絶対に婚約破棄させたい悪役令嬢 vs 絶対に成婚したい最強チート王子
センシ・ロジカ
01.絶対に王子と結婚してはいけない悪役令嬢
私の前世は、27歳のOLだった。
勤務先は、夢も希望も絞りとるようなブラック企業。
心も身体も、すり減らすだけの毎日だった。
そんな私の命が尽きたのは、ある冬の午後。
信号の向こう、小さなランドセルが車道に飛び出した。
条件反射のように走り出し、
私はその子どもを突き飛ばすようにして庇った――
その瞬間、もう一人の少女が私の隣にいた。
制服姿の、凛とした目をした高校生と思わしき女の子。
私たちは言葉も交わさず、ただ同じ方向へ手を伸ばし、
一緒に、その子どもを未来へと押し出した。
小学生は助かった。
だけど、私と彼女は、そこに命を置いていくことになった。
最期に思ったのは、
「――もったいないなあ、死ぬのは、私だけでよかったのに」
それは、どこまでも静かな、悔いにも似た想いだった。
冷たい道路に横たわっていたとき、彼女と目があった。
彼女はどこか安堵したように、そして、満足そうに僅かに口角を上げた。
それにつられたのか、私も、不思議と、怖くはなかった。
冷たい感覚と、その感覚すら遠くなっていく感覚。
悪くはない最後だと、本気で思った。
ただ、惜しいと思った。
まだ、生きる余白が果てしなく広がっていた彼女の未来が、
私の死に巻き込まれたことが、ただ悔しかった。
その想いが、
運命の軌道を少しだけずらしたのかもしれない。
だから、今、私は――
______________________
断片的に――ほんとうに断片的に、だけど。
たった今、私は前世の記憶を思い出した。
私の名前はヴェロッサ・カーニング。
侯爵家の令嬢。9歳。銀髪ポニーテール。
魔力適性ほどほどだが家柄が良すぎるため貴族界のサラブレッド扱い。
……うん、完全に乙女ゲームに出てくる悪役令嬢である。
で、これがただの気のせいじゃなくて確信に変わった理由。
それはこの世界が、私が女子高生だったころに青春のすべてを捧げた、あのRPG乙女ゲーム――
『レジェンド・オブ・ハーツ』
通称・レジェハー
(※「レジェハツ」と呼ぶ人もいるけど、個人的に居酒屋のメニュー感あるので却下です、異議は認めない)。
……の世界だったからである。
まさかゲームの中に転生するとは。
いや、わかってる、ベタ中のベタ。けれど嬉しいものは嬉しい。
だってこのゲーム、マジで神ゲーだったから。
なんという僥倖なのかしら……うん、前世で善行を積んできて良かったわ。
まあ、目立った善行は最後の最後に一回きりなんだけどね……。
煌びやかなホールの中で、音楽に合わせて優雅に踊る貴族たち。
その片隅に用意された静かな応接間で、私の父と、このエクスハイド王国の国王が話をしている。
優雅に踊る貴族たちと、隅の応接スペースで交わされる貴族同士の密談。
その動と静の対比はいかにも特別なイベント性を感じさせる。
あれ? ここってまさか……と思ったら案の定。
父(=侯爵)と、国王陛下(CV:超有名声優)が謁見しているではないか。
その国王の背後に、ひょこっと現れた少年。
ちょっと緊張した様子で、目を伏せながら――
「よろしく、ヴェロッサ……」
おずおずと私に挨拶をした男の子は、この国の第2王子であるエルゼント・エクスハイド。
私と同じく現在、9歳。
そして彼は攻略対象の一人だ。
既に見目麗しいこの男の子は、この後6年の歳月を経て、絶世の美少年となる。
輝く銀髪と優しげな碧眼、立派な王子服に身を包みつつも、まだ王子としての威厳は垣間見えず、父王の後ろに隠れて人見知り発動中。
……え、なにこの破壊力。
可愛すぎる……。
ペロペロキャンディとかあげたい……。
尊死。手厚く保護したい。尊い……。
小さな王子に向かって、私はごく自然にほほえみを向けた。
それは貴族の娘として身につけた、品と余裕をにじませる完璧な笑顔――のつもりだった。
……が。
エルゼント王子は、ぱっと私に視線を向けたかと思うと、はにかんだように微笑み、すっと国王の背後に隠れてしまった。
(な、なんてピュア……もはやエモいッ!)
