第27話 織田信長と六角義賢、決別へ
美濃を出立した織田信長と足利義昭は、すでに同盟関係にあった松平元康改め徳川家康、信長の妹・お市が嫁いでいる浅井長政も味方に付け、近江領内に入った頃には五万の軍勢になっていた。
先行して近江に入った秀吉は、六角義賢がいる観音寺城にて、味方につくよう説得をしていた。
秀吉は長い石段が続く本丸への道を、足軽二人を引き連れて登っていった。石段の両脇には雑木が生い茂り、木漏れ日が心地よくあたる。これから戦が始まるという風景には見えないことに、秀吉は不思議な感じがした。
石段を登りつめ、右に曲がると本丸の城門が見えた。本丸に近づくにつれて、具足を付けた兵が目立つ。戦の緊張感が伝わってきた。
「我が主、織田信長の名代にて羽柴秀吉と申す。六角義賢殿に信長様より書状を預かって参った。お目通り願いたい」
小さな身体からあらんばかりの声を張り上げ口上を述べた。城門の内側からこれまた小柄な男が出てきた。両脇には屈強そうな男二人が護衛のためについてきている。こちらは背も高く、隙がないように見えた。
「平井定武にござる。秀吉殿、ご案内つかまつる」
深々と丁寧に挨拶をした。平井定武という男、信長とは少々因縁があった。それというのも、この娘は、先に浅井長政と婚姻関係にあったのだが、信長の策略でお市が新しく長政の妻となり、追い出し同然で娘を返されたのだ。
『このような者を案内に遣わすとは、すでに六角義賢は一戦の覚悟をかためているのだな』
秀吉は案内する平井を前に、和平に持ち込むのは難しいと考え込んだ。
やがて、評定の間に通された。そこには義賢とその息子六角義治が並んで上座に座っていた。
平井に通された秀吉は家臣を縁側の廊下に控えさせ、六角親子と対面した。さすがに名家らしく、親子ともに着こなしに気品があった。この対面の風景を現代の我々が目にすれば、秀吉の風格の貧相なことに情けなく思うに違いない。それほどに六角家と、いわば成り上がり者の武士、秀吉ではまったく異なっていた。
「お初にお目にかかりまする。羽柴秀吉にございます」
丁寧に挨拶した。少々見下したような視線が秀吉にも伝わってきた。
「名前は存じている。百姓の生まれだとか。まだまだ武士としての格好は身についておらぬようだの」
義賢の言葉に息子も鼻で笑うような仕草で応えたのがわかった。
「名家でもありませぬゆえ、ご無礼はお許しを」
秀吉は頭を下げた。荒くれ者達を相手にするのは慣れていたが、こういう人物は苦手だった。ただただ悔しさを押し殺し、ひれ伏した。
「して、書状を持参したとか」
義賢の声にひれ伏したままの秀吉は前に進み、書状を差し出した。書状に目を通した義賢は、黙って息子に差し出すと、静かに告げた。
「帝の命とあれば、領地についてはお返し申そう。今までの年貢についても、何年かにさかのぼってお払い申し上げてもよい。しかし、義昭様を将軍に推挙される件は同意致しかねる」
やはりそうきたか。秀吉はここからが勝負と腹に力を入れた。わざと驚いた風をしてみせた。
「これはなんと仰せで。義賢様は美濃攻略の間、ご支援いただいた仲ではありませぬか。このたびのことも、三好勢に再び政を私せんがための方策、なんの反対する大義がございます」
『これだから田舎侍は・・・』と言わんばかりの表情が見て取れた。
「よいか、十四代将軍は義栄様と、帝より宣旨を受けておる。すでに決まったことじゃ。それに、三好が後ろ盾になったからといって、かつての長慶殿の様な権力を持つ勢いもない。この六角親子を始め、皆々が将軍を盛り立てていけば無事に政は収まっていくのじゃ。ましてや、信長殿に都の政ができると思うか。戦が少々できたからといって簡単ではない」
「それに」
と義賢は付け加えた。
「秀吉、そなたの噂はよく聞こえてくる。桶狭間の折も、美濃の折も、そなたの入れ知恵がずいぶん役に立ったそうではないか。しかし、私はそのやり方が気に入らぬ。策略をめぐらせて何の勝利か。正々堂々戦って勝利してこそ、世間の風聞もよくなるというもの。これでは信長殿がかわいそうじゃ」
その言葉に秀吉は我慢がならなかった。くっと顔を上げ、にらみつけると言い置いた。
「では、六角家を終わらせてもよろしいのですね」
六角親子の面構えが急に険しくなった。
「もちろん、正々堂々戦うまで。勝利は終わるまでわからぬ。受けて立とう」
城を出た秀吉のはらわたは煮えくり返ったままだった。城が少し遠くなってきた頃、後ろから駆け足でやってくるものがいた。
「秀吉殿」
梁田正綱であった。
「おう、梁田殿か」
町人風の風体で息を切らして走り寄ってきたのだった。
「会見は如何に」
苦虫を潰したような顔をしていると、梁田正綱はすぐさまに答えた。
「お館様の命により領内をめぐってきましたが、戦に勝算はありますぞ。秀吉殿にしか秘策を考えました」
「そうか」
秀吉はこれで先ほどの意趣返しができると、腹の虫がスッと治まるのを感じた。
「では、策は道々」
そう言うと二人はならんで話し始めた。
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