57 ドレス決定!



 クラウドはエステルを指さした。


「俺は、そのラベンダー色がいいと思う」


 今エステルが身にまとっている淡いラベンダー色のドレス。流行りの形ではなく、袖のパフスリーブとウエストから下の見事なボリュームが特徴の古典的な形だ。その落ち着いた雰囲気に華やかなラベンダー色が程よいあか抜け感を出していた。


 エステルは改めてドレスを見下ろし、ふわりと花開くように微笑んだ。


「うれしいです。実はわたしも、この色がいちばん落ち着くといいますか、着ていてしっくりくるなと思っていたのです」

(ぐはっ)

 クラウドは心臓を抑える。頬を赤らめたエステルの笑顔はものすごい破壊力を持っていた。


――もう限界だ。

 クラウドは立ち上がる。


「ちょっと所用を思い出した。テンプルトン殿、オレは席を外すが気兼ねなく続けてくれ」

「オウ! 領主様のご衣装も御用意してあるので、ぜひエステル様と御一緒に合わせて着てみてはいかがでしょう?」

「い、いや! せっかくだが! 今日はちょっとこれ以上は無理なので! すまん!」


 逃げるように応接室を出ていったクラウドを皆ぽかん、と見送る。


「やっぱり、わたしではクラウド様の隣に立つにふさわしくないと思われたのかしら……」

 エステルがぽつりと呟くと、両脇からエマとアンが猛烈な勢いで詰め寄った。


「そんなわけございません! あのクラウド様の真っ赤なお顔を見ましたでしょう?! あれはもうエステル様にメロメロということでございますよ!!」

「そうですよ! どこをどう見たってエステル様はお綺麗です!世界一の美女ですから! クラウド様にふさわしい女性はエステル様しか考えられません!!」


 二人の勢いにエステルは思わずこくこくと頷く。

「あ、ありがとう二人とも」

「事実ですから! ねえ、テンプルトンさん!」

「はい! まったくその通りです! 奥様は完璧でございますよ!」


 こうして仮縫いは終了し、エステルの舞踏会用のドレスはラベンダー色に決定したのだった。





「テンプルトンさん、ありがとうございます。テンプルトンさんのおかげで早く仮縫いが終わったので、町へ行く時間が作れました」


 応接室でお茶を飲んでいたテンプルトンのところに、エステルは赴いた。すでに白いブラウソと空色のスカートに着替えている。


「オウ、奥様、ガレアの町へ?」

「ええ、町の皆さんとお話しに行くんです」


 少し前、エマのパン屋でお会計を手伝いつつ人々に話を聞いたのが大好評だった、町の者はまたエステル様に会いたがっているとエマに聞いて、エステルはとてもうれしかった。

 クラウドも『民の声を聞けてありがたい』と言ってくれたので、また町の人々と話す機会を探していたのだ。


「テンプルトンさん、何か欲しい物や足りないものがあればついでに御用意しますよ」

 エマが言うと、テンプルトンはティーカップを置いて少し思案した後、慇懃に頭を下げた。

「で・は! お言葉に甘えまして、実は仮縫い用の糸が不覚にも足りなくなりそうですので、それをお願いできますでしょうか?」

「わかりましたよ、仮縫い用の糸ですね」

「じゃあ、テンプルトンさんはこちらへ。客間へご案内しますわ」


 アンがテンプルトンの革鞄を持って先に立つ。行きかけたテンプルトンが、くるりと振り向いた。


「ひとつだけ。僭越ながらエステル様。町へ行かれるなら、気を付けてください。悪い魔女がいるやもしれませんから」


 魔女と言われて、実は魔女のエステルはどきりとする。


「どうして悪い魔女がいると?」

「は、ははは、なんと言いますかな、勘です。しかしながら! わたくしめの勘は良く当たるのです。嫌な予感がします。奥様、くれぐれも町でお一人になりませんように」

「大丈夫ですよテンプルトンさん。あたしが一緒なんですから」

「ガレアの町はエマさんにとっちゃ庭みたいなもんですからね!」


 エマとアンが自信たっぷりに胸を張る。


「そうですな、お二人が御一緒なら心配はありますまいが……」

「そうですよ。それより、今夜の晩餐にはテンプルトンさんもお越しくださいね。腕によりをかけておもてなししますから」


 テンプルトンはあらかじめ、作業があるので食事は基本、自室で採ると申し出ていたのだ。


「オウ、ではお言葉に甘えましてご馳走になります。ではごきげんよう」


 テンプルトンはアンに案内されて客間へ向かった。


「ではエステル様、あたしたちも行きましょうか」

「そうね。このところお稽古や講義で忙しかったら、町の人々のお話を聞くのが楽しみだわ」


 エマとエステルは、ガレアの町へ下りていった。

――テンプルトンの勘が、当たるとも知らずに。





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