第17話
「――てなわけで勉強会することになった」
家に帰った俺は、夕飯に舌鼓を打ちつつ、サイカに今日の流れを報告していた。
最初の頃は、サイカを傍に控えさせて一人で食べているなんて、まるで貴族みたいに思えて居心地悪かった。
だが、さすがに二か月も経てばもう慣れた。
ちなみに今日のメニューはから揚げ、千切りキャベツにトマトとブロッコリーとゆで卵を添えたサラダ、ひじきの煮物、キノコと小松菜の味噌汁、白米だ。
一人暮らしで揚げ物を食べられる幸せ、プライスレス。
いや、本気でプライスを払ってもいいと思う。ありがたい話だ。
「そういうことであれば、この家にお招きしては?」
から揚げを頬張る俺に、話を聞いたサイカが提案してきた。
「ここに?」
「はい。あの方々であれば面識もありますし、特に問題はないでしょう。それに時間帯によっては、食事の準備も必要かと。勉強に集中するのであれば、雑事は極力省くべきです」
たしかにもっともな話ではあるのだが、一方でサイカには何の益もない話でもある。
俺がどこかへ出かければその分、楽を出来るというのに。
本当に勤勉というかなんというか……。
ちなみに未だに爽太と渚は、サイカがオートマタだと思っておらず、訳あり少女のように考えているっぽい。
こちらから訊くわけにはいかないから、あまり詳細はわからないけど。
「用意してくれんの?」
「お任せください」
表情を変えることなく、当然のことのようにサイカは了承した。
申し訳ないような気もするけど、わざわざ提案するなんて、もしかしたらみんなと過ごす時間に楽しさを覚えているのだろうか。
まぁ、常に俺としか関わっていないよりはよっぽど健全かもな。
俺はサイカに礼を言いつつ、メッセージを飛ばした。
ほどなくしてみんなから返信があり、土曜に俺のアパートでの勉強会が決定したのだった。
*
すぐに二日が過ぎて土曜日になった。
勉強会は予定通り開かれ、俺たちは昼過ぎから集まっていた。
さあ、気合を入れて勉強だ――となればよかったのだが、習慣というものは恐ろしいもので、大学へ入って以降ほとんど机に向かうことのなかった俺たちは、なかなか勉強に集中することができないでいた。
かがみの用意してくれたノートのコピーは要点が非常にわかりやすくまとまっていて、一読しただけで「これはもういけるのでは?」と思えてしまうほどのものだった。
予備校で評判の講師の授業を聞いたときのあの感覚――と言ってわかるだろうか。
とにかくあれだ。
あの感覚に近い。
だから大学受験をすでに乗り切ってしまった俺にはわかる。
わかった気になっているだけで、まったくわかっていない。
だから実際に勉強しなければまずいともまたわかっているのだけど、それを阻害する大きな要因がもう一つ、この場には存在していた。
「うおっ。サイカちゃん、やっぱめちゃくちゃゲーム強いな」
「いえ、それほどでも」
ブーン、ブーン、ギャギャギャギャギャ!! と快音が響く。
サイカと爽太がやっているのはレーシングゲームで、リードするサイカを爽太が追いかける形だ。
とはいえ、何周しようが寸分の狂いもなく最適なコースをたどるサイカに追いつけるはずもなく、先ほどから爽太は何度も負け続けている。
「あ~~~っ! クッソ、また負けたぁ!」
YOU WIN! の音声とともに先にゴールを決めたのはサイカだ。
逆転劇も何もない、実に予定調和な結末。
「なんでそんなにゲーム強ぇの?」
「ふ。ライオンが強いことに何か理由が要りますか?」
サイカが圧倒的強者感を醸し出し、爽太を煽る。
負けず嫌いの爽太はそれが悔しくてたまらなかったようで「っし、次はこの対戦ゲームな!」と自身がやり慣れているであろうゲームを選んだ。
本気で勝つつもりらしい。
そしてそれは、俺も好きなゲームだ。
たまらず闘争本能がうずき、シャープペンシルを放り出して飛び出した。
目指す先はコントローラーだ。
「俺もやる!」
「おお、来い来い!」
ピコピコ、ドドドーン! 一人CPUをお迎えしての四人対戦が始まった。
爽太と協力して、サイカを挟撃する。
小狡い気もするが、仕方がない。
弱者には弱者なりの戦い方がある。
しかしサイカはガードやダッシュ、ジャンプなどを駆使して躱し、なかなか狙いを定めさせない。
それどころか慣れてくると、同士討ちを誘うようになってきた。
こいつ……戦いの中で成長してやがる――ッ!
