第42話

 その町は定番というか、異世界ファンタジーのテンプレみたいな都市だった。

 川を中心に、円形の城壁で周囲を囲った典型的な城塞都市。

 ちょっと違うのは、朝からそこかしこの煙突が黒煙を巻き上げてるくらいだろうか。

 ヤイバたちを乗せたミネアポリントン号は、その城壁の外へと着陸する。

 既に多くの市民たちが集まっており、降ろされた飛竜に歓声が上がる。

 そして、やっぱり例の祈りの言葉が紡がれる。


「肉も骨も、爪も角も、一片たりとも余さずに。ただ魂のみ、天へと還れ」


 町から来た司祭らしき老人の声に、皆が脱帽して「天へと還れ」と祈る。

 勿論、ヤイバやチイ、カホルもそれに倣った。

 そして、解体作業と同時に誰もが商人の顔をのぞかせる。


「よーし、久々の上物だ! 肉をあるだけ買い付けろ!」

「竜油をくれ! 食用から化粧品まで、竜油は万能素材だ!」

「ちょっと待て、並べ! 並んで! 押さないで! 一列に並んで!」


 あっという間に、活況の朝に早変わりだ。

 早速ヤイバも、船長を囲む輪の中に入ってゆく。と、その前に振り返ってチイとカホルに語りかけた。


「二人共、あまりブランシェから離れないでね」

「おっけまる! あーしがブランシェちゃんはガチで守るし」

「そういう意味もあるけど、離れすぎると魔法の範囲外になって会話できなくなるからね」


 カホルが首を傾げて、見えない疑問符を大きく頭上に浮かべる。

 逆にチイは「なるほど」と頷き、ヤイバの言葉尻を拾った。


「以前イクスさんが使ってた、一定範囲の空気と音の周波数を変換する魔法ですね」

「そう。実は随分前からその魔法も、イクスさんからブランシェに移ってたんだ」

「そなんだ……あ、じゃあ異世界で言葉が通じるのも、今はこの子が」

「そゆこと。ま、かなり広い範囲だと思うけど」


 イクスすら自然過ぎて、気づかなかったようだ。

 無意識に翻訳結界を広げていたが、その中心地はイクスから今はブランシェに移っている。その魔法の範囲は結構広いんだなとヤイバも驚いているところだ。

 ブランシェ自信の魔力、術の技量が高いことを指し示しているのかもしれない。

 そういう訳で、二人にはブランシェと一緒にいてもらう。

 ヤイバはそのことを確認しつつ、大人たちの中に分け入った。

 値段の交渉中らしいが、船長はすこぶる不機嫌だった。


「甲殻が1kgあたり5,000ティン!? 鱗は1枚で80ティン……話にならねえよ!」

「あのなあ、船長さん。もう魔王もいないし、飛竜の素材で武具を作る職人も減った」

「けど、昔はあんなに重宝してただろう! なにも武器や防具だけじゃない、色々と」

「昔の話になったんだよ。今は銅や鉄の方が沢山作れるし、軍隊も槍や剣より鉄砲だ」

「……なんてこったぁ、こりゃ赤字か、クソッ」

「お前さんたちも色々竜以外も捕ればいいのさ。大猪や山犬なんかも最近は」

「俺たちは飛竜狩りだ。それ以外を殺める気なんざハナからねえよ」


 どうやら、何も無駄にしないと天に誓ったわりには、市場は随分危機的な状況らしい。もっともなことだとヤイバも思う。ここはよくある、一狩りいこうぜ! な時代を終えているのだ。もし魔王と闇の軍勢が健在で、魔法があれば需要もあったろうに。

 金属製品なら鋳型で大量生産できるし、どうやら飛竜の素材は値崩れしてるようだ。

 そこでヤイバは「すみません、僭越ながら」と交渉に割って入る。


「あの、どういった形でなら甲殻や鱗を高値で買ってもらえるでしょうか」

「そりゃ、まあな……加工が難しいんだよ。職人もこの町にはいねぇ。まあ……均等に綺麗に切ってくれりゃいいんだが、見てな?」


 その大男は、肩に担いでいた大斧を、不意に飛竜の死骸へと振り下ろす。

 ガキン! と音がして僅かに鱗が欠けて飛び散った。

 だが、ほぼ無傷……死して尚も、ワイバーンは強靭な防御力を残していた。


「ノコギリとかも総動員でばらすんだがよ、どうしても綺麗には切れねえんだ。硬すぎる」

「なるほど、確かに難しそうですね」

「ばらすとなると一日仕事だが、大きさも厚さもてんでばらばらになっちまうしな」

「鱗も、気をつけないと砕けてしまうみたいですね」

「そゆこった、ボウズ」

「では、こういう話はどうでしょうか」


 商人たちが欲する「綺麗に単一規格で揃った素材」の大きさを尋ねる。

 鱗は一枚一枚綺麗に砕けず取れれば、高値でも買ってくれるそうだ。そして鋼の如き甲殻……これを引き剥がすのは骨がいる上に、全部同じ大きさに切りそろえれば破片が大量に余る。それでも、1m四方の正方形に整えてくれるなら、値段も考えてくれるそうだ。

