訓練
なんです、これは
久姫は球体を持ち上げて怪訝な顔をする。
安崎は農民を効率よく鍛えるために何ができるだろうかと常々考えていた。
農民たちの体は強い。当然だ。毎日朝から晩まで大自然相手に力仕事をしていて弱いはずがない。下手すると武士より体は強い。
だが、戦になると武士に負ける。なぜなのか、一番の要因は技量である。走る、棒を振り回すなどの単純動作は強いが、刀や槍の扱いはどうしても日頃から鍛錬しているもののほうが強い。
なんとかしなくてはならない。はじめに考えたのは鉄砲だが伝来していないので断念した。次に考えたのが長槍である。
秀吉が貧弱な長槍部隊を率いて精鋭の短槍部隊を打ち破った逸話がある。これはいけそうだ。ところが、
金が無い。長槍の材料が購入できない。仮にかき集めても作らせる金が無い。
微々たる蓄えを全て食料に変換したためである。長槍部隊なんてのは大商業地津島をおさえる織田のような金持ちにしか運用できないわけだ。
ないものはないので別の案を練り、完成したのが、サッカー計画である。
歴史の先生が「サッカーは軍事訓練の一環だったんだよ」とおっしゃっていたのだ。今計画の狙いは連携の向上。
10人で一組として、10対10で競わせる。戦では10人一組
を動かすのだ。きっと強くなる。
ボールは適当に を使用。
「と、こういうわけだ。」
久姫に懇切丁寧に説明し終える。
「軍事調練ですか。私に見せる理由はなんでしょうか。」
「俺達は大変な人手不足でな、はっきり言って、人を常に監視する事はできない。」
「それは朗報ですね。折を見て逃げます。」
「そう、そこでお前あいつらの世話してくれ。」
安崎の一言に久姫は怒気をあらわにする。
「は?なにをふざけたことを。私は…」
因幡のと言いかけて久姫は口をつむぐ。五郎が話していない以上安崎は自分のことを足軽だと認識している。
監視できないと言っていたが正確にはただの足軽を監視するほど暇じゃないということだろう。
自分はあの行列で誰かが攫われたことを見せるために連れてこられただけの存在。逃げられて報告される危険性を考えれば殺されていてもおかしくはなかった。適当な娘を久姫役にすればよいだけなのだから。
それをしないのは、五郎の口添えだろうか。だが、正体を打ち明けないならば足軽として扱われ邪魔になれば殺されてしまう。
…仮に正体を打ち明けた場合この男はどうするのだろうか。礼儀をただすのか、別の使い方をするのか…いや、いまは気にしなくていい話だ。
久姫は大きくため息をついて安崎を見据える。
「仕方がありませんね。ただ、経験がありませんのでどうなるのかわかりませんよ。」
※
「殿、兵の新訓練はいかがでしょうか?」
「ま、一朝一夕でどうにかなるもんでもない。気長にいこう。」
「…久姫のご様子は。」
「ん?そうだな、演者の才能があるんじゃないか?兵の世話をしろと言ったときなんざ、お姫様そのものの反応だった。」
安崎はあいつ意外に律儀だな程度の感想だったのだが、五郎は思案顔である。
久姫がどうでるのかわからない。彼女はれっきとした貴種。当然尼子現当主も顔を見知っているだろう。尼子家に彼女を襲えと命を受けたのだから露見しても問題ないが、その結果を安崎に知られたらと考えてぞっとする。
五郎の見立てでは、安崎は武家の人間、それも高位の出自である。会ったばかりの頃、石鹸について知っていたこともそうだが、日々の言動の端々に高い教養と知識が滲んでいる。物言いも粗雑ではあるが論理的だ。
武家は名誉を重んじる。本物の姫だと認識すれば丁重に扱うだろう。彼の性格なら尚更だ。
安崎に妙な遠慮や不要な枷を負わせるのは避けたい。
久姫が正体をばらすつもりであれば影響がでにくい形にする決心を固め、五郎は仕事を再開した。
※
簡単解説 物資・人材不足
安崎がずっと直面している課題。いくつか良案を考えてもこの問題のせいで頓挫する。無一文が1年満たない盗賊働きの後にボロボロの領地を治めているのだから仕方がない。
人材も不足しているが、五郎がどこからか連れて来るお陰で文官は何とかなっている。武官はやばい。兵はいるが指揮官がいない。
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