第93話

 翌日の昼休み。鐘が鳴ると同時に、仲の良い生徒同士で席の移動が始まった。

 諌矢は須山達と学食に行ってしまい、俺の周りの席に西崎や竹浪さん達クラス内のリア充グループの女子数人が集まってくる。

 諌矢ならともかく、俺と西崎達ギャル系グループとの接点は皆無。

 話しかけられる事も無く、ぼっち飯を満喫する。

 今日のメニューはコンビニから買ってきた小さなカップに入れられた豆サラダとカレーパン。

 このところゼリー飲料が続いていたので久々に豪華な昼食だ!


「そういえば、瑛璃奈さー」

 俯いて黙々と食べていたら、隣の会話が嫌でも聞こえてくる。

 机をくっつけて楽しそうに昼食を摂る四人のギャル系女子。軽い口調で話を切り出したのは竹浪愛理だった。


「結局、あの後は上手くいったん? ほら、球技大会の時!」

 陽の光に当てられると緑灰色に見える脱色された髪。腰元までのそれを結い上げてアップでまとめたギャル系女子は西崎の親友でもある。


「あー。ダメだった」

「え、何? 瑛璃奈、何かあった系?」

 隣で弁当を食べていた西崎が首を振り、それにもう一人の女子が反応した。


「ほら、前に言ってたじゃん。風晴の……」

「あー」

 竹浪さんが小声でそれとなく伝えると、その女子は全てを察したのか納得する素振りを見せた。


「ダメだったって……? あ、言いたくないなら別に良いけど」

 グループ内でも西崎が諌矢にアタックを掛けているのは周知の事実らしい。頬にかかった髪を片耳に掛けながら、その女子は西崎に畳みかける。

 どこかサバサバしていて、西崎とも対等に接しているように見えた。

 西崎はグループ内の仲間には慈悲深い性格をしているのだろうか、人当たりの良い笑みを浮かべてその女子に首を振り返す。


「あいつさー。有耶無耶にしてきたんだよね」

「「「えー!!!」」」

 西崎を囲うリア充女子軍団が一斉に溜息を漏らす。女子力が高すぎる会話だ。

 当事者でもなんでもないのに、隣にいると変な汗が出てきて気が気じゃなくなる。

 早く終わってくれないかな、この話題。

 窓際の席なのでこの時期暑いのは当たり前だけど、さっきから身体中から嫌な汗がじっとりと噴き出てくるんだよなあ。

 昼食代わりのカレーパンを齧ってもおかしいな、あまり辛くないぞ。

 俺はそんな味のしないカレーパンをむしゃむしゃと腹に詰めながら、ふと思う。


 ――そもそも、何故西崎達はここでメシを食っているのか。


 いつもなら、諌矢や須山を始めとするリア充男子グループと一緒に学食に行っているはずなのだ。

 それを予見した俺は静かな教室で昼食を楽しむべく、とっておきのカレーパンを用意してきたというのに。

 ああ、クソ。完全に予想が外れてしまったじゃないか。

 早食いは消化に悪いから午後の授業中に腹を痛める可能性もあるけど状況が状況だ。さっさと食い終わってこの状況から抜け出さなきゃ…


ってさ。チャラい癖に、妙に鈍いっつーか。なぁんか空気読んでくれないとこあるんだよねえ」

「風晴がぁ? 意外ー」

 少しだけ驚いたような声音の竹浪さん。

 そりゃそうだ。距離感近めの態度言動の西崎に、それを拒否しない諌矢。二人の距離感は周囲から見ても仲良さげだ。

 多分、クラス内ではこの二人が付き合ってると思い込んでいる者もいるだろう。

 でも、西崎の話しぶりからすると諌矢との進展は未だ変化無しのようだ。


「本当に何も無くてさあ。はーあ」

「マジかー」

 落胆気味の西崎に他の女子達が追従するように溜息を合わせる。

 西崎と諌矢の間には何もフラグが立っていないのはもう確定事項なんだろう。あれだけ西崎が諌矢にアタックしているにも関わらずだ。

 そうなると、諌矢の行動原理がよく分からない。

 諌矢の性格的に、好意を隠そうとしない西崎にもホイホイついていきそうなイメージがある。

 俺の知ってる女好きで軟派男でチャラい風晴諌矢は一体何者なんだろう。

 尚もテンション高めに会話を交わすギャル系女子グループ。


ってさ、球技大会のあたしの怪我とか自分のせいだとか気にしてたみたいだし。負い目とかあるんじゃないの?」

「そういえば、テニスで足挫いてたよね? もう大丈夫なの?」

「ああ、もう余裕」

 尋ねる女子生徒に、西崎は足をプラプラさせながらご満悦そうな笑み。


「だからさ、そーゆーので遠慮してるとかなら大丈夫なんだけどって言ったんだけどさー」

 西崎はどこか他人事みたいな口調。取り巻き達に事の次第を説明し続けている。

 椅子の上ですらっとした足を組み、諌矢との一件も大して気にしてませんって雰囲気。流石、この教室の女王だ。

 ん……?

 そこで初めて俺は西崎が先程から放っていたもう一つの違和感。その正体に気づいた。


「諌矢って本当、ああ見えて鈍いんだよね。気づけっつーの」

「ねー」

 珍しく笑顔を見せる西崎に向かい側の女子生徒が相槌を打つ。

 俺の知っている西崎は諌矢の事は名字の『風晴』だけで読んでいた。

 だからこそ、今西崎が言った『諌矢』という呼び方が恐ろしく違和感としてこびりついたのだ。

 たまらず横目で窺うと、さっきまで西崎の愚痴の聞き役に徹していた竹浪さんと目が合う。

 普段賑やかな竹浪さんは珍しく何も言わないまま、マスカラで盛られた長い睫毛がぱちくり。おでこで分けられた前髪の房が頬にしな垂れてゆらゆら。


「……!」

 俺は急いで目の前の昼食に視点を戻した。

 まさか、彼女達も無意識の内に違和感を覚えているのかもしれない。

 その後も会食は続く。途中でテレビやら俺が触れることのないSNSの話とか違う方向にもいくけど結局、話題の中心は西崎と諌矢の一件へとループする。


「本当だよね、本当何なの諌矢って感じ――って、またこの話戻ってるし、あんたらマジなんなん!?」

「あはは」

 西崎がキレ気味にふざけると、笑いが零れる。


「大丈夫だって。瑛璃奈って可愛いし、好き避けとかじゃないの? きっと」

「紫穂。そういうのいいからマジで」

 鬱陶しそうに西崎が返すと、フォローを入れようとした黒髪ショートカットの女子はしおれた花みたいに黙りこくってしまう。

 竹浪さんともう一人は割と適当に流してる感じだけど、この女子生徒――野宮紫穂だけは違う。

 西崎に露骨なフォローを入れまくっている。

 確か、野宮は一人だけ別の中学出身でグループに取り入るのも人一倍必死だとか。そんな話を竹浪さんから聞いた記憶がある。

 失恋しかけた傷心でも虚勢張ったり、それを聞いて機嫌窺ってフォローしたりヨイショしたり……本当に女子の人間関係って面倒くさそうだ。


 でも、まあいいや。

 西崎と諌矢のリア充コンビがどうなろうと俺には関係ないからな。


 ――ごちそうさんでした。午後はお腹痛くなりませんように。

 豆サラダの最後の一粒を食べ終えた俺は、さっさと教室を後にした。

 

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