第7話 ゾンビに支配された星

 パニック状態なのは俺だけなようで、キャプテンは状況を楽しみながら、次々と周りの化け物たちを撃ち殺していく。


「ヒイロ様。邪魔なので離れてください」

「無理無理! なんとかしてよ、チャピえもん。このまま空とか飛べないの?」


 俺はチャッピーのボディに捕まりながら震えていた。

 武器も何も無いのに、自分より図体のデカい相手に敵うはずもない。


「飛べません。武器をお渡ししますので、自力でなんとかしてください」

「分かった。なんでもいいから貸してくれ!」

「ではこちらをどうぞ」


 彼女の腹部から楕円形の金属の塊のようなものが取り出され、俺はそれを受け取った。

 これは手榴弾か? たった一個でどうしろと……ってなんだこれ?


「……おもちゃじゃねぇか! なんだこの超合金フィギュアみたいなのは」

鉄の処女アイアンメイデンです。中世ヨーロッパで刑罰や拷問に用いられたとされる、女性の形をしていて中に人を入れることのできる空洞がある像で、中の釘を使って……」

「こんなミニチュアサイズで、あんなデカいやつ倒せるかよ!」


 そう叫びながらミニ鉄の処女を地面に叩きつけた瞬間、鉄の塊がパカりと大きく開き、そのまま俺の拳を包んだ。

 俺の右手が鉄の拳に変形し、何やらすごい雰囲気を放っている。

 どうやらこれは正真正銘、きちんとした武器のようだ。

 それを拳にまとった瞬間、自分がとても強くなったような気がした。俺の右手がうずく――


「よし、いくぜ!」


 俺は駆け出し、近くにいた敵の懐に入って拳を放った――


 ボコっ 


「もう一発っ!」 ポコっ


 ……ん、感触がないぞ? よし、もう一発!


 ポコっ


 全然効いていないぞ。相手が強いと言うより、俺が弱い感じだ。

 本当にこれ、ちゃんとした武器なのか?


「グゴゴゴゴ……オエアアアアア!」


 そうこうしているうちに、俺は化け物に両肩を掴まれてしまった。

 やつは大きく口を開け、俺の身体をむさぼり食おうとしている。


「助けてえええ! 死ぬううう」


 終わった。

 この間クローンとして生き返ったところなのに、俺はもう死ぬのか。


 ――諦めかけたその瞬間、化け物の顔が突然爆発し、その先を光が通過した。


「何を遊んでいるだヒイロ」

「キャ、キャプテン!」


 間一髪でキャプテンが俺のピンチを救った。

 今まで「何がキャプテンだよ」と思っていたが、貴女が正真正銘の船長キャプテンだ。


 それに比べてチャッピーは何てものを渡してくれたんだ。

 ただ腕に装着しただけで、パンチ力が増強されるものでもない、武器とも呼べない代物。

 今回は可愛い顔に免じて許すが、危うく死にかけるところだった。


 今回はチャッピーではなくキャプテンを頼った方が良さそうだ。

 俺は化け物の死体に掴まれた手を振り解いて、彼女の元へ向かうことにした。


「くっ、取れないな。死後硬直か。チャッピー、助けてくれ」


 と言いつつも、やっぱり彼女の方の力も借りなくては。

 先ほどから敵さんサイドも都合良く間を作ってくれているような気がするが、早くここから離脱しないと恰好の的になるので、急いで肩に着いた死体の腕を振り解かないといけない。

 強靭な握力相手でも、アンドロイドのスーパーパワーならなんとかしてくれるだろう。


「ヒイロ様、上をご覧ください」

「上? ……えっ」


 彼女に言われて上空を見上げると、吹き飛んだはずの化け物の頭部がブクブクと泡立ち始めた。

 そして顔が――再生した。


「嘘だろ……」


 立ち尽くすことしかできない俺は、蘇った化け物に喰われた。






「……はい、ここまでです。目を開けてください」


 ここは死後の世界か? 誰かが俺を呼ぶ声がする。


「ヒイロ様、落ち着いて目を開けてください」


 今度は聞いたことのある声……チャッピーの声が俺を呼んだ。


 俺はゆっくり目を開けた。


「うわっ! なんで? ええええ、ぎゃああああ」


 俺は死んでいなかった。

 時が止まったかのように、化け物が俺を掴んでこちらをじっと睨んでいた。


「もう襲いませんよ。落ち着いてください」

「いやあああああ! しゃべったああああああ」


 その化け物が普通に人語を話し、優しく微笑みかけたのだ。

 彼はゆっくりと俺を掴んでいた手を離し、一歩下がって距離を取った。


「実は我々、ゾンビのフリをしていただけなのです」


 化け物……と思っていたそれは、よく見ると普通の宇宙人だった。

 先ほどまではヨダレを垂らして項垂うなだれていたかのような装いだったのに、今は姿勢を正してスッと立っている。


 周りを見渡してもそうだ。

 まるで映画を撮り終えた後かのように、宇宙人たちはに振舞っている。

 遠くに見えるキャプテンに至っては、仲良くなった彼らと談笑している。


 困惑する俺の側にチャッピーが歩み寄り、俺と宇宙人の間に割り入った。


「私が説明します。彼らカッサム星人の間では、地上でのゾンビごっこがブームのようです。こうやってゾンビのフリをして別の星からの来訪者を驚かせているようですね」

「なんじゃそりゃ……っていうか、チャッピーってもしかして」

「はい。危険でないと分かっていましたので、危険にならない武器をお渡ししました。慣れない武器で怪我をされても困りますので」


 道理でチャッピーが大人しかったり、ゾンビたちも空気を読んで、襲うタイミングを図ってくれていたワケだ。

 そもそもゾンビごっこってなんだよ。あまりにもリアルすぎるぞ。顔とか……


「あっ、あんた大丈夫か? レーザーで顔吹っ飛んでたけど」

「ええ。我々はあれくらいでは死にませんので。ただ、宇宙船で上空から攻撃された時はさすがに焦りましたがね……ははは」


 彼は冗談みたいに笑ってるけど、本当に最初から最後まで冗談みたいな展開だ。

 結果的に宇宙船からの攻撃は許してくれそうだからよかったけど、このカッサム星人はなんと言うか、寛容過ぎるというか、大雑把というか……存在がギャグみたいな連中だった。


 なんだか叫びすぎて疲れたな。それにこの星は乾燥していて暑い。

 緊張が解けたせいか、溜まっていた汗が一気に吹き出た。


「しかし久々の地上は暑いですね。我々はそろそろ戻りますが、皆さんはどうですか?」

「ヒイロ様、行きましょう。このままでは貴方は熱中症で倒れてしまいます」

「行くってどこに?」


 既に事情を知っているチャッピーと地元のカッサム星人は声を揃えて答えた。


「「地中です」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る