渚は「あんたら勉強しなよ……」と呆れている。
かがみの声は聞こえないが、サラサラとノートにシャープペンシルを走らせる音だけは聞こえるので、きっと勉強している。
「あと一戦だけ!」
「じゃあ先に死んだ方が買い出しなー」
爽太の提案にすぐさまサイカが答える。
「それでしたら私が」
「いいって。こういうのは賭けた方が楽しくてやってるんだから」
「左様ですか」
「ギリ二位。セーフ」
「あーっ、クソッ。負けた、三位」
言うまでもないが、もちろん一位はサイカだ。
負けた爽太は表情に悔しさを滲ませながら、鞄から財布を手に取り立ち上がった。
「みんな何か欲しいものある? なければ適当に買って来るけど」
「じゃあ、俺はコーラで」
「あ、それならわたしはバスク風のチーズケーキが食べたいなー。甘めのカフェラテも。あとチョコもあると嬉しい」
「太るぞ」
矢継ぎ早に要求を突き付けたかがみに思わずツッコむと
「わたしは凡夫とは違ってちゃんと勉強していたからカロリーがいるんだよ」
「ぐっ、言い返せねぇ……」
返す刀でばっさり切られてしまった。しゅん。
「ごめんね、爽太。いっぱい頼んじゃって。お金はちゃんと払うから。凡夫が」
「なんで俺なんだよ!」
「ノート代」
「あ、はい。払います――ってあれ? それは爽太と渚も同じでは……」
「え? 今、期末試験ではコピーいらないって言った?」
「あ、いいえ。ごめんなさい」
悲しい。
さすがに落単を盾にとられてしまってはどうしようもない。
俺は財布から千円札を一枚抜き取って爽太に託した。
ギリ足りないかもしれないけど、そのときは爽太に出してもらおう。
だってさっきのゲームでは俺が勝ったし。
僅差だけど。
「サンキュ。じゃあ、行ってくるわ」
「あ……あたしも行こうかなっ! 疲れたし、ちょっと休憩がてらに」
出て行こうとする爽太に、さも今思いつきました、みたいな感じで渚が着いて行った。
玄関のドアが閉まる音を待って、かがみが待ってましたとばかりにわくわくを顔いっぱいに広げて話しだす。
かがみって意外とこういう話好きだよな。
「ねぇ、最近あの二人怪しくない?」
「前からじゃない?」
今もきっと二人になりたかったのだろう。
渚が自分の欲しいものを言わなかったのも、わざとだったのかもしれない。
「早く付き合え」って俺は常日頃から思っている。
「そうだけど、最近は特にそう思うけどな。前はどちらかというと渚の方が一生懸命って感じだったけど、今は爽太の方もちょっと怪しいっていうか」
「そう? その変化は感じてないけど……」
俺が鈍感なだけなのかな。首を傾げていると、かがみが
「サイカちゃんにはどう見えた?」
とサイカに話を振った。
サイカが頷く。
「先ほど爽太さまが『じゃあ、行ってくるわ』と発言した際にほんの一瞬だけですが、確かに渚さまの方に視線を向けられていました。おそらく何かしらのアイコンタクト、もしくは期待のようなものを向けたのではないかと推測されます」
「ほら」
かがみがドヤる。
「こっわ。そんなところまで見てたの?」
「私の視野角自体は人間のそれと大差ありませんが、視野に収まってさえしまえばその中で起こる事象はほとんど等しく把握できますので」
人間の視野角はおおよそ二〇〇度とされているが、物の形や色、文字などを判別出来る角度はほんの一から二度ほどらしい。
つまり見ようとしていない部分はほとんど見えていないも同然ということになる。
だが、サイカはすべてを把握できる。
ミスディレクションもあったものではない。マジシャン泣かせだな。
「ご要望があれば裏付けのためのデータ採取として、あのお二人の心拍数や体温等のモニタリングをすることも可能です」
そんなうすら寒さを感じるサイカの提案に、かがみは一切躊躇することなく「じゃあ、お願い」と乗った。
「コラ」
俺はかがみをたしなめ、ついでにサイカに訊いた。
「つかそんなこともわかるのかよ。怖えぇよ。普段はその機能、使っていないよな?」
「………………その通りでございます」
「え、何その間。え?」
「ちなみに凡夫にそんな感じの兆候のあった人はいた?」
「それはですね――」
「おい。やめろ!」
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