子分

 

 けんかとは、勢いである。ボクシングの試合をイメージしてほしい。一発二発良いのが当たり、あとはそのまま殴り倒すような試合をみたことがある方も多かろう。


 路上の喧嘩はもっとあんな感じである。互いに訓練をつんでいるわけでもない。一回流れに乗れば、そのまま勝てる。


 そんなくだらないことを、安崎は頭に思い浮かべていた。

 安崎の顔を打ち抜いた男は、そのまま安崎に覆いかぶさり、二撃目を決めようとしたところ、吹き飛んだ。


 ・・・ん?


 安崎が目を瞬かせると、見知らぬ若いのが目の前に。


「旦那、ご無事ですか。」


 ・・・だれ?


 ※

 獣道を注意しつつ這い上がっていると後ろから声がかかり、安崎は足を止めて振り返った。さきほどからついてくる謎の若いやつが三人。安崎は即座に走り出す。


「おい!待ってくれよ!あんたの子分にしてもらいてえんだ!」

 三人のごろつきはその場にしゃがみこんで安崎を呼び止める。このシチュエーション、現代日本を生きていた頃ならばまず逃げていた。


 子分というのはもう少しなし崩し的になるものであって、自分から頼み込んでくるやつは基本信用できない。加えて突然すぎる。かつて安崎に「いやあ、子分にしてほしいって突然土下座されてよ。俺もなかなかのもんだろ?」と話していた知り合いは子分改め敵対組織のスパイに刺されたと聞いて以来音沙汰が無い。そういうこともある。おおむねそういうことになるのだが、安崎は今、切羽つまっている。今日の飯も危ういのである。たとえ明日裏切られようが今は受け入れた方が良い。という結論に至った。


 それに、命の恩人でもある。


「子分?」

「おお、あんたの強さに感服してよ、殺しに慣れたやつはいくらでもいるがあんなに手際良く淡々としたやつは見たことがねえ。子分にしてくれ!俺たちはここらは詳しいんだ!役に立つぜ!」


 うさんくささは消えない。「あんたの強さに感服した。」と連れて行かれた先で大勢のヤンキーに囲まれたことがある。ちなみに逆も二度やった。だが今日の飯も危ういのである。ついでに体も痛い。細かいことには目をつぶることにした。


「よし、わかった。」

「おお!ホントか!」


 目を輝かせる若いのA。なんなんだ一体。混乱状態、半ばやけくその安崎はとりあえずついてこいと告げるや、先ほどの木こりの家に押し入り、食い物その他を回収した。


 ※


 「で、おまえらもわかってるだろうが、この村にはいられない。逃げるぞ。」


「はい。大丸の家から拾った皮やら蓑やらもちゃんとあります。」


 村人を殺したので、逃げることにした。ついでに大丸(木こり)の家に侵入して食い物と道具を強奪。なお、木こりは貧しかったようだ。


 できればあばた面の家も行きたかったが、あんまり時間をかけると三人の死体がほかの村人にばれるので泣く泣くあきらめた。


 逃げる道々話を聞くと、どうやら彼らもよそのものだそうで、この村に奴隷として売られ、ひどい扱いをうけるも、なかなか逃げる踏ん切りがつかなかったらしい。


「途方に暮れていたときにあんたが現れたんすよ。」


 ごろつきのひとり(平兵衛というらしい)が現状をまとめた。同時に納得する。いつの時代だろうと初対面の人間に突然子分にしてくれなんて別の目的がなければ言わない。しかし、こいつらも切羽詰まっている。日雇いの仕事もまちに行けばあるだろうがここは見渡す限り山だ。一日二日でたどり着ける場所にまちはあるまい。食料のない俺たちはたどり着く前に行き倒れる。


「そうか。」


ぽつりとつぶやいて、安崎はうつむいた。


これからどうするか。もうあの村には近寄れない。どうする。どうす、


「あの、」


控えめな声に安崎は顔を向けた。たしか五郎と名乗った男が遠慮がちに声を出す。


「その、とりあえず何かしなくてはなりません。盗むでも襲うでもいいので、なにかしなくては野垂れ死にです。」


まあ、そうだ。


「ただ、村で襲うのは無理です。村人たちに殺されます。」


そうだな。


安崎は頷いた。先ほどは、奴隷同然といえども村の一員だったから逃げ出すことができた。見知らぬ人間が村に入ることが許されることはまずない。近づいただけで追いかけ回される。


「ですので、道々の納屋などから失敬しつつ、この先の南郷城下に向かいましょう。」


「南郷城?」


「はい。ここ南郷領は隣領と係争中。当主も出陣したとのことです。かえって警備も薄いはずです。なによりも、ここらより豊かなはずです。」


なるほど。盗みで食いつなぎつつ仕事にありつける場所まで行こうって話か。悪くない。


ふむふむと感心していると、平兵衛ともう一人がぽかんとしていた。


「なんだ。」


「へ?あ、いやあなんだかよくわからないっすけどすごいっすねえ。」


ん?・・・あ。


「なあ、お前。」


「茂吉でさあ。」


「茂吉、係争中ってなんだかわかるか。」


「へえ、えー食いもんですか?」


「なるほど。なるほど。」


安崎がぐるりと首を回す。五郎がほほ笑んでいた。


・・・まあ突っ込まないほうがいいか。俺も聞かれたら困るし。


よし。


「あーあー、諸君。」


六つの瞳がこちらを捉えた。


「いいか。これまでの人生はいわばさなぎ。眠っていたも同然だ。これから、俺たち四人で、生きていこうじゃないか。」


おぉとどよめく。


「いいか!?」


「お、おお!」


「おー!」


「はい。」


三者三葉の返答を受け、ひとまずよしと安崎は納得した。


 ※

 何話か統合しました。今まで適当に区切りをつけていたのですが、編集中に見返したところ、読みづらいという衝撃の事実に気づきました。なんということでしょうか。



 安崎の口調が安定しませんが、彼は突然見知らぬ土地についた挙句、ヒトに襲われ獣に襲われ、過酷な労働を何日も行い、ヒトを襲い、お先真っ暗なので仕方ありません。

 4月16日 修正


 4月20日 修正


 11月13日加筆


 2月1日加筆


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