77 逃がすはずないだろう。――こんなにも溺愛しているのに。



 クラウドは広間の後方でエステルがすべてを言い終わるまでじっと待っていた。


(やはり、そうか)

 あのとき、イザベラはやはりガレアの町にいたのだ。

 そしてこの舞踏会でエステルとクラウドを陥れてやると言ったのだろう。

 エステルはクラウドとトレンメル領を守るために、すべてを引き受けるつもりだったのだ。


 自分が魔女だと、公衆の面前で認めて。


(エステル……貴女という人は、どこまで俺を心配させるのだ)


――少し前、控えの間のことを思い出す



『もう、大丈夫です』

 エステルがそっとクラウドの腕から立ち上がった。

『エステル、トレンメル領へ帰ろう。わかっただろう。この舞踏会は貴女の義妹による悪質な嫌がらせだ。俺はこれ以上エステルが貶められるのは我慢できそうにない。さっきだって、王太子をぶち殺してもよかったのだ』

『そんな物騒なことをおっしゃらないで』

 エステルは泣き笑いのような顔で言った。

『でも、クラウド様が来てくださらなかったら大変なことになっていたかもしれません』

『万が一大変なことになっていたら、俺は本当に王太子をぶち殺していたな』

『いいえ、その前にわたしが魔法で王太子様にケガをさせていたでしょう』

 エステルとクラウドは顔を見合わせてくすっと笑った。

『ありがとうございます、クラウド様。でも、大丈夫です。マリアンヌが舞踏会で何かしてくるだろうとは思っていましたから』

『エステル……』

『それに、わたしもこの舞踏会を利用させてもらおうと思っているんですよ』

『利用?』

『見ていてくださいクラウド様。何があっても、ここを動かずにわたしを見ていてくださいませ』



――そう言って、エステルは広間へ戻るとイザベラへ向かって走っていったのだった。



「そう、わたしは魔女です! 悪女なのです! 何も知らないトレンメル辺境伯へ嫁ぎ、自分の欲望のために領内資源の薬草を搾取しました!」

(ちがうだろーっ!!)


 エステルがせっせっと薬草を摘んでいたのは冬の感染症に備えて共同開発した薬を作るためだとプルロットからも報告を受けていた。

(それに……俺のために様々な薬効のお茶を毎日のように作ってくれたではないか!)

 あれが搾取なら子どものつまみ食いでさえ罪になってしまう。



「トレンメル辺境伯に罪はありません。なぜなら――わたしは、たった今この瞬間、トレンメル辺境伯と離婚させていただくからです!」

(やはり……!!)


 最悪だ、とクラウドは眉間を押さえる。

(予想はしていたが……実際言われると凹む。いや、かなり凹む)



 身を挺してクラウドやトレンメ領を守るなら『離婚』ぐらいは言い出すかもしれないと思っていた。

 まさか本当に言うとは、と凹んでいたクラウドの目に、エステルが左手の薬指から何かを放り投げた姿が飛びこんできた。



(まさか指輪を投げ捨てた?!)



 嘘だろ、と思うと同時に、広間がパニック状態と言っていいほどの大騒ぎになった。それでも尚、エステルは訴え続けている。



「わたしは! 魔女として国外追放を望みます! すみやかに国外へ出ますので皆さまどうぞご心配なく! 舞踏会をお続けください!」



(エステル~~~~~~っ!!!)

 どこまで純粋で、どこまでひたむきで、どこまで残酷なのだ。


(俺の気持ちをわかっていないのか……?)


 腸がふつふつと煮えてくる。

(俺はこんなにも……)

 エステルを、愛おしく思っているのに。


 人々が混乱する中、エステルがサッと裏手に走ったのが見えた。



(逃がすか!!)


 クラウドは必死に人波をかきわける。

 こんなに必死になったのは竜討伐に身を投じていた頃以来だ。

 

『約束』のため、ひたすら竜を討伐することに明け暮れていた。仲間は大切だったが、女には興味がなかった。寄られることが煩わしく、欲しいと思ったこともほとんどない。


(討伐隊の者たちが見たら笑うだろうか。たった一人の女のためにこんなに必死になっている俺を)


 エステルが裏口の扉を開けようとしている。クラウドは全力で走った。


(逃がすはずないだろう。――こんなにも愛おしいと思っているのに)


 そんな自分をエステルは置いていこうとしている。

 クラウドとトレンメル領を守るために、すべての濡れ衣を自分が魔女であるということに被せて。


 たまらなく腹が立った。同時にくるおしいほどの愛しさに胸が締め付けられた。


「エステル!!」

 手を伸ばせばエステルの細い腕にやっと届いた。折れてしまうかもと思いながら、その腕を強くつかまずにはいられなかった。



「クラウド様……!」

 若葉色の双眸が驚きに見開かれている。

 怯えたその眼差しは、初めてトレンメル城で出会ったときのことを思い出させた。


 いろいろと言いたいことはそれこそ山のようにあったがそれらをぐっと腹に収めて、


「来い」


 それだけ言って、クラウドはエステルを引っぱっていった。









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