《エピローグ》
第38話
明くる日は予定通り、みんなで俺の部屋に集まっていた。
みんなとはもちろん、俺、サイカ、かがみ、爽太、渚の五人だ。
俺が試験勉強に根を詰めていたのはもちろんだけど、実は爽太の方も俺とは別ベクトルで大変だったらしい。
なんでもサークルの先輩から聞いた『本試は最強の過去問』なる名(迷)言を聞いてしまい、その甘言に乗ってしまって、勉強などまるでしていなかったようだ。
ちなみに本試とは本試験――つまり期末試験本番の試験問題のことだ。
どうやら再試験は本試験と似た問題で作られることが多いらしく、すなわち本試験の問題を見てから勉強を始めるのが最高にコストパフォーマンスに優れた勉強法だという誰が聞いてもヤバさしか感じない理論だ。
そもそもそれを言い出した先輩は俺たちとは他学部で、そこでは基本的に全員合格するまで再試験、再々試験、再々々試験……と手厚くやってくれるのだそうだ。
しかし我が工学部ではそうならない。
再試験は一応実施されるもののそれ以上は実施されず、再び赤点をとればそれで落単決定となる。
結果として留年率は三割に届こうかという、大学でも随一の高さを誇る学部だ。
それを爽太がまるで把握していなくて――ということを、集まってから延々と渚に愚痴られていた。
本当に大変だったみたいで、ぐったりとした様子でテーブルに突っ伏している。
見兼ねたかがみがその頭を撫でると「かがみ~~っ」と涙声で抱き着いていた。
かがみがそれを優しく抱きとめる。
うむ。眼福。
そして当の爽太はこちらの会話に参加せず、サイカにリベンジマッチを挑み続けている。
以前負けたことが相当悔しかったらしく、あれからずっと訓練を積んでいたのだとか。
先月にも何回か家に来たがったけれど、諸般の事情で断っていたため、だいぶフラストレーションが溜まっていたらしい。
今日は勝つまで帰らないと息巻いている。
大丈夫か?
「これで私の一五連勝ですね。いいかげん諦めたらどうですか?」
「くっそー! もう一回だ!」
「何度でもどうぞ」
サイカが澄ました声でいう。
爽太はトレーニングの結果を見せたいみたいだが、サイカにすべてにおいて上を行かれているらしい。
いつか爽太に勝てる日がくるのだろうか。
そのサイカは今、昨日俺が渡した新しいメイド服に身を包んでいる。
今日の朝は、起こしに来た新メイド服サイカが超可愛すぎて飛び起きた。
もはやサイカのために誂えた衣装なんじゃないかって思うレベルだ。
俺の中の潜在的メイドさん属性を疑わざるを得ない。
こんなことならもっと早く買っておけばよかった。
また課金してしまいそうだ。
これ無料?
お金払わなくてもいいの?
そんなふうに思いながらじっと見ていたら「視線が気持ち悪いです。童貞臭い」とすごく嫌そうな目を向けられた。
俺は悲しい。
そんな感じのぐだぐだが落ち着くと、今度は目の前に迫る夏休みの話になった。
一応、みんなおそらく再試はないので、試験をすべて消化した今は自動的に夏休みに入っている。
そういえば中間試験のときはすぐに結果を返してもらえたが、期末試験というか前期の結果は後期が始まる直前の一〇月近くにならないと判明しないらしい。
なんとなく高校生までのように一週間くらいでわかるものだと思っていた。
肩透かしを食らった気分だ。
多分大丈夫だと思うけど、日程が近づくにつれまた胃が痛くなりそう。
「みんなは夏休みどうするの? 何か予定はある?」
クッキーを頬張った渚が、問いかけてきた。
「オレはお盆に帰るくらいかなぁ。サークルも毎週あるみたいだし。バイトもやりてぇ」
爽太は基本的にこちらに残るみたいだ。
渚は知っていたみたいで、あまり関心はなさそう。
ということは、俺やかがみに知らせるために言っているのだろう。
多分、夏休みはこっちで遊ぼうぜ、みたいなニュアンスを含んでいるんだと思う。
「俺はサイカを連れて爺ちゃんのところに行くくらいかなぁ」
そう言うと、渚が瞠目して呟いた。
「本当に家出少女を匿ってるわけじゃなかったんだ……」
「おいコラ」
まだ疑っていたのかよ。
それでよく今まで友達付き合いを続けてこられたな!
……まぁそれはそれとして、実はまだ指導を受けられるわけではない。
爺ちゃんはさすがに忙しいらしく、予定を空けられるのは来年度になってからとのことだった。
研究所の出入りはゲストIDで出来るようにしてくれるみたいだけど、機器に触ることや情報にアクセスすることは許可されていない。
さすがに厳しく管理されているらしい。
「――あと、行くのはかがみも一緒」
だから今回行く目的は見学とサイカのメンテナンス。
それと、かがみの紹介だ。爺ちゃんにはかがみの人柄や優秀さは口頭で伝えたし、結構好意的な反応だったからなんだかんだうまい具合にいくんじゃないかと思っている。
あとでさりげなく付け足したその名前に耳聡く反応した渚は、じとっとした疑うような視線をこちらに向けてきた。
「あのさ~、少し前から気になってたんだけど、二人って付き合ってるの? 最近ずっと一緒にいない?」
「えっと、俺たちは……」
なんと答えたものか。
いや、付き合っていないことは事実だからそれをスパッと言えばいいだけなんだけど、かがみのことがまだ好きな俺としてはそれはちょっと抵抗があるというか。
未練がましいのはわかっているんだけど。
と思っていたら、かがみがさっと口を挟んだ。
「付き合ってないよ」
その通りだけど悲しい。ぐすん。
かがみのその言葉を受けてもなお「え~」と渚は疑わしげな態度を崩さない。
何度でも根掘り葉掘り訊いてきそうなその様子に、かがみが観念したように肩を竦めた。
「まー、実はそういう話もなくはなかったけどね。今はいいお友達かな」
「そうなんだ……」
渚の反応は、残念そうにも気まずそうにも見える。
渚が視線を泳がせた先にいた俺に向ける目は、どこか生暖かかった。
そしてなぜか爽太からも同じ目を向けられる。
おい、なんで二人とも俺がフラれた前提なんだよ。
そうなんだけどさ!
