第21話 ほんの少しの違和感
無事にオープンを迎え、最初の数日は忙しくしていたものの、事前に運営の形を決めていたのもあり、すぐに平穏な日々を過ごせる様になった。
カルデアはあの販売会、そしてオープン時の人の多さに、自分の手がけた作品を求められていると実感したのか、デザイン欲が湧いて毎日の様に紙にペンを走らせていた。
私はというとリアムの不在の間、いつもソフィアが補佐として手伝いしてくれるのだが、成長につれて聡明さを表してきたソフィアのおかげで、ただ机に向かい、事業計画や決済などの書類仕事だけに留まっていた。
月に一度しか店舗や工場を偵察に行けない私に変わって、カルデアを連れてソフィアが定期的に偵察に行ってくれているからだ。
それだけではなく、社交界で手に入れた流行についてなどの情報も提供してくれるから、とても助かっている。
こうして何度もソフィアと顔を合わせても、過去の淡い気持ちがうっすら湧きはするものの、それ以上の感情は湧き出てこない。
彼女への気持ちはようやく終わりを告げたのだと、少し寂しい様な気持ちが残ったが、これで良かったのだとホッとした気持ちの方が大きかった。
そんな風に思える自分に、笑みが溢れた。
冬の寒さも本格的になり、鼻につんとくる澄んだ冷たい空気がほんのり涙を誘う。
リアムが森へ行って既に一ヶ月が過ぎた。
いつもならもう帰宅しているはずなのに、今回は予定より遅い。
何かあったのではないかと不安だけが付き纏う。
本邸から仕事部屋がある離れへと向かう途中、ふと森がある方向へと視線を向ける。
いつの間にか、リアムがそばにいるのが当たり前になっていたからか、リアムの声が恋しいと思ってしまう。
そんな感情に、私も執着しすぎだなと苦笑いが溢れた。
いつまでもその場から動こうとしない私を、隣で心配そうに見つめているメイドに笑みを向け、行こうかと言いながら足を動かせた。
その日の夜、窓の外を見ながらふと思い出す。
いつの間にかリアムに対して持ち始めた小さな違和感・・・。
それは、妙に大人びたリアムの態度だ。
邸宅に来た頃は、オドオドした気弱な子供だった。
次第に慣れ始め、笑顔を見せ始めた頃はどこにでもいる普通の子供だと思った。
最初に違和感を覚えたのは、リアムが初めて自分は魔女の末裔で、私の力になりたいから森へ行きたいと告げた日だ。
何か記憶が戻ったからなのかと思ったが、その辺りから確信めいた言葉を発するようになった。
自分の記憶が、私を救うのだと・・・。
そして、森から帰ってきた日、いつもの様に笑顔で私の名を呼ぶリアムに少し違和感を覚えた。
その日から、徐々に態度や言葉使いが大人びてきたのだ。
私は何度も人生を繰り返して来たらから、今更、子供のふりをするのに疲れてこうなったのだが、リアムにとってはこの人生が初のはずだ。
なのに、ただ私の真似をしているだけなのかも知れないが、時折、成人した大人と接している様な錯覚に陥る。
毎回、森へ力の回復と記憶を取り戻しに行っていると言っていたが、徐々に記憶が鮮明になって来たのかもしれない。
それが、どう私と繋がりがあるのか、それがどんな意味をなすのか不安でもあった。
その日、不安を抱えながらも、リアムがくれたペリドットを握り締め、私はどうにか眠りについた。
「ラファエル様、ただいま戻りました」
そういつもの笑顔で突然帰って来たのは、更に一週間経った頃だった。
何事もなかった顔で帰ってきたリアムに、カルデアは抱きついて泣きながら喜び、ソフィアはぶつぶつと文句を垂れる。
そんな2人に、リアムは心底嫌そうな顔をしながら、2人に適当な返事を返す。
まるで本当に何もなかったようないつもの風景に、私はほんの少し苛立ちを感じ、少し強めの口調でリアムの名前を呼ぶと、一斉に私へと皆が視線を向ける。
「ラファエル様・・・ご心配をおかけしました。僕は無事です」
困った様な、どこか嬉しそうな表情で、こちらの意図を悟っているかのような返しに、私は深いため息を吐く。
それから諦めたように、リアムを見つめ小さく微笑んだ。
「おかえり」
そう返されたリアムは満面の笑みを浮かべ、「ただいま」と言葉を返した。
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