 さてと、ヤイバは腰にならんだナイフの数々を確認する。


「じゃあ、僕が捌きますんで。船長、引き続き値段の交渉を……ええと、1mはこれくらいかな?」


 すぐに、別の船員が巻き尺を持ってきてくれた。

 本来は重さも長さもこの異世界では違う単位だろうが、ブランシェの魔法のお陰で程よくキログラムとメートルに変換されて聞こえる。

 そしてヤイバは、船員が図ってくれた長さを確認して一本のナイフを抜いた。

 それは、ナイフと言うよりは短刀、その刃は鋭くカミソリのよう。

 それをすっと、甲殻に差し入れてゆく。

 なんの抵抗もなく、溶けかけたバターを切り分けるような感触だった。


「お、おいおいボウズ! こりゃあ」

「ちょっとした業物でしょ? 借り物ですけど……これは切れ味だけに特化したものです」


 丁寧に肉から剥がして、そっと持ち上げる。

 手が血と脂で汚れたが、その臭い新鮮さを感じた。

 こうしてヤイバは、皆の眼の前で正確に1m四方の甲殻を切り出した。綺麗な直線で構成された正方形は、同じ要領でどんどん作れるだろう。無駄になる端材も少なくて済む。

 目を丸くした船長は、改めて交渉を再開した。

 商人たちも、こういうものならと声を熱く高ぶらせる。

 その会話を聞きつつ、他の船員にも手伝ってもらって、せっせと同じ大きさの甲殻をどんどんヤイバは切り離していった。鱗も丁寧に、割れたりしないように削いでゆく。


「よし、これなら甲殻1kgにつき12,000ティンだな。鱗も程度がいい、1枚150ティンは出そう」

「そうこなくっちゃ、いけねえぜ! おう、ボウズ! どんどんやってくれ! 肉も頼む」


 甲殻はサイズさえ揃っていれば、なんと建材になるらしい。なるほど、この硬さのものを隙間なく敷き詰めれば、床だろうが壁だろうが頑強なものになるだろう。

 鱗は昔は集めて鎧を編んだりしたようだが、今はご婦人用の装飾品になるとのことだった。

 そして、肉。

 あらかた甲殻と鱗を剥がしてから、船員たちのアドバイスで肉を切り分ける。

 内蔵関係も全部、丁寧に剥がしていった。

 それにしても、よく切れる。

 魔法の加護もあるのだろうが、冴えわたる切れ味は屈指の業物を連想させた。


「ふう、あとは骨……余すことなく使うってことは」

「そうだぜ、ボウズ。あとは力仕事だ、関節を一つ一つバラしていく。竜の骨や、牙、爪なんかは粉末にして薬として飲むんだ。いろんな薬品にも調合される」

「本当に捨てるところがないんですね」

「ああ。内臓は洗って加工すれば酒の肴になるし、このへんじゃまだ手に入らないゴム素材の代用品にもなる。血は地面にだだもれだが、ここいらはいい土の畑になるだろうよ」


 こうして、お昼前にはワイバーンはバラバラになって現金に代わった。

 最盛期のようにはいかなかったみたいだが、船長はホクホク顔である。

 ふとヤイバが振り返れば、町に並ぶ無数の煙突は黒煙を風にたなびかせている。やはり、工業化の始まった時代を感じて、竜の亡骸とのギャップに少し驚いた。

 同時に、これから科学による消費社会文明になるのかと思うと、複雑な心境だ。

 ただ、今は黙って仕事に専念し、それを片付けると船長が駆け寄ってくる。


「助かったぜ、ボウズ! 普段は丸一日かかるんだがな。すげえナイフだ。……もしや、魔法のかい?」

「ええ、まあ。偉大な大魔導師から借りてるものです。切れ味だけに特化したものですね」

「あんだけ綺麗に取れりゃ、高く売れる。どうだボウズ、うちの船に今後も乗らねえか?」

「ありがとうございます、でも……僕たち、人を探して旅してるんです」

「なるほど、ふむ……まあいいさ、どこかでまた会うだろうよ。そん時は考えてくれ。それと」


 船長は小さな皮袋を押し付けてくる。

 紐をほどいてみると、中に銀貨がびっしり詰まっている。


「少ないが、謝礼さ。労働には対価、だろ? 全部で20,000ティン、大事に使えよ」

「ありがとうございます。実は旅の路銀に困ってたところで」

「なぁに、こっちも久々に設けが出たからな。俺たちゃしばらくこのイ=ツェルの町にいる。なにかあったら頼ってくれよ? ガッハッハ!」


 渡されたタオルで防具の汚れを拭き、最後に例のナイフを確認する。

 刃こぼれ一つないし、血と脂を拭き取ったら真昼の陽光に鋭く光る。

 後で本格的に手入れするとして、それをしまって瞬時に着替えた。冒険者としての姿は一瞬で普段着に代わる。

 因みに、意を決して出てきたのに、普段の部屋着、上下共にスェット姿だった。


「お疲れ様です、ヤイバ君」

「あれ、チイ? カホルは?」

「カホルさんはブランシェちゃんの面倒を見てくれてます。私はこれを片付けてきました」


 見れば、チイは書類の束を持っている。

 それを船の会計係に渡して、あれこれなにかを話しているようだ。

 そして、彼女もまた小さな皮袋を貰う。


「帳簿の整理を手伝わせてもらったんです。例の翻訳魔法の範囲内なら、数字も文字も読めますから」

「なるほど」

「とりあえず、まとまったお金が手に入りましたね。ええと、カホルさんは」


 ふと周囲を見渡せば、竜の角に集まる子供たちの中にその姿があった。

 町の子たちに混じって、カホルもブランシェも瞳を輝かせている。竜の頭部より切り離された角は、これもまた薬の材料になったりするらしい。

 立派なもので、根本から頭蓋骨より切り離したので、数メートルもの大きさだ。

 やがて値が付き、商人の命令で複数人の人夫が角を町へと運んでゆく。

 それを見送り、ヤイバは改めて四人で船長に挨拶し、イ=ツェルという名の町に向かうのだった。

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