するとそんな空気に割り込むようにかがみが「けど――」と発した。
みんなの視線が、一斉にかがみに集まる。
「そのうち、今度はわたしの方が本気になっちゃうかもね。誰かさんは、
「いてっ」
わざとらしく、かがみに鼻を指で弾かれた。
鼻を押さえながら混乱する。
え?
まだ可能性あるってこと?
諦めないでいいの?
渚は大はしゃぎで騒ぎ立てるが、かがみは澄まし顔のまま、それ以上何も話そうとしなかった。
まだ、希望は消えていないのかも。
俺がそんなことを考えていると、ふいに爽太が視線を背後に走らせた。
俺も後を追う。
「つうかサイカちゃんもそんな端っこで突っ立ってないで、こっち来いよ。みんなで話そうぜ。俺も夏休み中には絶対リベンジしたいし」
突然話しかけられたサイカが困惑を顔に浮かべた。
そこに、渚が追随する。
「そうそう。凡夫だけじゃなくて、あたしたちとも遊ぼうよ。――あ、そうだ。夏休みのどこかでさ、この五人みんなで旅行に行かない?」
爽太が「お、いいな。それ」と楽しそうに白い歯を見せた。
一方で、サイカは戸惑いを隠せないようだった。
「いえ、私は……」
「サイカ」
俺はサイカの目を見つめ、呼びかけた。
「こっちに来てくれないか?」
サイカは尚も迷っていたようだったが、もう一度お願いすると、「……しょうがないですね」と苦笑しつつ、俺の隣に腰掛けた。
すると背後から、渚とかがみの会話が聞こえてくる。
「かがみー。いいの? あの空気」
「いいの、いいの。さすがにあそこには割り込めない」
「割り込みたいんだ?」
「そーいうわけじゃないけど……」
その会話に気を取られ、振り向こうとすると、サイカが「凡夫さま」と俺の名を呼んだ。
「ん?」
サイカの方に視線を戻した。
サイカは、真剣な目で俺を見つめていた。
「――凡夫さまは、私と、どうありたいのですか?」
その問いに、俺は迷うことなく答えを返した。
「俺は、サイカと、家族になりたいんだ」
サイカの手を取り、瞳を合わせた。
もう二度と、道具なんて言わせない。
サイカは紛れもなく、俺の家族だ。
――その意志を、しっかりと込めて。
サイカはしばらく動かずに、俺をじっと見つめていた。
だが、やがて「……承知しました」と深く頷き、手を優しく握り返してくれた。
背後から、渚の驚いた声が聞こえてくる。
「えっ……プロポーズ? かがみ、いいの?」
うるさいな。
そんなんじゃねぇよ。
かがみだって、そんなことはわかっている。
そう思っていたところ突然、頭に衝撃が走った。
「いてっ!」
頭を押さえて後ろを振り向く。
「かがみ! リモコン投げてんじゃねぇよ!」
「うっさい」
「え、なんで怒ってんの?」
「知らない。怒ってない」
かがみはそう言って、そっぽを向いてしまった。
困惑していると、爽太が苦笑交じりに言う。
「あーあ。これどうするんだよ、凡夫」
「俺が悪いの!?」
「他に誰がいるの?」
渚にまで呆れられてしまった。
大混乱の最中、不意にサイカが「ふっ」と鼻で笑った。
すると、かがみが即座に反応した。
「あー! サイカちゃん、今笑ったでしょ! やっぱりそれ、わざとだったんだ。性格悪っ」
「なんのことでしょうか?」
「とぼけたな。ムカつく」
かがみは不機嫌そうに口を尖らせている。
けれど、ほんの微かに緩んでいるようにも見える。
きっと本心から、何か思うところがあるわけではないのだろう。
サイカも楽しそうにしている。
けれど一方で、寂しげな影も見え隠れしている。
それはもう、記憶の問題を抱える限り、どうしようもないものなのかもしれない。
それでも俺は、サイカをいつも仲間として、家族として接したい。
寂しさを感じているなら、何度だって埋めてやりたい。
たとえサイカの記憶が継続しなくても、時を共に重ねられないのだとしても、それでも常に共に在るのだと伝えたい。
伝え続けていきたい。それが今の俺に出来る、唯一のことだ。
だけど――。
いつかすべてを解決し、みんなで、本当の意味で心の底から笑い合える日を迎えたい。
それをこの手で、必ず成し遂げてみせる。
俺はこの光景を目に焼き付けながら、そう胸に強く誓った。
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ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます!
今日はあと一話だけあります。
それで完結です。
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