第2話 政府側の対応
総理大臣の下曽根高広は悩んでいた。
先の、3月3日の爆弾テロは、テロとはいっても、実際は物的被害のみで、人的被害は一人も出していなかった。したがって、テロとはいっても、対処するには、次のテロを防ぐにはどうするかをじっくりと考えながら時間をかけて捜査を進めていけばよいと思っていたのだ。ところが、その後に、人類に対する宣戦布告のような声明を出されてしまうとは、しかも、政府の機関のホームページを乗っ取られてしまうとは、まったくの赤っ恥であった。
これによって、内心は静かに事が沈静化していけばよいと思っていた事柄が、実はとんでもなく重大な事態であるということが顕在化してしまった。事は、一国の重大事であり、総理大臣の進退にかかわる一大事となった。
しかしながら、いったい「ホモデウス」とはいったい何者なのか?
彼らは、いったい何ゆえに、畜産業をのみテロの標的としたのか?
そして、かれらは、何を目的にしているのか?
それら具体的な犯人のイメージが、下曽根にはさっぱりつかめなかった。
雲一つないよく晴れた一日だった。
下曽根は、冷めてしまったお茶を一口飲み干すと、ふっと一息ついた。
その時、総理補佐官の郡司が入ってきた。
「総理、専門家たちの懇談会の結果を報告します。
おそらくテロリストたちの次の実行は、5月5日午前5時、これは間違いないでしょう」
と言って郡司は、下曽根の顔を見た。
下曽根は、顔を赤くして、茶碗を持ち上げながら、郡司にぶつけかねない勢いで言った。
「そんなのはあほでもわかるわ!専門家が脳みそ寄せ集めてそんなくだらない結論しか出せんのか!」
「失礼しました。それで、犯人の目星なんですが、キーワードは、『ホモデウス』という言葉です。このことに関して、あの本、「神の人類」の著者であるハララ氏に問い合わせたところ、「Oh my goodness, I do not know at all !」とのことだったそうです。
「まったく、どいつもこいつも使えねえ奴らだわ!もういいからあっち行ってろ!」
「ちょっと待ってください、まだあるんです。それで、犯人の目星なんですが…」
「なに、犯人がわかったのか?」
「いや、わかったわけではありません。」
と言って、郡司は、下曽根の顔を見た。下曽根は、顔を赤くしながらも、じっと郡司の顔を見つめた。
「今回の声明の中にある、『ホモデウス』というのがキーワードであるという結論になりました。ご存じの通り、ハララ氏の著書の中で、『ホモデウス』というのは、『ホモサピエンス』である人類が、将来変わりうる種類の人類の総称として使われています。しかしながら、今回、すでに「ホモデウス」はすでに誕生しているというのが声明文の主張でした。であるならば、ハララ氏の主張とは別に、すなわち人類が進化して「ホモデウス」という新しい人類に代わるのではなくて、我々『ホモサピエンス』が、何らかの行動の結果として、全く新しい人類、すなわち『ホモデウス』を生み出してしまったのではないか、と言うのが、専門家たちの結論です」
「君はなにを言ってるのかね。要するに、今回犯行を企てたのは、我々人類とは全く別の種類の人類だとでもいうのかい」
「はい、少なくとも、懇談会においては、それが仮定的な結論の一つとなりました」
「仮定的な結論の一つか、はっはっは!」
と言って、下曽根は、こらえきれずに、茶碗の中に残っているお茶を床にばらまいて怒りだか何だかわからない感情を紛らわした。
「仮定的な結論のひとつ!じゃあ、ほかにいくつその仮定的な結論というのがあるのかね?百か?千か?専門家というのは、そういう役に立たない議論をするのが仕事なのか!」
『この人の頭は単純で、しかも切れやすい。こんな能力のない人が、なんで総理大臣なんだろう?』
郡司は、自分の本心が顔に表れないように隠しながら答えた。
「我々が生み出した新しい人類、すなわち『ホモデウス』と声明文に述べられているものは何かを、いろいろ当たった結果、一つだけ思い当たる節があるという結論に達しました」
郡司を見ていた下曽根の目がさらに険しくなった。
「何、それはいったいなんだね?」
「はい…」
と言うと、勿体付けるように郡司は、下曽根のネクタイや額を見まわした。
「これは、非常に言いにくいのですが、実は、現在世間に非公表の実験がいくつかありまして、その中の一つに、IPS細胞を利用した、クローン人間をつくるプロジェクトというのがあります」
「なに、そんなの、何も聞いてないぞ」
「はい、これは、一切誰にも情報を公開しないで進行することが許された実験ですから。たとえ総理といえども、知らされてなくて当然です」
「総理大臣にすら知らせないとは、そんなことゆるされるのか。いったい誰が責任者なんだ!」
「はい、責任者は、米国の、クイーン大統領です。」
「なんで日本の秘密実験なのに、アメリカの大統領が責任者になるんだ?」
「日本は、もはや実質上アメリカの州のひとつですから」
約三秒間、下曽根は郡司の顔を、口を開けて眺め続けた。そして最後にこう言った。
「やっぱりね」
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