第11話 新しい室町幕府の始まり
会談はまだ続いていた。日もすっかり落ちようとしている。枯山水の庭は静寂を通り越して闇の怖さを予感させる雰囲気があった。
ここで室町幕府の内情について整理しておかねばなるまい。応仁の乱は、斯波氏、畠山氏の家督争いに各種後大名や将軍の跡目争いも加わり、大きな戦乱となった。そして、十一年後、ようやく落ち着いた頃には、足利将軍の権威はすでになく、守護大名、有力な豪族達があちこちで領土拡大をねらって争うようになっていた。京都では、三好長慶が権勢を振るい、実質的な幕府の支配者となっていたのである。
そんな室町幕府であったが、足利義輝が将軍につくと、室町幕府を足利将軍の下に取り戻すために奔走し始めた。当然、三好一族との争いは激化していったのである。
将軍となった義輝は、武芸にも秀でていたといわれ、塚原卜伝の指導を受けている。北畠具教もまた、塚原卜伝との縁が深く、免許皆伝の資格を得ていた。ふたりはいわば、剣においては同門である。朝廷へも度々参内する具教は、将軍義輝とも天下の行く末について話し合っていた。
「光秀殿、今の室町幕府をどう思う。」
静かな目で具教は尋ねた。
「今の室町幕府は三好長慶が実質の差配を行っていますが、どうも私利私欲というか、自分の地位と欲得しか考えておらぬ様子。応仁の役よりすでに十数年の時が流れているというのに、京はいまだに昔の面影を残しておらず、町中には宿もなく、あばら屋に住む者が未だ多く見受けられます。本当なれば、そういった物に目を向け、帝のおわす禁中洛外をきれいにせねばならないと思いまするが、長慶にはその気配は全くなく、憂いばかりが募ります。」
「全く同じ思い」で具教は室町幕府を見ていた。
「政とは争いじゃ。互いの勢力を奪い合うことによって力を得るのは道理。しかし、その先には天下国家についての夢がなくてはならぬ。下々の者が平和に日々の暮らしを全うできる世を目指さねば争いはつきぬ。」
少し間を置いて具教は続けた。
「だが、義輝様にはそれがない。足利義満公が成し遂げた世の中を夢みておられる。過去のものを追い求めても元には戻らぬことがわからぬのだ。日野富子や足利義政公が諸悪の根源とは思うが、義満公が行った政がひいては応仁の役を引き起こしたともいえる。だから、酷なようだが義輝様が今、ご自分の思われるように権力を持てたとしても、長い安寧の世は来ないのだ。」
具教は義輝が好きだった。良き盟友とも思う。しかし、敵討ちや権力抗争だけでは、世の中は治められないことを、長い伊勢の統一の歩みから学び取っていた。そのことが、義輝を将軍として完全に信頼していない気持ちにさせていた。
黙って聞いていた明智光秀が、瞬きをするとゆっくりと口を開いた。
「確かに義輝様のお噂を聞くと少々やり方が荒っぽい気が致します。将軍には力と大きな度量、優しさが伴っておらねばならぬかと存じます。しかし、今の将軍を除いて、将軍家をも操る人物がおられますか?一角の人物では三好長慶と同じになってしまう。そうではありませんか、中納言殿、いや、”ともさん”」
「だからよ、光秀、そなたに聞いておるのよ。」
具教の目が一瞬輝いた。その目を見て、光秀は全てを悟った。信長がその人物にふさわしいかどうか、確かめようとしているのだ。光秀はその答えに自信があった。信長にはその器量がある。世の中を変革し、新しい世を創る勢いもある、最適だと思った。
「信長様でございますね、あの御仁には度量もあり、新しい世を創る勢いがあります。そして本来は優しいお方です。」
具教はうなずいた。その表情から「腹は決まった」と決断したことが誰の目にもわかった。
すでに日は暮れ、月が遠くの山の稜線から出ようとしていた。
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