あいつはベタ惚れでチョロいから

縁代まと

あいつはベタ惚れでチョロいから

 ヘレナという女をフッたのは一年前のことだ。


 道に迷っていた時に親切にしてやったらすぐに懐いた。

 飼い葉を積んだ荷馬車が村にとまっており、ついつい飼い葉に寄りかかって昼寝をしていたらそのまま街まで来てしまったらしい。


 どんくさいが顔は良かったんで、軽く口説いたらあっという間に俺の女になったのを昨日のことのように思い出せる。

 だが五年ほど付き合い、飽きてきた頃に結婚を望まれるようになった。

 三つ編みにした薄茶色の髪と蜂蜜色の目、俺が女にしてやった肉体。悪い出来じゃないが、そんな見飽きたものをこれからもずっと見なきゃならないのか?


 鬱陶しいったらありゃあしない。


 そこで俺はヘレナを諦めさせるために、他の女を連れてきてフッてやった。

 街中で通行人に聞こえるように言ったのも効いたんだろうな、背を向けて逃げ出してそれっきりだ。


 俺は上級魔法使いだぞ。

 今も昔も美男子だと呼ばれているし、体も鍛えてるしパーフェクトにも程がある。

 顔が良いだけの女でなくても引く手数多なんだ。


 あいつは俺のものだったが、俺があいつのものだったなんて思い上がるのはやめてほしい。


 ――しかし、その後。

 ヘレナはじつは大魔法使いの子孫で、突然その才能に覚醒したと知った。

 努力をせずに力を得られるなんて羨ましい限りだな。


 一年間でかなりの数の功績を耳にしたが……力の使い方がヘタクソだ。

 実力は付いてきたようだが、金にもならない貧民を助けたりボランティア紛いのことを繰り返しているらしい。

 ついついドブに札束を捨てる光景を思い浮かべてしまった。


 俺ならもっと上手く使って、何倍もの金を稼げるのに。


 そこで名案が浮かぶ。

 あいつとヨリを戻して、俺がプロデューサーになればいい。

 大きな力は力の使い方をわかってる奴が扱うべきだろ?


 五年経っていようが、あれだけベタ惚れだったんだから簡単だ。

 それに話を聞いたところによると新しいパートナーを作ったことは一度もないそうだ。つまり俺に未練タラタラなんだな。

 連絡をするとすぐに駆けつけてきたのだから、それは確信に変わった。

 やっぱりこいつはまだ俺のことが好きだ。


 しかし、ここは演技も必要だ。


 あの日のことはドッキリで、後から種明かしをする予定だったが気まずくなって打ち明けられなかったのだと涙ながらに伝える。

 俺が悪かった。

 後悔してる。

 お前を忘れた日はない。

 もう一度やり直したい――そう言い重ねて抱き締めてみせた。


 するとヘレナも抱き返してくる。


「もうはなさないで……!」


 本当にチョロいな。

 そう考えながら次のセリフを口にしようとしたが、声が出ないことに気づいた。

 顔を上げたヘレナは俺を見つめる。その周囲には普通は見えないはずの魔力のオーラが漂っていた。つまり目視できてしまうほど強力だということだ。


「もう話さないで」


 無詠唱で、魔法使いにとって重要な声を奪われた。

 屈辱を感じるのと共に、ヘレナはこれが狙いだったんだと気づいた時には後の祭り。こいつは俺に復讐をするために力を磨いていたに違いない。

 読み違ったと血の気が引いたところでヘレナが口を開く。


「無力なあなたを、これからは私が大事に慈しんで養ってあげる。ずっとずっと」


 死ぬまで。

 私があなたのものだったように、あなたも私のもの。


 そう囁いたヘレナの表情は、脳に焼きつくほど鮮烈なものだった。

 綺麗、美しい、妖艶だと呼べるほどだというのに、目を離した瞬間に食われてしまいそうだ。

 それは笑みの形をしている。

 幸せそうな、本懐を遂げた顔だ。


 もうなにも言えやしない。


 ――まだ俺のことが好き。

 その部分だけは、最悪の形で当たっていたようだった。

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あいつはベタ惚れでチョロいから 縁代まと @enishiromato

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