ちっちゃな手で父王のマントをぎゅっと掴む仕草、耳まで赤らめた横顔、微妙に揺れる輝く銀髪。
まるで高級陶磁器のように繊細で、愛らしさの塊……!
人見知りボーイ、尊すぎる……エモだわ!
※ただしこの子、6年後には王族ファンブックで「国民的初恋」と呼ばれるレベルの超絶美少年になります。はい、知ってる(私、前世でプレイヤーだから)。
完全に悦に浸って限界オタク化している私だったけれど、流石に冷静に貞淑を装いつつ、周囲を見渡す。
ふと視線を上げると私の父と、彼の父、つまり国王がいまだ熱心に語り合っている。
声のトーンも所作も、まさしく一国の未来を見据える男たちのそれ――。
「私の目から見て、カーニング家のお嬢さんは、エルゼントとの相性が極めて良い」
国王は、そう言ってから私に一瞥をくれた。
「魔力の波長も驚くほど近い。そこで、婚約の話を進めてみてはどうかと思っているのだが」
「これは光栄の至りです。ぜひとも前向きに……」
父は丁寧に頭を下げながら、目尻だけをわずかに上げていた。
……それ、完全に勝ち戦の笑みだね?
まだ9歳なのに縁談かあ、流石は王家と貴族の会話……進んでるなあ……。
(いや、ちょ、ちょっと待って……話が早くない……?)
エルゼント王子、まだ9歳。私も9歳。
なのに縁談が成立しそうになってるって、王族と貴族の婚姻事情、スピード感えぐいなー?
とはいえ、この国では魔術適性――つまり魔力の質と量――が、王位継承の最重要項目とされている。
だからこそ、優秀な子供を授かるために、魔力の相性がいい婚姻は、政略として極めて理にかなっている。
……で、よりにもよって、その「魔力の相性がバツグン」っていうのが、
よりにもよって、この私とエルゼント王子だったと。
国の未来のためと考えて、是非ともこの縁談を、前向きに考えてほしいとのことだった。
生まれ持った魔術適正のおかげで、私は王子様の婚約者になれるのね……。
もしかして、私の今世、勝ち組すぎ……?
そう思った矢先のこと、私の頭の片隅に、とある重大な記憶が蘇ってくる。
エルゼント王子の幼少期からの婚約者といえば、ヴェロッサ・カーニング。
……まごうことなき、悪役令嬢だ。
「いや! 待って!! 悪役令嬢ッ?!」
ホールの空気が、ぴしっと張りつめる。
父の目が鋭く細まり、王の眉がわずかに動いた。
「ヴェロッサ! 王の御前だ、慎みなさい!」
「……ご、ごめんなさい、お父様……!」
精一杯、淑女のふりをして頭を下げる。
けれど内心では、もうパニックである。
(だってどうするの、これ……?)
