第21話 本能寺にて 織田信長との再会

半月後、北畠具教の姿は本能寺にあった。彼は筒井順慶との同盟を結び、三好勢を牽制するためにここに来ていた。


本能寺は信長の最期の場面であまりにも有名だが、もともとは法華宗の寺であり、一四一五年に妙本寺の日隆が創建したとされている。創建時は油小路高辻にあったが、度重なる火災などで何度か移転し、この当時は一四四三年に四条坊門大宮に移されたもので、現在の本能寺とは別の場所にあった。今の本能寺も素晴らしい建築物が多く、見所も多いが、この当時から存在するものとしては、日蓮聖人の像がある。また、当時は鉄砲の仲介をしていたこともあり、一般信者だけでなく、有力者が度々訪れるため、宿坊としても多く使われていたようだ。


その本能寺の静かな佇まいの中で、筒井順慶と北畠具教が相対していた。北畠具教は30歳を超えたところだが、筒井順慶は父が二八歳で病死したため、叔父の筒井順政が後見人となり、幼少で家督を継ぐこととなった。会見当時は十歳になったばかりの子どもであり、実際には筒井順政が実権を握っていた。


「大和国、伊勢、尾張、機内と、なかなか戦が収まりませな。義輝様が権威を取り戻しつつあるのに、三好勢の勢いが変わりませぬ。松永久秀という若輩者が、将軍の意向を介さず、大和郡山の近辺まで迫っておる次第で」


筒井順政が困ったようにため息を漏らした。三好勢には何度も戦を仕掛けられ、そのたびに退けてはいるが、いつ終わるともわからない戦に辟易としていた。


「順政殿、今回は伊賀国だけでなく伊勢までもが危うい。なんとかそちらで少しでも敵を引きつけてくれれば蹴散らせるのだが、何か手立てはあろうか」


お互い、協調して兵力が分散できれば、この難局を乗り切れるのだが、松永久秀という人物をよく知らない上に、将軍義輝と三好長慶の敵対関係を熟知しているだけに、いくら抑えが効いているとはいえ、将軍に仲介を頼むこともできなかった。また大きな争いに拡大するのを危惧したのである。


「わかり申した、小競り合い程度であるが、国境にてひと騒動、申し受けましょう。それで少しでも兵を減らせればよいのですな」


筒井順政の『全て心得た』という表情に具教は安堵し、一言だけ付け加えた。


「よろしく御願い申す」


「ところで、ご当主はおいくつになられた?」


具教は利発そうな顔立ちの表情を見て尋ねた。


「十二になりまする」


その少年はまだ幼く、瞳からは当主として十分な素質が透けて見えた。具教はふと息子の具房のことを思った。息子が順慶のような年の頃には、まだまだずっと幼かったように思う。自分は次の当主としてふさわしい人間に育てられているのか。『そろそろ隠居した方が良いのではないか』そんな考えが浮かび、慌ててかき消した。


「よい叔父様をお持ちですな。剣だけでなく、知略もしっかり励みなされ」


具教がそう励ます姿に、筒井順政は柔らかな表情を浮かべていた。


会見が終わった頃、別室に控えていた大川助九郎が軽く筒井順慶に会釈をし、具教のそばにやってきて耳打ちした。


「信長殿がこの寺に来ておるようで。住職のご配慮で、隣の部屋に控えてございますが、お会いなされますか」


「なに、信長殿が、か」


意外であった。もちろん、この寺は少なくはない武士や商人が利用すると聞いてきたが、まだ桶狭間から間がなく、このようなところへやってくるとは、何を画策しているのか、理解に苦しんだ。


具教は筒井順慶らを門前まで見送り、信長の待つ部屋に戻ってきた。筒井順慶には信長が来たことは伝えていない。彼らが信長にさしたる興味もなく、これからどのような関係になるか、予想できなかったのだ。信長が三好勢と関わりのある六角とのつながりを持っていることも気になった。


信長は正装にて控えていた。


「これは信長殿、久しゅうござる。本日は半分は忍びだによって、この服装で許されよ」


具教は立ったまま会釈した。


「かまいませぬ。この信長、鉄砲の買い付けを仲介していただきに参ったまで。中納言様には何用にてこちらに」


丁寧な言葉遣いで席を下座に移した。上座に座った具教はまずは桶狭間の勝利を祝った。


「信長殿には先だっての今川との戦、当方としても嬉しい限り。よう勝利なされた」


信長は深々と礼をすると、北伊勢での戦について述べた。


「中納言様が北伊勢で戦をしておられたので、余分な兵を西に向けることがなく、今川に対峙できました。これもご支援のたまものかと」


「いやいや、北伊勢をものにできれば、信長殿の上洛に障害がなくなると思うておったが。予想以上の苦戦にて、苦労したわ」


笑いながら返答したが、次の言葉に具教の表情は曇った。


「かまいませぬ。いずれは誰かがこの一帯を統一してくれるでしょう。そのものと同盟を結べば、京まで安心して行軍できるでしょう。それが誰であってもよいのです」


まさか、信長は三好や六角が機内に勢力を伸ばしてもやがて同盟を結ぶというのか。とりもなおさず、自分と敵対するということになる。


「それが六角でも、か」


信長は笑みを浮かべていた。それは具教にとっては不気味であった。


「もうお聞き及びですか。さすがは伊勢に一大勢力をなす中納言様。もちろん、中納言様が六角など退けていただければ何の問題もありませんが」


『こやつ、天下を我が物にする気か』動悸が激しくなるのを具教は感じていた

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