66  テンプルトンの話


「ほう、王都で」

 意外ではなかった。クラウドは衣装のことに詳しくはないが、仕立ててもらったスーツは新品の服にありがちな不自然さがまったくなく、すんなりと身体になじんだ。それはテンプルトンの腕が仕立て屋として一流だからだろう。


「ところが、ある事件をきっかけに王都を去る決意をしたのです。――シャロン侯爵家の悲劇、という事件を御存じですか」

「いや、すまない。俺は田舎育ちで庶民の出だ。王都の事情には詳しくない」

「いえいえ、よろしいのです。いずれにしてもお若いトレンメル辺境伯様が知っているような事件でもありますまい。もう二十年近く前のことです」


 そうして、テンプルトンは語った。

 下積みから身を起こしたテンプルトンは、やがて王都で人気の仕立て屋になり、シャロン侯爵という貴族のお抱えになったこと。

 穏やかな生活を送っていたシャロン侯爵が、とあるパーティーで知り合った女を愛妾として囲ったことから、すべてが狂いだしたこと。

 シャロン侯爵はなんでもその愛妾の我儘を聞き、湯水のように金を使い、贅沢三昧させたこと。

 そしてついに、愛妾の扱いをめぐってシャロン侯爵家の内部で諍いが起き、それが元で出火、大火事となり、屋敷もシャロン侯爵家の人々も愛妾も、すべて灰と化してしまったこと。

 世間はそれを『シャロン侯爵家の悲劇』と呼び、側室も選ばねば家が途絶える原因となる、として社交界の訓戒となったこと。


「ところが、あの性悪女は死んでなどいないのです」


 いつもの陽気なテンプルトンとは思えないほど、低く冷えた声だった。


「わたくしは見ました。燃え盛る屋敷を見上げて、高笑いするあの女を。そのとき確信しました。あの女は魔女だと。その証拠に、あの女は真っ黒い長衣に身を包み、そのまま鴉に変身したのです!」


 テンプルトンはわなないた。


「本当です! 信じてください! あの女は魔女だ! わたくしはこの目で見たのです!」

「だいじょうぶだ、安心してほしい。俺は貴殿を全面的に信じている。だからこそこうして話も聞いている。さ、続きを話してくれ」

 クラウドが促すと、テンプルトンは頷いた。感情の高ぶりが収まらず、髭が小刻みに震えている。


「そのときのわたくしはまだ若く、書き溜めたデザイン画やこつこつと貯めた貯金を持ち出すことで精いっぱいで、あの女を糾弾する余裕がなかった。それに、王都の役人は仕立て屋風情の言うことなど、耳も貸さない。わたくしは王都を離れる決意をしました。穏やかなシャロン侯爵夫妻は、わたくしにとって良きお客様でした。とても良くしていただきました。それだけに、わたくしは身を切られるような思いだったのです。王都にいるとシャロン侯爵夫妻のことが思い出されて、辛かった。そして、わたくしは放浪の末、理想の土地を見つけたのです」

「それがテロル村か」

「はい。今はとても心穏やかに、大好きなお裁縫でお客様に喜んでいただき、幸せな日々を送っております」

「だが、その悪い魔女がいたのだな? ガレアの町に」


 プルロットは頷いた。


「こちらへ到着した日、市場の近くの安宿街で。昔ほど派手な様子ではありませんでしたが、まちがいない。あれはぜったい、あの性悪女です。あの女がなぜガレアにいたのかはわかりません。ですが、あの女は自分の欲望のために周囲を腐らせていく。関わらないのが一番なのです。ですからエステル様に御忠告申し上げたのです」

「そうか……」


 クラウドは少し考え、プルロットに言った。


「もし、王都でその魔女を見かけたらわかるか?」

「もちろんです」

「その魔女が、シャロン侯爵家の悲劇の真犯人だと立証できるか?」

「わかりません。ですが」


 プルロットは鋭い目つきで遠くを見た。


「あの日、燃えさかる炎の中で、死に物狂いでかき集めた品がいくつかございます。それらが役に立つのなら、あるいは」

「見せてもらえるだろうか。その品を」



――その後すぐ、テンプルトンは馬車でテロル村へ向かった。



「あら? テンプルトンさん帰るの? 舞踏会へ御同行するんじゃないんですか?」

 厨房で夕飯の仕込みをしていたアンが、窓から馬車を見かけて言った。

「なんだか、すごく急いでいるみたい」

「忘れ物でもしたんじゃないかい」

 エマがパイ生地をこねながら言う。

「御同行することは確かみたいだからね。ほら、あの人、うっかりしそうじゃない。裁縫道具でも取りに行ったんでしょう、きっと」


 そして夕飯の片付けをする頃に戻ってきたテンプルトンを見て、


「ほら、やっぱり。クラウド様の執務室へ入っていったよ。忘れ物を取りに行ったお詫びでもしているんだわ。アン、テンプルトンさんの部屋にお夕飯を運んでおくれ」

「はーい」



 しかし、アンの運んだ夕飯をテンプルトンが食べる頃には、すっかりスープは冷めてしまっていた。

 テンプルトンは、クラウドの執務室からなかなか出てこなかったのだ。



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