだろ。」
「あいつらなんか味方じゃありやせんよ。」
まあまあと、平兵衛がなだめる。
「新人たちにも経験積ませなきゃならないっす。ほどよく遠く、敵は弱い。練習相手にはぴったりっす。」
「だけどなあ・・・」
そう。今率いている手勢数十人の構成は、元盗賊数名、元佐柄兵数名、津山領民数十名、麓村のやつら数名、三人組(五郎平兵衛茂吉)のふたりである。津山領民。領民である。
安崎は悩んでいた。安崎が担当する領域は広く、支配はもろい。傘下の領主たちはいうこと聞かないし、このまえの盗賊騒ぎでより一層危機感は募った。傘下の兵士たちは信用できるが数が少ない。そこで、領民たちと信頼関係を築き、いざというとき効果的に戦えるようにしようとたくらんだのである。
領民は強い。百姓たちは体強いし、数いっぱいいるし、とにかくよい。こいつらを活用するのだ。
初夏に入れば農作業は忙しくなる(らしい)ので、春の足音が聞こえ始めた今が最後の好機!
こういうわけである。元盗賊のやつらは警察業務で忙しいし。
村人たちは、つまり新人たちは強い。身体も強い。小競り合いは日常茶飯事だから戦闘慣れしている。
即戦力である。今回の遠征の主目的は物資の調達だが、彼らに安崎のもとで戦うという意識を持ってもらうことも念頭にあった。
そんなこんなで、安崎は播磨で略奪を繰り広げるのであった。
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