伝書鳩の夏休み 第十四回

 十四 活良木の話、残り四袋


 ジニア荘に残っていた活良木は気が気でなかった。彼だけが、盗まれた十三袋の行方を知っていたのだから。

 “星造はどこに行ったんだ……まさか、本当に実行するつもりじゃないだろうな……”

 彼と星造は、昨晩は活良木君の部屋に一緒にいた。活良木は、こうするより他は無いと考え星造を堅く閉じ込めようとした。しかし、星造は活良木が微睡んだ一瞬の間隙を突いて縄から抜け出し行方をくらませたのだった。

 “馬鹿なやつだ。あんな分かりやすいところへ置いておくなんて……青山克海が自殺でないことに、あいつもすぐに気付いたんだろう。自殺なら、火芝知鶴から譲り受けた分を溜めて使えばいいだけだから。”

 星造が縛られていた椅子に不機嫌に座り、舌打ちをした。

 “誰かが、一昨日の夜、俺たちが蛍狩りに出た隙に、盗まれた催眠剤を更に盗んだんだ。畜生、この屋敷には盗人が多すぎる! ”

 活良木は失踪した親友の悍ましいほどに美しい肉体を思い浮かべては、拳を空に向かって何度も突き出した。もしも、ふらりと星造がこの部屋へ戻ってきたならば、直ちに胴が千切れるほど殴られていたことだろう。

 玄関から音がして、野崎の見舞いに行った四人が帰ってきた。廊下に出ると、戸黒と共に二階へと上がっていくのが見えた。

 活良木は、てっきり四人全員が二階へ上がったものだとばかり思っていたので、エントランス・ホールで山郷と鉢合わせたことは全くの予想外だった。

「ただいま、活良木君。」山郷には一切の動揺も無い。

 活良木には、それが羨ましかった。“こいつは何も知らないから平気でいられるんだ” 

「野崎は生きてたか。」

「うん、命に別状は無いんだってさ。今夜には目を覚ますだろうって看護婦さんが言っていたよ。火芝君にも会えるといいね。」

 活良木は、話の途中で部屋へ引き返そうとしたが、星造の名前を聞いてその場で立ち止まった。「星造が何だって?」

「あのね、火芝君も野崎君のお見舞いに来たんだって、看護婦さんが言っていたよ。夜には目を覚ますってことも聞いただろうから、夜になったらもう一度お見舞いに行くと思うんだ。」

「面会はせいぜい夕方が最後だろ。」そうは言ったものの、活良木は、星造なら窓から入り込むくらいのことはしてしまうと知っていた。

「僕は、火芝君の心配はしてないよ。」山郷は、話の流れを遮って唐突に言った。

 活良木は発言者の顔をしげしげと眺めた。「なぜ?」

「火芝君は、本当に悪い人・・・・・・にはなれないでしょ? だって、心配性の活良木君や野崎君がそばに居るからね。」そして、にっこりと笑った。

 ――活良木は、かなり経ってから「そうだといいがな。」とつぶやいた。

 活良木は、後ろに着いてくる山郷を疎ましく思い、肩や額を押して突き飛ばしたが、それらは単なるじゃれ合いとして対処されてしまった。そして、部屋に落ち着かれるに至った。

 活良木は、なるべく何でもない風を装ってゴミ箱を背中に隠していた。しかし、実際には、その様子はひどく不自然だったので、むしろ山郷の好奇心をくすぐった。

「何か隠してるの?」そして、山郷は活良木の脇の下をくぐり抜けてゴミ箱を覗いた。「お薬の空袋? 全部でいち、にぃ、さん、しぃ……」

「あっ。」

「活良木君が飲んだの?」

 活良木は答えに窮した。他言無用を言いつけて、いい加減にはぐらかしてしまおうかとも思った。

 しかし、山郷の澄みきった瞳にふと “信頼” を抱いて、活良木は溜息混じりに言った。「違う。星造が叔母の部屋から盗んできて、相沢に飲ませたんだ。紅茶だの菓子だのに入れ込んで――馬鹿なやつだ。耐性のついていない野崎が食っちまうことくらい予想できたろうに。」

「そっか、前から火芝君は野崎君と遊びたがってたもんね。相沢君に野崎君を取られたくなかったんだろうね。」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る