王は「ふむ」と一つ頷くと、顎に手を当てて少し考えるような素振りを見せた。
その仕草すらもどこか絵になるのが、さすがは国王というべきか。
「親が勝手に決めた縁談というのも、当人たちにとっては重荷になるやもしれん」
王は声の調子を和らげながら、私に目を向けた。
「しばらくの間、君の屋敷へエルゼントをよこすことにしよう。二人が親しくなる様子を見てから、将来を決めても遅くはあるまい」
父は驚きながらもすぐに姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「この上ないご配慮、感謝の極みでございます」
どうやら私のとっさの一声が、婚約拒絶と取られてしまったらしい……。
これからしばらくの間、エルゼント王子は私の屋敷に遊びにくることになる。
その様子を見てから、婚約の可否について判断するということに決まってしまったようだ。
さっそく、細かい日程について、私たちの父同士が話し合っている。
幼少期から約束された王子様との婚約。
一見して、夢のようなシチュエーション……。
しかし、私の前世の記憶をもとに、現状を整理していくと……。
これは……、とても理想的な状況とは言い難い……。
むしろ、絶望的な状況だ……。
私、ヴェロッサ・カーニングは悪役令嬢なのだ。
正ヒロインの攻略対象、エルゼント王子と幼少期に婚約を結びつつも、正ヒロインのエルゼント攻略をきっかけに、過去の悪事を王に暴露され国外追放となる。
自業自得とはいえ、破滅の憂き目に遭うことになる恋の噛ませ犬。
それが私の運命……。
しかし、悪役令嬢として破滅するだけなら、まだ救いはある……。
実は、自身の破滅以外にも、とんでもない問題があるのだ……。
当時の乙女ゲーユーザーを熱狂させた伝説的タイトル「レジェラバ」は一方で超鬼畜ゲーと定評がある。
その評価を決定づけたのは「世界滅亡ルート」と呼ばれる最凶バッドエンド。
「世界滅亡ルート」はメインヒロインがエルゼント王子攻略に失敗した際に確定で発生。
その内容は『エルゼント王子が持つ魔力が悪用されてしまい、世界が滅亡する』というもの。
確か、エルゼント王子と悪役令嬢ヴェロッサ……。
二人の成婚の儀式が、世界滅亡へのトリガーイベントとなっていたはず……。
前世の記憶が戻ったばかりのせいかしら。
まだ、詳細を思い出せないのだけど……。
ゲーム上のバッドエンドは悪役令嬢とエルゼント王子が結婚することになるわけだから……。
とにかく私とエルゼント王子がひとたび成婚してしまえば、この世界は絶対に滅んでしまうわ……。
どうしよう、どうにかしなくちゃ……!!
急に落ち着きを無くした娘が気になるのか、父が咳払いをする。
「ご、ごめんなさい、お父様……」
ひとまずこの場は大人しく乗り切ろう。
とにかく、この世界を滅亡の危機から守るためにも、私はエルゼント王子との婚約を絶対に破棄させなければならないわ……。
今のところ世界滅亡ルートを確実に回避するためには。
「メインヒロインがエルゼント王子を攻略する」以外に思いつかない……。
絶望的な心持ちを鎮めるために、私はエルゼント王子に視線を戻す。
それにしても、9歳のエルゼント王子、めっちゃ可愛いなあ……。
顔が良すぎるわ……どうしてこんな顔が良いのかしら……。
よく考えたら前世の私が17歳の頃の最推しだし、当然よね……。
もう、いっそのこと……。
「私がエルゼント王子とそのまま成婚して、世界が滅亡する」未来を選びたい……。
私の視線に気づいた王子は、しばらくきょとんとしていたが、少し恥ずかし気にはにかむ。
いや、前言撤回します……。
絶対に守りたい、この笑顔……。
私は冷や汗を垂らしながら、悶々と考える。
……考えろ、考えるんだ。悪役令嬢、ヴェロッサ・カーニング。
エルゼント王子の笑顔と、この世界を守るために、私に何ができるのか……。
……そうだわ!
最初から彼と婚約解消してしまえばいいのよ!
うーん、だけど、今は王の御前だし……。
この場で親同士が進めている縁談を、子供のわがままで有耶無耶にするのは難しいわね。
となれば……。
エルゼント王子が私の屋敷に来る間……。
できる限り彼から嫌われるよう、わがまま放題に振る舞えばいいのでは……?
私もそれなりに高位の身分、侯爵家の令嬢とはいえ、お相手が王家の御子息ということを考えると……。
エルゼント王子から婚約破棄をしてもらって、この縁談をなかったことにするのがベターよね……。
これだわ! これしかない!!
私はひそかに今後の作戦内容を決定した。
同時に、互いの父同士も、王子訪問の細かい日程まで話を決めたようだった。
王宮のホールをあとにして、到着した馬車に乗る私と父に、エルゼント王子が別れの挨拶を告げる。
「さようなら、ヴェロッサ」
私に向かって小さく手を振るエルゼント王子。
……思わず、私も手を振り返してしまった。
さようなら、エルゼント王子。
私とあなたが結ばれることはないけれど、あなたの幸せを心から願っているわ。
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